「ようやくお出ましか・・・・・・。」
 無意識にそんな言葉が漏れたが、それも頭上に群がる鋼鉄の巨鳥達、VTOLが轟かせるエンジンの爆音でかき消された。
 無線にパイロットの通信が入る。
 『遅れてすまない。そいつのほかに敵勢力は。』
 そいつ。つい今まで俺と激戦を繰り広げた重音テッドは空中のVTOLからサーチライトを浴びせかけられ、両目を腕で覆ったまま身動きできずにいる。
 あのグロテスクな触手も、いつの間にか人間の腕に戻っていた。
 「大丈夫だ。他の敵性戦力は皆全滅した。」 
 『了解。直ちに兵員を降下させる。』
 無線が途切れると巨鳥の群れの中から、三機が一斉に着陸態勢に移行した。
 タイト達と合流し再びVTOLを見上げると、兵士達を搭載したカーゴベイのハッチが開放された。すると、その中に見覚えのある赤い髪がなびいていた。
 そして、一人の少女がこちらに大きく手を振ってきた。
 「ヤッホーーーー!!!!」
 「良かった。間に合ったみたい。」
 「デルさん。お待たせしてすみません。」
 ワオ・・・・・・。
 「ワラ!!ヤミ!!シクも!!!」
 特殊なパワードスーツに身を包んだ三人の少女がハッチから飛び出し、華麗な鳥のように、鮮やかな身のこなしで地面に降り立った。
 赤、紫、白。三人はそれぞれの色を纏い、そしてそれぞれの武器を持っている。
 VTOLの翼端と首尾の降下装置が地面に着地すると、それに続き数名の陸軍兵士がライフルを構えながら地面に降り立った。
 重音テッドは数十人という重装備の兵士に取り囲まれ、同時にそれと同じ数の銃口を突きつけられた。
 VTOL機首のガトリングガンも奴を照準に定めた。
 ここまでくれば、いくら奴でも成す術がないだろう。
 『抵抗しなければ、発砲はしない。両腕を頭の後ろに回し、こちらに背を向けろ。』
 部隊の指揮官らしき男が、拡声器でテッドに告げた。 
 だが奴は、顔を覆っていた腕をゆっくり下ろすと、そのまま沈黙した。
 『聞こえているのか?!両腕を頭の後ろに回し・・・。』 
 「フッハハハハハハハ!!!!!」
 「?!」
 突然、テッドが高らかに笑い出した。  
 こんな状況で笑えるとは、まさしく真性の狂人か。
 それとも彼らの行為がおかしくてそう笑っているのか。
 または、何か策でも・・・・・・・。
 まさか?!
 「お前らそれでこの俺に勝ったつもりか!!バカめ!!お前達は知らないのか!!システムは・・・・・・既に我々の手元にあるということをッ!!!」
 奴の叫びで、この空間が悪寒に襲われた。
 システム。Piaシステムだ。
 研究所で、鈴木流史が謎の死を遂げる直前、完成させてしまった、あの。
 今作動させられれば、最悪の事態になる。
 「システムは既に作動済みだ・・・・・・さて、そういえば、今は午後の十一時五十八分・・・・・・システムがお前達を丸裸にするのは、十二時、ちょうど・・・・・・今までシステムによって守られてきたお前達は、武器が使えなくなるどころか、その身も無事では済まされない!!」
 奴の口元が釣りあがり、歪んで、そして無邪気な笑みか浮かぶ。
 「やいやい!!何言ってんのこの基地外ッ!!!負け惜しみなんていっても・・・。」
 「馬鹿!あんたこの状況が分かってんの?!」
 笑みを浮かべるテッドに怒鳴り散らし、手元のミニガンを振り回すワラをヤミが制止させた。
 だが、冷静な彼女もその焦りを隠すことはできていない。
 「あの人の言うことが本当であれば、後一分で皆さんの武器が使えなくなってしまいます!ここはどうすればいいんでしょう・・・・・・。」
 シクが呟くと、テッドが彼女の前まで歩み出た。 
 「貴様らこそ、そのまま動かずじっと待ち続けることだ。」 
 レーダー端末の時刻表示を確認すると、十一時五十九分。
