注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 マイコ先生の弟、カイトの視点で、外伝その十六『ぼやき上戸は厄介』の直後の話になります。
 従って、『ぼやき上戸は厄介』を読んでから、読むことを推奨します。でないと、意味がわからないと思われます。


 【映画を一緒に】


 マイト兄さんのところで酔っ払って潰れてしまった次の日。夜、僕が勉強をしていると、不意に携帯が鳴った。手に取る。メールだ……え?
 差出人のところに「鏡音メイコ」と書かれている。めーちゃん……? 僕のアドレスなんで知ってるんだろう? あ、マイト兄さんが教えたのか。でもなんで僕に?
 もしかしてレン君から昨日の話を聞いて、僕に呆れ果てて、苦情の一つでも言って来ようとしているのかも……いやめーちゃんに限ってそんな……。
 メールを開くのが怖い。僕は携帯を握ったまま、しばらく躊躇っていた。けど、大事な用件だったら困る。意を決して、メールを開いた。
「メールでは初めまして、カイト君。鏡音メイコです。実はカイト君とちょっと話したいことがあるので、良かったら電話をくれないかしら?」
 メールにはそんな文面と、めーちゃんの携帯電話の番号が書かれていた。メールの文面はやや砕けてはいるものの丁寧で、怒ったり呆れたりしている様子はない。僕はほっとしつつ、表示されている番号にかけた。コール音がしばらく鳴り響いて、めーちゃんが出る。
「もしもし、メイコです」
「あ、……僕です。始音カイト。さっきメール見たもんだから、かけちゃったんだけど……」
 声が上ずっているのが、自分でもわかる。だって、めーちゃんと電話で話すの、これが初めて。
「あ、すぐ電話してくれて助かったわ。なるべく早く話したいって思っていたから」
 その言葉に、胸がどくっと鳴った。落ち着け……と、自分で自分に言い聞かせる。
「メイコさん、話って何?」
「あ……うん。あの……カイト君、昨日レンから聞いたんだけど、映画館の近くでレンに会ったんだって?」
 めーちゃんの声は明るくて優しくて、だから、一瞬ぎくっとはしたものの、僕はうろたえずに済んだ。
「うん……会ったよ。あ、ごめんね、レン君のデートの邪魔をしちゃって。マイト兄さんにも呆れられたんだけど」
 電話口の向こうで、めーちゃんがくすっと笑う気配がした。僕の大好きな笑い声。
「そのことなら気にしないで。……こっちこそごめんなさい、レンが失礼な態度取っちゃって。あの子、今難しい時期なの」
 めーちゃんに謝られてしまって、僕は慌てた。
「そんな……めーちゃんが謝らなくてもいいよ」
 反射的にそう言ってしまい、慌てて口を押さえる。だって、普段は僕、めーちゃんのことを「メイコさん」って呼んでるから。マイト兄さんがめーちゃんのことをめーちゃんって呼んでるのを聞いて、その呼び名がぴったりで可愛かったから、心の中ではいつも、めーちゃんって呼んでいた。でも、口に出したことはない。だって、僕はめーちゃんと、そこまで親しい仲じゃない。
 どうしよう、何か言われるだろうか。心臓ばくばく状態で、僕はめーちゃんの返事を待った。
「……カイト君って優しいのね」
 めーちゃんは、僕の呼び方には気づいてなかったのか、それだけを言った。安心する半面、なんだか残念な気もする。
「とにかく、僕は気にしてないから」
「そう……良かった。あ、ところでカイト君、次の日曜は空いてる?」
「次の日曜……?」
 勉強ぐらいだよな、僕の予定なんて。……我ながら、ちょっと淋しい気がする。
「特にないよ」
「そうなの? じゃ、良かったら一緒に映画にでも行かない? 面白そうなのを今上映中なの」
 えーっと、それって、つまり……。次の日曜日、僕とめーちゃんが一緒に映画に行くってこと……? 一瞬、頭の中が真っ白になった。そそそ、それって……。
「……カイト君? もしかして、映画は苦手だったりする?」
 びっくりしすぎて、僕は携帯を握ったまま固まっていた。携帯の向こうから、めーちゃんの案じるような声が聞こえてくる。
「そ、そんなことないっ! 映画は大好きだよ!」
 慌てて僕はそう答えた。まためーちゃんの笑う声が聞こえてくる。
「じゃあ、一緒に行ってくれるのね」
「……も、もちろん」
 声がひっくり返っているのが、自分でもわかる。けど、そんなこと気にしていられなかった。
 めーちゃんが待ち合わせ場所と時間を言ってくれたので、即行でメモを取る。絶対に遅刻なんかしないぞ。
「それじゃあ、今度の日曜にね」
 通話が切れた。僕は、しばらく携帯を握ったまま、ぼけっとしていた。
 日曜日……めーちゃんと二人で……映画を見に行く……。それって……もしかしてデート!?
 気がつくと、僕はその場にひっくり返っていた。


