咲水村(さくみむら)にある、3階建ての、珍しい恋の神様をまつる桜雲神社(おううんじんじゃ)の言い伝え。
昔、道文(みちふみ)と言う少年が、紙で作られた花の風船を飛ばして遊んでいる、歌乃名咲水姫(うたのなさくみひめ)と言う可愛らしい姫君が居る庭に忍び込み、姫君と友達になって、内緒で城の庭で一緒に遊ぶうちに、ふたりは恋に落ちたのでした。
しかし、それが咲水姫の侍女に見つかり。少年は、遠くの海のそばの瞳海村(ひとみむら)に連れて行かれてしまったのです。少年は咲水姫のことが忘れられず、瞳海村の海を見ながら姫君のことを毎日思っていました。咲水姫はそれを悲しみ、城のそばにある桜雲神社の神様にお祈りしました。
「道文に会わせてください」
すると神様は、彼女を満月の夜に神社の横にある睡蓮の花が咲く池の前に行くようにと、天から声を授けました。姫君は言われた通り、満月の夜にその池の前に立ちました。みるみるうちに姫君の足は人魚の足に変わり、天の声は言います。
「この池の中に咲いた睡蓮の花を辿って泳いでいけば、道文に会えます」
姫君は池の真ん中に飛び込み、透き通るような翡翠色の池の水の中を、沈んで咲いている睡蓮の花の道の真ん中を泳いでゆきました。
すると、その池の水は、瞳海村の海まで続いていて、海を眺めていた道文の目に、それがとまり、道文は海に飛び込むほどそれを喜んで、人魚になった姫君を抱きしめたのでした。
一途な少年と姫君の恋は、今でも、恋を叶える神社として、桜雲神社に古くから愛されて、語り継がれています。今でも咲水村と瞳海村は存在していて、咲水村の神社の横の池の真ん中には、瞳海村の海の中に建てられた、鳥居に続くとされる鳥居が建てられており、数多くの人達が参拝に訪れています。
「ぼくにも、可愛い恋人ができますように」
多くの参拝者に紛れて、花言葉 咲(はなことば 
さく)と言う少年は、その神社独特の、風鈴絵馬に、願いの言葉を書いて、たくさんの色とりどりなかたちの風鈴が吊るされた、絵馬掛けに、控えめに可愛い恋人ができますようにと書かれた風鈴絵馬をそっとかけました。
神社の中には、千羽鶴ならぬ千羽花、折り紙で作られた1000枚の花の飾りの願いがぶら下げられてあったり、とても風情を感じ、美しいです。
今は、夏休み。
この神社は、春になると3階建ての神社の周りに生えた大きなたくさんの桜の木が花を咲かせ、まるで桜の花の雲の上にあるような神社に見えることから、桜雲神社と言う名前がついています。
花言葉君の家の近所にある、すごく田舎の神社で、神社の横には、真っ白な綺麗な鳥居が真ん中に建つ、睡蓮の花の咲く透き通るほど綺麗な、池があります。歌乃名咲水姫の伝説がある池です。
昔、おじいちゃんから聞いた話があります。
「おれがまだ小さかった時、池で歌乃名咲水姫を見たんだ。そして、おれは今のばあちゃんと会って、そして結婚した」
花言葉君のおじいちゃんが、よく花言葉君に聞かせる昔話です。小さな時から何度も聞かされていたのですが、花言葉君には、それが本当の話なのか、そうじゃないのかは分かりませんでした。
ちょうど満月の夜に咲水村で夏祭りがあって、その時に、花言葉君は金魚が飼いたいと言って、咲水村で唯一、金魚桶とガラスを取り扱っている古くからあるお店に行きました。
「こんにちは」
「よく来たね。ゆっくり見て行ってね」
木でできたまるい桶の中に、綺麗なガラスがはめ込まれた金魚桶が、店のあちこちに置いてあります。
店の古さを感じさせる、低い天井には、職人さんがひとつひとつ手作りした可愛い風鈴がぶら下げてあります。
職人さんは顔馴染みの人で、小さな時から可愛がってもらった人です。
「金魚桶がほしいんですけど……」
「あぁ。ほんとは、ひとつ五万円くらいするんだけど、試作品があるから、これ、よかったらただで持ってっていいよ」
「いいんですか!?」
「あと、こっちも試作品なんだけど、薔薇のかたちのガラスの風鈴、持ってって」
「ありがとうございます!」
咲水村の人達は情に厚く、優しい人達が多くて評判です。綺麗な丸い木の枠に、2匹の蝶の彫刻がされたすごく立派な金魚桶です。
それから、透明な薔薇のかたちの、ピンクの風鈴。おばあちゃんと、お母さんが喜びそうだなと思いながら、そのふたつを大事に持って、花言葉君は家に帰りました。
花言葉君の家は、田舎の大きな山々が一望できる高い場所にあります。開けっぱなしになっている、広い畳の間の縁側に、透明な薔薇の風鈴をかけて、もらってきた金魚桶を部屋の隅の床の間に飾ります。