 こいつの・・・・・・こいつの言うことが嘘であれば・・・・・・。
 だが、嘘である可能性などどこにもない。
 「あと十秒!!!」 
 奴の言い振りは、明らかにシステムの作動を信じている言い方だ。
 このまま・・・・・・では・・・・・・。
 「撃て!!射撃開始!!!」 
 突如指揮官が怒号を上げ、それと同時に兵士全員のライフルが一斉に咆哮をを上げた。
 ヤミとシクもそれに続き、ワラはミニガンで掃射を開始する。
 「これでも食らいなァッ!!!!!」
 弾丸は発射され、テッドの足元から砂煙が舞い上がった。
 「さん・・・・・・にぃ・・・・・・いち・・・・・・ゼロ!」
 その瞬間、開始されたばかりの一斉射撃とサーチライトが潰え、一瞬の静寂と暗闇が周囲を包んだ。 
 兵士達がどよめき始め、一斉に自分の銃を見下ろした。
 レバーを引き、トリガーを引く・・・・・・ことができていない。
 「え?何?!な、何なの?!」
 それはワラ達も同様だった。
 俺は懐から麻酔銃を取り出し、引き金に指を掛け、力を入れる。だが引き金は一ミリとも後退しようとしない。
 やはり・・・・・・か・・・・・・。
 くそ・・・・・・。
 ここにいる誰も彼もが、引き金を引けなくなっていたのだ。
 「おい!!VTOLが!!!」 
 兵士の誰かが声を上げて、頭上で滞空していたVTOLを指差した。
 その先では、VTOLが空中でバランスを崩しそのまま一直線に森の中へ墜落していった。
 一機、そしてまた一機。エンジンから火が消え、当然のように堕ちていく。
 すると、最後に残った一機が、こちらに向かって墜落してきたのだ。
 「く、来るぞ!!」
 「退避ーーーーー!!!」
  VTOLの機首先端が地面に落下する瞬間、兵士達の間を、稲妻と見まがうような電光が跳ね飛ぶ脱兎の如く走りぬけた。
 「なんだ・・・・・・?」
 その雷光はVTOLと地面の間で人の形を成し、機体を持ち上げる姿となった。
 そして墜落するはずだったVTOLが、地上二メートルで静止した。
 数十トンある機体を受け止めた、その人影。
 黒いスーツ。赤い雷光。
 二つに分けた黒い髪。
 「ミクか!」
 「デル!タイト!遅れてすまない!」
 ミクは余裕の表情でVTOLの巨大な機体を地に下ろすと、腰のブレードで後部ハッチを切り倒した。
 「みんな!!ここにいては危ない!!すぐに逃げるんだ!!!」
 ミクが鈴の音のような声で呼びかけるが、それをまともに聞けた者はほとんどいなかった。
 「・・・・・・?!」
 突然、次々と兵士達が地に倒れ始め、苦悶の声を漏らしに喘ぎ始めた。
 皆が皆同じように悶え苦しんでいるのではない。 
 ある者は胸を押さえ転げ周り、あるものは狂ったように叫び続け、ある者は止め処なく嘔吐し、失禁し、見境なく同僚を殴り、そしてまた苦しむ。
 研究所で見たものとは違うが、これもまさに地獄のような光景。
 なんだ・・・・・・?
 これもシステムの影響か!!
 その瞬間、俺の全身に張り裂けるような痛みが走った。
 思わず地面に跪き、成す術もなく倒れこむ。
 「うっ・・・・・・ぐぁ!!」 
 これ・・・・・・は・・・・・・。
 身体の上から、巨大な何かに圧し掛かられているようだ・・・・・・!
 痛みと、胸につかえるような、この息苦しさ・・・・・・。
 ここから、一歩も動き出すことができない!
 かろうじて動く視線を動かし、タイトを見ると、彼もまた同様の感覚に襲われているようだ。
 栄田道子は頭を抑え昏倒し泡を吹いているが、キクは目を閉じたまま、未だ眠りについている状態だ。 
 「タイ・・・・・・ト・・・・・・!!」
 「デル・・・・・・!!注射だ・・・・・・あの・・・・・・!!!」
 そうだ・・・・・・装備の中にある、緊急時のため、注射器。
