「……動くな」
「大丈夫、なにもしないから」
ミクはそばに立てかけてあったパイプ椅子を、
片手で軽々と持ち上げて、突きつけた。
明らかな戦闘の意。
「…動けば、容赦しない」
「そんな! 大丈夫だよ。私はなにもしないから。
お願いだから、それを降ろして」
「信用できない」
バサッ。
コートのひるがえる音とともに、廊下からカイトの声がした。
「遅れてごめん! サボってたって、めーちゃんに言わないで!
…て、そんな状況じゃなさそうだね」
「カイトさん!」
「ほら、初音ミクちゃん。君はもう何日も動いてないんだ。
ボーカロイドだからって、節々は固まっちゃうだろ。
安静にしてないと転けるよ」
スッと手を伸ばす。
だがミクは眉をひそめるばかりだった。
「……その…初音ミクは今どこに?」
「へ?」「…ぇ?」
「…だから言っているだろ。あの子はどこにいるんだ!!」
ドンッ。
パイプ椅子が棚にぶつかり、花瓶が足下に落ちる。
割れる花瓶。飛び散る破片。
水が床一面をびしょびしょに濡らす。
ミクは目を丸くする。
(――これが―)
「………俺……?」
(違う!)
(違う!)
(俺じゃない。この顔は……)
「何の騒ぎなの!」廊下を走る音。
「めーちゃん、こっちに! 早く!」
(一刻も早く、あの子を探さないとッ!!!)
ミクはパイプ椅子を振り上げ、窓ガラスを勢いよく割った。
耳を刺すような音が鳴る。
「きゃ!」
「こら、まて! やめろ!」
カイトの制止を振り切るように、ミクは椅子を投げつける。
それを拳銃のグリップで受け流す。
「ミク!!」
声は届かない。
カーテンが揺れ、ミクの身体は窓の外へ消えた。
ほぼ同時に扉が開き、メイコ、帯人が現れる。
雪子はその場に崩れ落ちた。
あの目、
夢で会ったミクと違ってた。
……あなたは、本当にミクなの?
◇
「―ッ!」
節々がひどく痛む。
木の枝にぶつかり、身体中に擦り傷ができた。
地面にたたきつけられたが、壊れるほどのダメージではない。
足を引きずりながら出口を探す。
唇を噛み、前へ前へ。
「あほか」
「ッ!?」
ウィスキーボトル片手に、壁により掛かっている男がいた。
白衣を着ているくせに、へそだけは出している。
……敵か?」
「ッ!!!!」
「おいおい、いきなり威嚇かい。
美人なんだから、そんな顔は似合わない。もっとほら、笑って」
「……」
「あー、わかったわかった。悪かったよ。
つうか、よく動けたな。節が固まって上手く動かなかっただろう」
「うるさい…」
「寝てる間に性格まで変わっちまったのかい?」
近づいてくる男。
拳を構え、強くにらみつける。
しかし――
「がッ」視界が揺れる。
「ほら、無理に動くと身体に毒なんだって」
男の手が身体を支える。
そのまま俺を抱き上げ、何事もなかったかのように歩き出す。
暴れたいが、暴れる力もない。身体が動かない。
「身体中傷だらけじゃねぇか。修理する身にもなれってんだ」
どうやら敵ではないらしい。
「……ぉぃ」
「なんだあ? スリーサイズ以外なら答えてやるよ」
「……初音ミク、を、知らないか?」
ピタッと足を止める。
やけに深刻な顔をして、俺を覗き込む。
「おまえ……ミクじゃないのか?」
「俺は…あの子の中に生まれた、もう一人のミク、だ」
男は、ひどく驚いた顔をしていた。
悲しげな瞳をこちらに向ける。
きれいな茶色の髪の毛が揺れていた。
「おまえは俺を、知っているのか?」
◇
数刻前、とある路地裏にて。
「お、おまえは誰だ!! な、なにが目的なんだ!!!!」
「冥土の土産に聞かせてやるほど、俺は優しくないんでね」
まだ夜の残る薄暗さの中、男の手には鈍色が輝いていた。
眼鏡の男は携帯を取り出そうとする。
だが、その手の甲をダーツが貫いた。
「ひあぁあああ!!」悲鳴を上げる男。