 日曜日、僕は自分なりに「この格好ならイケる!」と判断した服装に身を包み、待ち合わせ場所でめーちゃんを待っていた。実を言うと、着る物にはかなり悩んだ。だってあまりにも「一張羅です」って格好だと、めーちゃんに「何この人」って思われそうだし。お誘いを貰った時は嬉しさで舞い上がってしまったけど、めーちゃんからすれば、ただ単に「一人で映画に行くより二人の方が楽しいわよね」ぐらいの感覚かもしれない。僕だったのは、暇そうだから誘ってもいいかも、とかそういう考えで。
 だから「お洒落ではあるんだけど、あくまでふらっと遊びに行けます程度」という感じの格好。
 それでも……。たとえ「一人じゃ淋しい」が理由でも、めーちゃんに声をかけて誘ってもらえたというだけで、僕はものすごく嬉しかった。
「あ、カイト君、もう来てたの?」
 かけられた声に、僕はそっちを見た。赤いワンピースに薄手の白いコートという格好のめーちゃんが、そこに立っている。ワンピースの丈、すごく短いけど、寒くないのかな……すらっとした形のいい脚に、僕はちょっと見とれていた。それから、あわててめーちゃんの顔に視線を向ける。脚を見ていたなんて知られたくない。
「……う、うん」
 時計を見ると、待ち合わせ時間の五分前だった。めーちゃんは少し早めに来る方らしい。僕も早めに来ておいて良かった。
「それじゃ行きましょうか。映画館はこっちよ」
 めーちゃんと連れ立って、道を歩く。見慣れた大都会の街並のはずなのに、なんだかそれだけで新鮮に見えてくる。
 今のこの幸運が信じられない。夢なら覚めないでほしい。でも幾ら目をこすっても、少し先を歩いているのは間違いなくめーちゃんで。
 この時間が、ずっと続けばいい。


 めーちゃんが見たいと言っていた映画は、オフビートなコメディだった。正直言うと、僕には笑いどころがよくわからなかった。でも、それは僕が、映画の間ずっと、めーちゃんに気を取られていて集中できなかったせいかもしれない。
 映画が終わり、館内が明るくなる。めーちゃんを見ると、すまなそうな表情をしていた。
「ごめんね、カイト君」
「……え?」
 突然謝られて、僕はびっくりした。
「この映画、評判聞いて面白そうだなって思って、それでカイト君誘ってみたんだけど、ちょっと不発だったから」
 僕は慌てて、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。めーちゃん、退屈な映画につきあわせて悪かったって思っちゃったんだ。
「そんなことないよ。確かに笑える映画じゃなかったけど、たまにこういうのを見ると、それはそれで興味深いし」
 僕、一体何を言っているんだろう。とにかく僕は必死だった。めーちゃんに「すまない」なんて感情を抱かせたくなくて。
「でも微妙な内容よね?」
 首を傾げてそう訊くめーちゃん。僕はどう答えようか迷った。
「う、うん……なんていうか、ちょっと難しすぎた」
「私も、実はよくわからなかったのよね。主演の人の演技はいいと思うんだけど」
 そ、そうなんだ……どうしてだかよくわからないけど、僕はほっとした。
「メイコさんは、映画が好きなの?」
「ええ、好きよ。うちは、家族全員映画好きで、私がまだ子供だった頃は、休日に家族揃って映画に行ったりしたわ。今はそんなことできないけど」
 僕は、以前何かの折にふっと聞いた、めーちゃんの家庭の話を思い出した。お父さんを数年前に亡くして、それからはお母さんが女手一つでめーちゃんとレン君を育てたという話だ。そのお母さんは、今は仕事で海外にいるので、めーちゃんはレン君と二人暮しをしている。
「今でも弟と二人で、休日にDVDを鑑賞したりはするわね」
 ……僕も混じりたい。
「カイト君は、映画は?」
「好き……だけど、あんまり映画館に来る機会はないかな。一人で来るのって、ちょっと苦手なんだ」
 たまにアカイに付き合わされることはあるけど、これからはそれも減るかもな……アカイももう来月から社会人なわけだし。
「私はあんまり一人でも気にならないのよね。でも、誰かと一緒は一緒で楽しいけど」
 だったら、僕と一緒でもいいのかな。
「……僕、映画ってあんまり詳しくないんだよね。メイコさんは詳しいの?」
「それなりかな。少なくとも、他の人には『詳しいわね』って言われるわ」
「何かお薦めの映画とかある?」
「どんなのがいいの?」
 訊き返されて、僕は返事に困ってしまった。うーん……めーちゃんと話を続けたくて訊いたことだから、はっきり考えてない。でも、何か言わないと。
「え、えーと……あまり、難しいことを考えずに楽しめるのがいいな。勉強の合間の息抜きにしようと思ってるから」
「だったら、もっと気楽なコメディかしらね……もしよかったら、お薦めのDVDを今度貸してあげましょうか?」
 思ってもなかった返事が返ってきた。僕は勢いよく頷いた。めーちゃんからDVDを貸してもらえるなんて、すごくラッキー。
「じゃあ、マイコ先生に預けておくわね」
「あ……うん」
 ……できたら、めーちゃんから直接渡してほしかったけど、それは高望みなのかな。あ、でも待てよ。見終わったら感想ができる。
「それ見たら、感想を直接そっちにメールしてもいい?」
「え? 嫌ねえ、いいに決まってるじゃない」
 ころころと明るく笑うめーちゃんを見て、僕の胸はまた高鳴った。少しずつでもいい。これで関係を縮めることができれば……。
 なんだか、自分がひどく打算的な行動をしているような、そんな気になる。でも……それでもいいと、僕はその時、思っていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その十八【映画を一緒に】

 なんか……書いていて、カイトってめんどくさい男だなと思ってしまった。基本的にはいい人なんですけどね。大体、みんないい人です(くどいようですがリンのお父さんは別)

 しかし、めーちゃんの映画の趣味って結構ぶっとんでる(あくまで今作の設定)んだけど、カイトはいいのかな? 『トランスアメリカ』なんて渡されたら、どうなるのやら。
(個人的には『トランスアメリカ』は名作だと思っていますし、今作のめーちゃんなら気に入るでしょうが、今作のカイトにこれ渡すと「嫌味」になっちゃいますよね……)

閲覧数:643

投稿日:2012/03/18 23:53:03

文字数:4,292文字

カテゴリ:小説

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