 ナノマシンの作動を停止させる、抑制用のナノマシン。
 これを打てば、少なくともこの痛みからは解放されるはずだ・・・・・・。 俺は激痛に苛まれる身体に鞭打ち、ポケットに手を伸ばした。 
 ゆっくりと、ペン状の注射器を取り出し、首筋に突き立てる。 
 そのとき、視線の先に胸を押さえ苦しむワラの姿が映った。 
 彼女は口、鼻、目、とにかく顔中から透明な液体を垂れ流し、苦しんでいる。
 その姿は、一気に俺の思考を加速させ、全身が悲鳴を上げることも構わず、俺の両足を立ち上がらせた。
 く・・・・・・そ・・・・・・!
 待っていろ・・・・・・!
 今・・・・・・助ける・・・・・・!
 せめて・・・・・・その痛みから!!   
 注射器を握り締め、這い蹲るようにして、ワラの元へ。 
 苦痛に震える彼女の上半身を抱き上げ、露出した首筋に注射器を突き立て、親指に力を込めた。 
 まもなくして彼女の表情から苦痛の色が消えると、ふうと息をついた。
 それを見て安心したのか、俺の身体は完全に重圧に打ちひしがれ、再び大地に倒れこんだ。
 正気を取り戻したワラが驚いた様子で俺の顔を覗き込んだ。
 「あんた・・・・・・どうしてあたしを・・・・・・。」 
 喋りだそうとすれば、喉にまで刺すような痛みが走る。
 だが、それでも俺は彼女の問いに答えなければならい。
 「君を・・・・・・助けたかった。」 
 「なんで・・・・・?なんでよ?なんで自分に打たないの?これって、一人分しかないんじゃ・・・・・・それなのに、何で、あたしなんか。」
 「君の苦しんでいる姿を・・・・・・見たとき、どうしても君を救いたいと、楽にして・・・・・・やりたいと・・・・・・・思った。俺の痛みは、もう、どうだっていい・・・・・・。」
 「なんで?!」 
 「そうしたかった・・・・・・それだけだ・・・・・・。」  
 「・・・・・・!」
 彼女は両手で口を押さえ、身を引いた。 
 視界が・・・・・・次第にぼやけていく。 
 聴覚も・・・・・・遠のいていく。 
 ここで・・・・・・終りなのか?
 そのとき、誰かが俺の上半身を抱き上げた瞬間、首筋に針の刺すような痛みが走った。 
 いや、全身の苦痛のせいでもはや、痛みかどうかも判断できなかった。
 すると、ぼやけていた視界が元に戻り、全身を蝕んでいた苦痛も引いていった。 
 一体、何が・・・・・・?
 視界が戻ると、目の前にはミクの姿があった。
 「デル。大丈夫か。」
 「ミク・・・・・・すまない。」  
 彼女の手には、例の注射器が握られている。
 ミクが・・・・・・?
 「ミク、どうしてそれを・・・・・・。」
 「今は話せない。それより、ヤミとシクを頼む。わたしはタイトを助けてくる。」 
 ミクは俺に二本の注射器を差し出し、タイトの元へ掛けていった。 
 俺は即座にヤミとシクの首に注射器を突き立て、抑制用のナノマシンを注入した。
 「あ、ありがとう・・・・・・。」
 「ありがとうございます。」
 すぐに二人は苦痛から解放され、立ち上がった。
 「デル!」
 復帰したタイトが栄田道子とキクを連れて俺のもとに駆け寄った。
 「ここはもう持たない。無事なVTOLを使って脱出しよう!!」
 ミクが無事なVTOL二機を指差した。
 だが、システムが作動した以上、あれも動くことはできないはずだ。
 「どうやって?!」
 「そうはさせるか!!!」
 ミクにたずねた瞬間、重音テッドの声に振り返ると、奴は空中に浮いていた。 
 その背中から、鳥のものではない、まるでドラゴンのような翼が展開し、空中を漂っている。
 「奴に構うな!!行くぞ!!できる限りの人間を乗せるんだ!!!」
 「ハハハァ!お前達は逃げられはせんよ・・・・・・。」
 そのとき、奴の背後の森から、巨大な足音のような音が幾つも響き渡った。 「何の音だ・・・・・・?!」
