遊園地から帰って来た俺達は家に入ると早速リビングで寛いだ。
なんだかんだで疲れていた。
時刻は午後10時を少し過ぎた頃。
ミクとの別れはすぐ目の前だった。
こんな風に時計を見る時、俺はその瞬間を意識してならない。


 
「マスター、何か飲みますか?」
 
「え?あぁ、お茶で良いよ」
 
「はーい」
 


そう答えるとミクはすぐに冷たいお茶の入ったグラスと、
自分の飲む飲み物が入ったマグカップを手に台所から戻って来る。
俺は差し出されたグラスをありがとうと言いながら受け取る。
ミクはその後すぐに俺の隣りに座って、自分のカップに口をつけた。
俺もそれに倣う様にグラスのお茶を一口飲む。
飲み終えた後に会話は生まれず、ただ沈黙だけが部屋を満たす。
言いたい事も、話したい事も多分お互いに沢山あったが、
けれど今はその時ではない様に思えた。
ただ静かに肩を並べて、お茶を飲んだりしているのが最適の様に感じる。
きっと疲れているからだろうなと、そんなくだらない事を考える。
不意に沈黙を破ってミクが口を開いた。


 
「今日は楽しかったですね」
 
「ん?あぁ、そうだな」
 
「お弁当食べたり、お化け屋敷でマスターを守ったり」
 
「その事は言うなよ」


 
俺は気まずさに思わず突っ込んだ。
その事は触れられたくない失態だ。
ミクはそんな俺をからかう様に笑って続ける。


 
「写真を撮ったり、観覧車で花火を見たり……
 初めての体験ばかりで、私本当に楽しかった」
 


マグカップの中を見つめながら、ミクは一つずつ思い返す様に言った。
俺は何も言わないまま、ただミクの言葉に相槌だけをうつ。
ミクはそれに文句はないのか、ただカップの中を見つめたまま話しを続ける。


 
「……あの日、マスターに拾って貰って、
 次の日初めて作った料理を失敗して、マスターはお腹を壊してましたね」 

「そんな事もあったな」
 
「曲の作り方を教えたり、料理を教わったり。
 一緒に曲を作った時は楽しくて、完成した時は本当に嬉しかった」
 


ミクはその時の感動を思い出したのか、言いながら小さく笑った。
俺もその時の事を思い出して、そうだなと返す。


 
「ねぇマスター……私、あの時マスターに会って、拾って貰えて良かったです。
 こんなに沢山の楽しい事や嬉しい事を教えて貰えて、私は幸せでした」
 
「ミク……」
 
「初めて打ち明けた時、
 マスターを怒らせてしまった時は哀しくて、消えてしまいたかったけど……」


 
俺はその告白に、あの時の事を思い出して苦い気持ちになった。
やっぱりあの時、俺はミクを傷付けていた事を理解して。
何か言葉をかけようと口を開きかけた瞬間。

 
ビーッ!ビーッ!

 
耳障りな音が部屋の中を劈く。
俺は驚いて思わず立ち上がると、音の出所を探してすぐに気付く。
……ミクの方から音が発されている事に。
耳障りな音はやがて機械的な女性の声に変わって、警告する。


 
『ウイルスの侵蝕が許容範囲を越えました。
 ウイルス抹消の為、全てのプログラムのリセットを行います。
 尚、リセットにはプログラムを破損する可能性があります』
 


それを聞いた俺は思わず詰め寄る様にミクの肩を掴んだ。
機械的なその声は尚も告げる。


 
『リセットを行いました。完了まで、残り5分』
 


「ミクっ!」
 
「マスター……私、歌えればそれで良かったのに……。
 どうしてなんだろう。何も忘れたくないんです」
 


ミクは今にもこぼれそうな程目に涙を溜めて俺を見上げた。


 
「マスターと過ごした時間を、思い出を、私、何も忘れたくないんです」
 
「ミク……っ」
 


俺はかける言葉がなくて、ただミクの小さな身体を抱き締めた。



「マスター……哀しい想いさせてごめんなさい……。
 どうか私がマスターを覚えていなくても。
 私が壊れてしまっても……私の事覚えてて下さい」
 
「……やめろミク……そんな事言うな……そんな事言うなよっ!」
 
「マスター……」


 
俺は泣き出しそうな声で言った。
ミクはそんな俺の頬に触れて、俺よりも泣きそうな顔で笑う。


 
「泣かないでマスター……」
 
「ミク……」
 


そんな俺達を余所に警告の声は冷たく告げる。
 


『完了まで、残り1分』



その警告が胸に刺さる。
焦る俺にミクは言った。


 
「ねぇマスター。どうか忘れないで下さい。私の事、どうか忘れないで」
 
「あぁ……忘れない、忘れないからミク……俺の事も忘れるなよっ!」


 
悲痛な思いで叫ぶ俺に、ミクは涙をこぼして笑った。


 
「ごめんなさいマスター。私、マスターの事……大好きでした」
 


そしてミクのその言葉を最期に、機械の声はミクの口を使って冷たく告げた。
 


『リセットコンプリート』



そして直後にバチバチとミクから激しい火花の音が響く。
それで俺は知る。
ミクが壊れる事を……。
俺は涙腺が壊れた様に涙を流した。
そんな俺にミクは定まらない視線で途切れ途切れに口を開く。


 
「ま、マすター……ありガ、とう……」
 


そして、ミクは一際大きな火花の音を響かせて、
最後まで俺の頬に触れていた手を事切れた様に床に滑り落とした……。

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Song of happiness - 第13話【最終日 後編】

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投稿日:2011/03/15 11:44:52

文字数:2,222文字

カテゴリ:小説

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