そして「クツツ」とのどを鳴らす男。
「痛がるあたり、義肢じゃなさそうだな。
よかったな、その方が楽だぜ。おまえにも、俺にとっても。
さあて、話しすぎたか。年取るとこれだからいけねぇな」
「お、おまえ、まさかッ!!」
カチャ。
「それ以上言うな。ばっきゃろう」
拳銃の引き金に手をかけて、男は笑った。「バァーイ」
薄闇に響く銃声と、鼻を刺す硝煙の香り。
眼鏡男の身体は力無く地面に落ちる。
男は遺体の衣服を裏返して、胸ポケットからディスクを取り出す。
「おー、あったあった」
自分のポケットから、箱型の読み取り機械を取り出し、
ディスクを入れて確認する。
最初は鼻歌交じりだったが、だんだん険しい顔に変わっていく。
「最悪だ」
『どうかした…?』無線が入る。
「こいつ、ディスクの中身を一度移し替えてやがる。さあて、面倒だな。
後もう一方のほうも処分しなきゃならねぇ」
『…面倒なこと、もう一つ』
「なんだぁ?」
『…三十秒後、そこの通りに、ボーカロイドが一人来る』
「了解。てっしゅー、てっしゅー」
男は血だまりを踏まないように、朝の日差しの中へ消えていった。
その路地の排気口の片隅で、膝を抱き、声を殺す影が一つ。
怯える瞳には涙をいっぱいにため、息は震えていた。
「どうしよう…見ちゃった………」
目の前で、見ちゃった。
私…あの人が……死んじゃうのを、見ちゃった。
「…い、い、行かなきゃ」
どこに? いったい、どこにいけばいいの?
思い浮かぶ、愛おしい顔。
警察よりも早く、あの人の顔が頭に現れる。
そうだ。彼に会おう。
とにかく、今は、彼に会いたい。
少女の姿もまた、朝の日差しへ消えていった。
優しい傷跡-君のために僕がいる- 第06話「逃走者、疾走者」
【登場人物】
増田雪子
帯人のマスター
帯人
雪子のボーカロイド
咲音メイコ
特務課刑事
始音カイト
特務課刑事
初音ミク(?)
聖夜の悲劇以来、ずっと意識不明状態だった子
メイト
メイコの弟
大学病院のボーカロイド専門の医者
アカイト
ただいま失踪中
欲音ルコ
不思議系の美少女(美少年?)
本音デル
生徒自治会会長さん
実は弱音ハクの兄貴
弱音ハク・亜北ネル
雪子の同級生
【コメント】
いつも曲を聴きながら書いています。
今日はその曲をちょっと紹介^^
【帯人のイメージソング(曲調とか、歌詞から)】
・砂.の.城. - Omega.の.視.界.
・優.し.い.両.手. - 某hackゲー
・優.し.く.キ.ミ.は.微.笑.ん.で.い.た. - 〃
あと、空.の.境.界.の歌はどれも帯人に合いますね。
優しい傷跡を書くときは、悲しい歌ばかり聞いてしまいます。
コメント4
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ブクマつながり
もっと見る生徒自治会会議室にて。
目の前に熱い緑茶を出されるが、動くことができなかった。
静寂がちくちく肌を刺す。
そんな状況なのに、飛び級の子は鼻歌なんて歌っていた。
本音デルが、机を挟んで座る。
タバコを灰皿に押しつけると、飛び級の子は鼻歌をやめた。
「ようこそ、生徒自治会会議室へ。
さて、そろそろ話を...優しい傷跡-君のために僕がいる- 第03話「よくねるこ!」
アイクル
「ダビデの竪琴? 確かにそう言ったの?」
「ああ、確かに聞いたぜ」
ルコはぶんぶん首を縦に振る。
頭を抱えるメイコを、ルコ、雪子、帯人、ハク、ルカは見ていた。
「ダビデの竪琴といったら、精神を病んでいたサウルを癒した話が有名ね。
でも、なんの関係があるのかしら…」
「………《ノイズ》」
カイトはそ...優しい傷跡-君のために僕がいる- 第05話「欠けたもの、生まれたもの」
アイクル
「あれ。めーちゃん、今日はどうしたの?
