悪魔はヴェノマニアの向かいに置いてあるソファに座り、肘掛に右腕を立てて掌に軽く顎を乗せる。
「どうして何処の世界でも、勇者や英雄って奴は特別なのが当たり前で、それに疑問を持つ奴がほとんどいないんだ?」
 それが異常であるかのような物言いに、ヴェノマニアは怪訝に目を細めて言い返す。
「いや、そもそも疑問に思う事なのか?」
 勇者とは選ばれた存在のはず。良くある話としては、悪さをする竜を退治したり、姫をさらった魔王を倒したりする役目を持った存在だ。
 英雄が特別なのは当然。そう話すヴェノマニアに、悪魔は溜息を吐いて答える。
「分かってねぇなぁ……」
 人間の癖に勇者の事を分かっていない、英雄とは何なのかを知らないと呆れた様子で話す。
 ふとヴェノマニアは気付く。先程からこの悪魔は少々おかしな言葉を口にしていなかったか? 潜在能力がどうしたの、何処の世界でも等。以前経験した事があるような、大して珍しくも無い事のように話していなかったか? 
 まるで、英雄譚や御伽噺で登場する勇者と何度も戦った事があるかのような……。
 不意に突拍子もない想像が頭をよぎり、いやいや、と即座にヴェノマニアは口には出さずに思考を否定する。もしもそれが本当だったとしたら、この国の歴史の真実など大した問題ではないだろう。大体、奴がいなくなった後はどうなる。そもそも、そんな相手を召喚出来る訳が無い。
 恐ろしい想像を否定しようとするが、不安を拭っても誤魔化しても嫌な確信感が離れない。それ所か、違うと思えば思う程説得力の方が強まっていく。
 額と背中にうっすら浮いた汗は、冷や汗か脂汗か。
「……付かぬ事を聞きたいのだが」
「あ? いきなり何を畏まっている」
 変なものでも食ったのか? と、からかいなのか気遣いなのか不明な悪魔の台詞を聞き流し、ヴェノマニアはびくびくとした様子で尋ねた。
「悪魔は純粋な力で上級か下級かが分かれているらしいが……」
「それがどうした?」
 本で得た知識ではあるが、悪魔はその者が持つ力で上位か下位かの階級が決まり、上位の中でも上に位置する者ともなれば、数多の悪魔を従える者や、魔界を統べる者も存在すると言う。
 悪魔の王、魔界を統べる者。即ち、魔王。
 常識と言う言葉がいかにあやふやで当てにならないかは、この少年悪魔と接していく内に否応なしに痛感した。
「お前はどちらに入る?」
 念の為の確認に聞いた言葉は、悪魔の気分を少々害したようである。不愉快を露わにした声で返された。
「あぁ? 上級に決まっているだろうが。今更何寝ぼけた事をぬかしている」
 一つの国を消し去る魔力。他者を魅了させる術。記憶を曖昧にさせる幻術。言うだけであれば容易いが、それらの力を一人で扱える者は限られて来る。
気が付かなければ良かったとヴェノマニアは後悔する。もしかしたら、彼はかなり上の方の悪魔ではないかと思ってしまったのが不味かった。気付かなければこんな不安を覚える事も無かったのに。
 不安の原因が漠然としていると余計に怖いものである。ここまで来たらはっきりさせたい。
「……まさか、魔王。とか、言わない、よな……?」
 ヴェノマニアは引き攣った笑みを浮かべて問いかける。馬鹿にされて笑われるのはもう御免だが、この発言に限っては大笑いで否定して貰いたい。
 そんな一縷の望みは、文字通り悪魔の宣告によって呆気なく消される事になる。
「俺様が魔界の王で何か問題があるのか?」
 直後、夜のヴェノマニア屋敷に男性の絶叫が響き渡った。