 巨大な足音は次第に接近し、そして、その音の主は無数の木々をなぎ倒してその姿を現した。
 それは、従来の常識を覆すほどの、巨大なABLだった。
 二足歩行で大地に立つ姿でも人間には見えず、両腕に当たる部分には猛禽類の翼にも似た器官を持っている。
 まさか・・・・・・こんなものさえ持っているとは!!!
 勝ち目など、最初からなかったということか?!
 「お母さん♪」
 ?
 「あいつら、俺の体をこんなに傷つけたんだよ?!お母さん、あいつらを踏み潰しちゃってよ!!」
 何故奴が巨大な平気に向かって、お母さんという呼び方をしているのが意味不明だが、この際そんなことはもうどうでもいい。重要なのは、ここから一刻も早く離脱することだ。
 ABL、いや巨大な二足歩行戦車が鷹のような咆哮を上げ、両肩にある機関銃で機銃掃射を開始した。 
 「うわぁあああああああッッッ!!!!」
 まだ苦痛に苛まれていた兵士達が弾丸に貫かれ、絶命していく。
 「くそッ・・・・・・!!」
 「次はお前達だ!!!」
 機銃の銃口が、俺達に狙いを定めた。
 「デル、俺はあの機体に乗る。お前はもう一つの奴を。」
 「分かった。」
 「さぁ、行こう!」
 タイトがVTOLの操縦席に着き、それに続いてミク、栄田道子、キクがカーゴベイに乗り込み、ハッチが閉じた。
 どういう理屈かタイトの機体は息を吹き返したかのようにエンジンを再起動させ、一瞬で地上から浮上した。
 「俺達も急ごう!」 
 俺はVTOLの座席に飛び乗り、機体のチェックもせずにエンジンスターターを作動させた。
 案の定エンジンは躍動をはじめ、コンソールパネルに灯が点り始めコックピットを煌々と照らした。
 「デルさん。私がガナーをやります。」
 そう言って、操縦席の前にある射撃席にシクが飛び乗った。
 続いてワラとヤミもカーゴベイの中に入る。
 よし・・・・・・。
 キャノピーと後部ハッチを閉め、垂直離陸の態勢に入る。
 機体各部に問題なし、全て正常・・・・・・これなら行ける!!
 「さぁて・・・・・・やるかッ!!!」
 「逃ぃいがすすかぁぁぁあああああ!!!!!」 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

SUCCESSOR’s OF JIHAD第五十四話「緊急離脱!」

我ながらエラい展開になったぉ


「AV-20」【架空】
2019年より陸軍で開発され、空挺部隊に配備された兵員輸送垂直離着陸機。
ヘリコプターのような挙動ができるVTOLの一種。
カーゴベイ内部に六人の兵士を収容でき、最大20トンの貨物物資を搭載した状態で離陸できる。
また爆撃機としても優秀であり、機首に20ミリガトリングガンと、主翼に内蔵された二十四連ロケットミサイルを装備し、さらにハードポイントを備えたことで対空攻撃能力を追加できる。
強度もかなり堅牢で、ポリカーボネートに特殊樹脂を複合して従来から十倍の強度を得た特殊プラスチック製のキャノピーは、12.9ミリ弾からパイロットを護り、使用された装甲のピアニウムはRPGの直撃にも易々と耐えうることができる。
開発されてまだ間もないこともあり、現在は陸軍のみで兵員輸送や物資空輸などに運用されているが、この機体は非常に汎用性が高くあらゆる場面活躍することが見込めるため、後に海軍と空軍専用に様々派生や発展型が開発される予定である。

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投稿日:2009/10/04 00:22:11

文字数:5,742文字

カテゴリ:小説

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