毎週土曜日は一旦、帰るのに」
アイス片手にソファでくつろぐカイト。
その向かい側に、メイコは腰掛ける。
「お昼はいつも、雪子と一緒に買い物に行くんだけどね。
今日はみんなでお出かけするんだって」
ブランデー入りのチョコの封を開け、一粒だけ口に含む。
しばら...優しい傷跡-君のために僕がいる- 第04話「開戦の合図」
アイクル
「あ、帯人。部活、何か入った?」
「…雪子は?」
「今のところ、入る予定はないかな」
「そう…」口元がわずかに笑む。
進級した私たちは、クリプト学園で大いに学生生活を謳歌していた。
新学期。
新しいクラスのみんな。
そして何より学園が変わろうとしている。
クリプト学園は理事長の意向により、ボーカロイ...優しい傷跡-君のために僕がいる- 第02話「噂のあの子、現る」
アイクル
大学病院の一室で、メイトは深いため息をついていた。
「はぁ~あ」
「どうしたんですか。ため息なんかついちゃって」
アカイトがにやにやしながら近づく。
教授にコーヒーを渡した。ブランデーのいい匂いがした。
「あ~、どうしたもこうしたも、さぁ…。
意識不明になってた患者はみんな目覚めたけど、
原因が...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第27話「暗雲」
アイクル
カイトさんを捜そうにも、どこから捜せばいいんだろう。
見当がつかない。
灰猫も首をかしげている。
雪子はしかたなく、来た道を戻ることにした。
しかし、いくら歩いても城が見えてこない。
赤い道さえ見失ってしまった。
どうしよう。
「さて、困りましたね」
「…ごめんなさい」
「いいえ。貴女のせいではあり...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第12話「死神のささやき」
アイクル
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ご意見・ご感想
アイクル
ご意見・ご感想
ただいまぁあああああ!!!>ワ<
たくさんのコメント、ありがとうございます。
>FOX2様
お久しぶりですね!
謎とかフラグとか立てすぎて、自分でもいっぱいいっぱいです。
もうパンクしそうです(=.=;
でも少しずつですが、がんばって進めていこうと思います^^
>紫薔薇様
惚れ惚れだなんて、まあ!そなそな、そんなこt(〃□〃 ←嬉しい
いっつも妄想力と根性で書いてます。
男らしいミクには秘密が…vv
>♪グレープ♪様
はじめまして!
おお、帯人君好きですか! やったぁ!(≧ワ≦
新たに同士が増えました♪
ご期待に添えるよう、がんばります! はい!^^
>虹子様
にじこさまぁああああ!!
まさか戦闘民族だったとは!wwww
はい、もう、フラグ祭でございます。
というか、私の頭がパンク寸前…(◎□◎
でもくじけず、がんばりますね!
みなさま、応援ありがとうございました^^
これからもよろしくお願いします。
2009/06/21 21:46:49
♪グレープ♪
ご意見・ご感想
はじめまして、♪グレープ♪ですピアプロ初心者ですが、この小説はとても好きです。
帯人が大好きで、この小説がとても気に入ったので、これからも頑張ってください!応援してます!
国語力がまったく無いので、とてもうらやましいです。
2009/06/19 21:04:02
とと
ご意見・ご感想
完全復活おめでとうございます!
そしてコメント遅くなって申し訳ない;
ほんとにもう、その国語力と想像力には惚れ惚れします。半分ください(ry
そしてミクが男前d(
続きが楽しみです^^
これからも頑張ってください♪
2009/06/18 21:57:33
FOX2
ご意見・ご感想
お久しぶりですアイクルさん!!FOX2です。
更新来ましたね!今までずっと過去作品を読み返してお待ちしておりました。
いやぁ、物凄いことになってきましたね。ミクさんどうなっちゃったんでしょうか。もう一人のミクとは・・・・・・?!
様々な謎のおかげでこれからの展開に目が離せません。
更新楽しみにしています!!
2009/06/15 18:33:50