「貴様ら人間が国の王を国王と呼ぶのと同じ事だ。いちいち騒ぎ立てる事では無い」
 テーブルの上の籠に入った果物に手を伸ばし、悪魔は淡々と話す。あまりにうるさく喚かれた事に苛立ち、ヴェノマニアを拳で黙らせた後の事である。当の公爵は痛みのあまり、長く美しい紫の髪を垂らしてテーブルに突っ伏していた。
「最近の勇者や英雄は腑抜けばかりだ」
 真っ赤な林檎を丸かじりしつつ、悪魔は嘆くように語る。悪魔や魔王を倒そうと魔界にやって来る人間、つまり勇者や英雄は昔から多く、その度に魔王として退けてきた。 
 かつては勇者を相手にする度に真の姿に変化して戦い、手応えの戦闘を楽しんで返り討ちにしてきたものである。だが、勇者の質が落ちたのか、それとも人間全般が弱くなったのか、ここ数百年魔界に来た者達はどいつもこいつも準備運動の段階で終わってしまう。真の姿を見せる以前に人型状態で遊んでやるだけで音を上げ、中には命がけで戦っている仲間を見捨てて逃げ出す勇者までいる始末だ。
「そんな奴らに共通しているのが、自分達は特別だ、選ばれた者だと盛大な勘違いをしている所だな」
 悪魔は喋りながら林檎を食べ終え、残った芯を灰も残さず燃やし尽くす。その頃になって、ようやく痛みから回復したヴェノマニアは身体を起こした。
「勘違い?」
「特別なものがあれば勇者になれる、もしくは特別なものが無いと英雄になれないと思ってやがる」
 全く嘆かわしい。悪魔はそう呟き、再び籠へ手を伸ばす。
 世界を救う英雄は、最初から最後までただの人だ。かつての勇者はその事を誰よりも理解し、本来なら自分のような存在がいない方が良い、つまり、勇者や英雄がいないと言う事は、争いがない平和である事を分かっていた。
 世界を守るのは特別な誰かなどでは無く、そこに生きる全ての人々。自分達はその中の一つに過ぎない。そんな当たり前の事を当たり前に知っていたからこそ、かつての勇者やその仲間達は小さな力を結び合わせて大きくして戦い、魔王を苦戦させる程に強かったのだ。
 自分は特別だ、そうであって当然だと憚らない者に英雄たる資格は無い。そんな奴が勇者に選ばれる世界は、余程の人材不足か頭の足りない人間しかいないらしい。
「誰でも勇者や英雄になれる。特別な者などでは無い」
 最近の人間はその事に気付きもしない者が多すぎる。悪魔はそう侮蔑し、手にしていた果物を食べ終えた。
 手に残った皮に林檎の芯と同じ処理を施し、悪魔は肘掛に腕をかける。
「この世界のバナナはかなり美味い」
 ぽつりと漏らした悪魔の言葉にヴェノマニアは思わず顔を綻ばせる。年齢こそ遥か上だが、見た目となんら変わらない少年らしい部分もあったのが可笑しかった。
「気になっていたのだが、世界とはいくつもあるものなのか?」
 悪魔の機嫌が悪くならない内に新しい話題を切り出す。何処の世界、勇者が何人も来たと言う話からすると、他の人間界があると考えても不思議ではないだろう。
 ヴェノマニアの態度を気に止める事も無く、悪魔は平然と答える。
「いくつもどころか、無数と呼べるほどの数がある。それらを全て把握する事など不可能だ」
 魔界も含め、世界とは平行していくつも存在しており、同じ人間がいる事は珍しい事ではない。
 例えば、今日屋敷にやって来たルカーナ・オクト。名前は違うが、彼女は別世界でも仕立屋を営んでおり、その世界では嫉妬に駆られて連続殺人を犯した。また別の世界では、森を守る樹に七つの罪の回収を頼まれた、時を超える魔道師でもある。
 遠く交わらない次元の世界もあれば、壁一枚程度の距離の世界、良く似ているが少しだけ違う、裏と表のような世界。
「世界とは曖昧だ。何かの拍子で出会う事もある」
 気まぐれで生まれるその場所。それぞれの世界が交わる交差点は、同じ姿の人間が出会う数少ない場所。自らの意志で行く事は出来ないが、元の世界に帰る事は可能な不思議な場所。
 尤も、金髪の悪魔も知識として知っているだけであり、実際にその場所に行った者と会った事もないので、本当にあるかどうかは不明である。
 悪魔の話を聞き、疑問が生まれたヴェノマニアは質問する。
「召喚術の扱いはどうなっている?」