花言葉君以外はみんな仕事や、旅行で家を空けています。ひとりの夏休みを満喫中です。
床の間に飾った金魚桶を畳の上で四つん這いになりながら、じっと見つめて、その綺麗な木の装飾と透き通る硝子にうっとり見惚れてしまいます。
さらさらの黒髪に白いTシャツに、短パンに軽いサンダルで、桜雲神社の夏祭りに出発です。
満月の夜、綺麗な風鈴をぶら下げた風鈴売りが桜雲神社の絵馬になる風鈴を台車を引きながら何人も売り歩いています。
「金魚金魚」
花言葉君は、歩く花のように、賑やかな浴衣姿の人達や屋台を見てまわりながら、昼間に貰った金魚桶に飼う金魚を掬いに、金魚掬いの屋台を探し歩きました。
「あれ……。今年は金魚掬いの屋台ないのかな。見つからないや」
桜雲神社へ続く坂道を登る屋台と、色鮮やかな看板を眺めながら歩いても、どこにも金魚掬いの屋台が見当たりません。
そうこうして歩いているうちに、なぜか桜雲神社の池の前に立っていました。
遠くの方で、小さく聴こえる祭囃子と太鼓の音。
花火の音もしましたが、この桜雲神社の池の方まであまり音は聞こえてきません。
睡蓮の咲く池の真ん中に建った、白い鳥居が丸い満月の光の中に沈んでいるみたいで、とても綺麗です。
ちりんちりん。
池の方から、誰かの声がするように、風鈴の風の音が響いてきます。
その先を見ると、一際美しい、大きな睡蓮の花の蕾がありました。花言葉君は、その美しい睡蓮の蕾に気づいたら手を伸ばしていて、摘んでしまいました。
「……どうしよう」
あわてた花言葉君は、神社の神様の花を摘んでしまったと思い、人のいない神社の山の裏道を通って、自分の家に帰ってきました。
その睡蓮の蕾を、そっと水を注いだ金魚桶の中に浮かべたのです。
すると、その蕾が人の手のひらが開くようにゆっくりと開いて、その中から、小さな人魚の姿をした、美しい鞠柄のあでやかな着物を着た少女が眠るように横たわっていました。
「……あなたは、道文ですか?」
驚きのあまり声に出せず、花言葉君は黙って首を横に振ります。
「道文に会いたい」
「……あなたは、歌乃名咲水姫?」
「そうです」
金魚桶の睡蓮の花の上で、それを覗き込んで見る黒いガラス玉のような、花言葉君の瞳を見上げながら、咲水姫は、声もなく手で顔を覆い泣き始めました。
「ごめんなさいっ。ぼく、あまりに綺麗な花の蕾があったから、神様の池から花を摘んで家に持って帰って来てしまったんです」
「桜雲神社の池にわたしを連れて行って下さい」
道文は、家のタンスの段ボールの中にしまい込んであった綺麗な金魚鉢を洗って、その中に水を汲んで彼女をその中に泳がせました。
そして、急いで神社のもと来た山の裏道を金魚鉢を落とさないように、静かに慎重に登ってゆきました。
「わたしを、池の前に」
そっと、金魚鉢を池の前に置きます。
彼女は、池に浮かんだ満月の中に飛び込んでゆきました。そして、透き通る池の中で、睡蓮の花が光を帯びて道標となり、池の真ん中の鳥居をくぐり抜けて、咲水姫はその中を美しい一匹の金魚の長い尾のように、泳いで行ってしまいました。
それから、夏休みが終わって、学校が始まるとすぐ、花言葉君に願った通りの可愛らしい彼女ができたのです。
「……じいちゃんは、昔、桜雲神社の池で歌乃名咲水姫を見たんだ。それから、今のばあちゃんと出会って、結婚したんだ」
花言葉君が歳をとり、孫にその話を聞かせます。
「え〜そんなの嘘だよ〜」
「おれの亡くなったじいちゃんもそう言っていたんだ。おれもこれは夢かと思ったが、夢じゃなかったんだ」
今でも床の間には、あの時の金魚桶が飾ってあって、その中で孫たちが夏祭りで掬ってきた、綺麗な金魚たちが蝶のようにひらひらと尾をゆらめかせて、泳いでいます。
あの池の鳥居は、咲水姫の道文を想う願いを乗せて、海に続いているのです。
そう、花言葉君は今でも信じています。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

海へ続く鳥居

夏なので、夏らしい
小説を書こうと思って、
考えてみました✳︎

ファンタジーや
メルヘンチックな
作品が多いので、
和風小説にチャレンジ( ˃͈˗˂͈ )

お読み下さり、
いつもありがとうございます॰*

閲覧数:81

投稿日:2023/08/04 15:22:43

文字数:3,521文字

カテゴリ:小説

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