「召喚術ってやつは、その世界と相性が良く、一番距離が近い世界……多くは魔界との道を繋ぐ術だな。 同じ世界に住む人外の者や、事故で遠く離れた世界の人間を呼び出してしまった事例もある」
 人間界が横の線で存在しているとすれば、魔界は縦や斜めの線で存在している。その為、魔界からは様々な人間界との繋がりがあるが、人間界からはどこか一つの魔界にしか繋がっていない。
 この世界と金髪の悪魔が治める魔界の距離はかなり近く、高い魔力を持った悪魔であれば簡単に行き来が可能である。とはいえ、大半の悪魔は人間界に行く事はなく、行くとしても遊びや暇潰し感覚である。
「俺様がこの世界に来たのは今回で三回目だ」
「三回目?」
 ヴェノマニアは眉を顰める。二回は数百年前と今回の召喚で間違いないが、残りの一回については疑問である。
 ついこの前暇潰しにこの世界に来たと悪魔は返し、面白い子どもがいたと話す。
「悪魔の俺様を怖がらず、普通に接してきたガキだ」
 無邪気なのか無知なのか、その子どもは最後まで態度を変える事はなかった。人の姿でではあったが羽は出したままの状態であった為、相手が人間でないと分かっていたはずだ。それにも関わらず、その子どもは終始普通に友達と遊んでいるかのような態度だった。
 今回この世界に留まっているのは、もしその子どもを見かけた時、この問いを投げかける為でもあった。
「何故悪魔と普通に接したのか?」
 知りたい理由は純粋な興味。見つからなかったら別に構わない。ベルゼニア帝国内にいるとは思うが、流石に国内をしらみつぶしに探す程の事ではないのだ。
「そんなに気になるのならば、その子どもの事を調べてみるか?」
 ヴェノマニアは悪魔にそう提案する。本人は興味が無いと言っている上、大衆の中から探し出すには困難を極めるだろうが、公爵と言う地位と権力を行使すれば不可能ではないはずだ。
 悪魔はおどけて肩を上げ、さしてやる気が無さそうに言葉を返した。
「手掛かりと言えるものは、性別が女だったと言う事と、金髪をしていた事だけだ。……その特徴を持った人間がどれ程いると思っている?」
 名前も知らない。何処に住んでいるかも分からない。そんな状況でどうやって捜すと言うのか。
「この世界では、悪魔と会ったなんて事は忌むべき行為だろう? その事を分かっていて誰かに話す奴がいるか?」
 最初から期待などしていない。余計な事をするな。悪魔は口には出さずにそう言っていた。
「そうか……」
 これ以上この話を続ければ悪魔の逆鱗に触れる事になる。察したヴェノマニアは小さく答える事しか出来なかった。
「この世界は数ある世界の中でも魔力が多い所だ。魔界でも無いのに、ここまで魔力が多い世界は珍しい」
 魔王の称号を持つ悪魔が言うのであれば、それは多分事実なのだろう。生憎魔術の専門家でも何でもないヴェノマニアには、魔力の多い少ないなどは分かる訳もない。
「そんなに珍しいのか?」
ヴェノマニアの質問に、悪魔は事も無げに説明する。
「この姿を保つにはそれなりの魔力が必要だ。魔力が少ない、もしくは無い場所では本来の姿に強制的に戻る事になる」
 真の姿と別の姿を取っている間は、その分余計な魔力を使う事になる。元々魔力が少ない場所ではいわゆる燃料不足であり、人の姿を取れても長時間保つ事は出来ない。
「……そんな事を人間に教えて良いのか? 自分から弱点を言っているようなものだぞ?」
 他の誰かに教える気はないとはいえ、情報とは何処から漏れるか分からない。金髪の悪魔にとって不利な話がどこかに伝われば、当然色々と不都合な事があるはずだ。
 ヴェノマニアの心配を鼻で笑い、悪魔は楽しそうに獰猛な笑みを見せた。
「この程度は弱点とは言わん。初めてこの世界に来た時、この事を知っていてかかって来た奴らもいたが、片手で余裕すぎる程だった」
 戦いだらけの数百年前でさえその有様である。それに比べれば遥かに平和な時代であり、優秀な戦士などの噂を聞く事も無い現在、金髪の悪魔に勝てる者はいない。
 その事を分かっていて、この悪魔は宣言していた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

二人の悪魔 4

 ヴェノマニアはとんでもないものを召喚してしまいました。魔界の王です。

 齢十四の王子様ならぬ、齢千四百の魔王様。自分から人間界をどうこうする気は全くありません。やる気ゼロ。

 数ある世界がどうとか、話を大きくしすぎた感が否めない……。ただ単に、ちょいちょい小ネタが出る事の言い訳です。
 
 魔族の王だからとか、単に悪い奴だからとか、魔界の王だからとか、魔王にも色々です。
 勇者だったのに憎しみから魔王になっちゃった人もいますし。(このネタは通じるんだろうか……)旧スクウ○ア社の名作、リメイクもしくは移植希望です。

閲覧数:326

投稿日:2011/09/24 17:59:52

文字数:4,924文字

カテゴリ:小説

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  • 目白皐月

    目白皐月

    ご意見・ご感想

    こんにちは、目白皐月です。また失礼します。

    ん~でも、実際に英雄になるような人は、やっぱり他の人とはちょっと違うんじゃないでしょうかね。それこそ「自分が死ぬのがわかっているのに、逃げずに他の人のために避難を呼びかけ続けてお亡くなりになった人」とか、「自分も危ない状況なのに、他の人に救助の順番を譲り続けて力尽きてしまった人」とか。ものすごく勇気がいったと思うし、同じ状況で自分が同じことできる自信って、無いですしね、私には。やっぱりあの人たちは英雄だと思います。

    後ちょっと気になったんですけど、「別の世界に七つの罪の回収を頼まれた人が、ルカーナにそっくり」となっていますが、この作品自体が「七つの罪」の一つですよね。じゃあ、彼女は世界間を行き来できるんでしょうか?
    それと、レンが魔王ということは、それを召喚できたヴェノマニアも、実はかなりの実力者なんでしょうか? そっち方面には凄い才能があるとか……。あの、申し訳ないんですが、私の目にはこのヴェノマニア、なんだかすごい小物に見えてしまって仕方がないんです。

    話に出てきた「金髪の女の子」は、片割れかなと推測していますが、女性ということは、年頃に育っている可能性もあるわけですよね。ヴェノマニアが手をつけたりしたら、色々とややこしいことになりそうな気がします。

    >勇者だったのに憎しみから魔王になっちゃった人
    「ライブ・ア・ライブ」でしたっけ? いや未プレイなんですが、話だけちょこっと聞いたことがあります。
    ちなみに、私が遊んだゲーム(プロの人が作ったものではないのですが)では、ダンジョンで迷子になっている魔王様がいました。「ここはどこだっ!?」とか言っていて、ヒロインに「ボケナス」とののしられていましたが。まあ、この人、味方なんですけどね。

    なんだか微妙な感想になってしまって申し訳ありません。

    2011/09/26 23:52:05

    • matatab1

      matatab1


       こんにちは。メッセージ感謝、ありがとうございます。
       
       そんな行動をとった、とれた人は当然英雄と呼ぶべきだと思うし、感謝しなくちゃいけないと思ってます。私はそんな状況になったらパニクって何も出来ないと言う自信があります。

       この話で言っている英雄、勇者は、ゲームやなどのフィクション作品を軸にして考えてます。
       英雄(ヒーロー)は特別な存在なんかじゃない、自分たちと変わらない人間だ。と言うのは『ワイルドアームズ』に強い影響を受けてます。

       七つの罪や別の世界についてはあまり深くは考えず、『遊び心の小ネタ』だと思ってください。小ネタが入っているのが大好きなので、作品内にちょいちょい仕込むんです。 
       ルカがいる→じゃあクロノ・ストーリーと円尾坂ネタも入れよう。と言う感じで割と軽く決めてます。中には見越して入れているのもあったりなかったり……?
      「あ、これはあの曲か!」みたいな感じになってくれればと。

       ヴェノマニアが小者と言うより、レンが傍若無人過ぎるからそう見えちゃうんです。……多分、きっと。
       
       ライブ・ア・ライブはリアルタイムでは全然知らなくて、ネットをやるようになってから知ったゲームです。名作なのにいまだにスーファミでしか出来ないのが辛い所。しかもマイナー。Wiiで配信してほしいです。
       接触不良や電池切れが怖いので、本体の電源を入れる度にヒヤヒヤします。特にドラクエはあの曲が……!

      2011/09/27 19:23:02

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