カイトさんを捜そうにも、どこから捜せばいいんだろう。
見当がつかない。
灰猫も首をかしげている。
雪子はしかたなく、来た道を戻ることにした。
しかし、いくら歩いても城が見えてこない。
赤い道さえ見失ってしまった。
どうしよう。
「さて、困りましたね」
「…ごめんなさい」
「いいえ。貴女のせいではありません。そうでしょう、帯人君」
帯人に振るが、答えなかった。
ぼうっとしている。焦点が合っていない。
「帯人…?」
やっと私の声に気づいて、帯人が「う、うん」と答えた。
どうしたんだろう。疲れちゃったかな。
私のせい、だよね。こんなに歩かせて、ごめんね。
「ごめんね」こぼれた言葉。
「…違う」そう、彼は答えた。
でも帯人の言葉には、どこかおぼつかない印象があった。
その意味は、もっと別のところに向けられている気がした。
「――♪」
そのとき、森の奥から男性の声が聞こえた。
この声―きっとカイトさんだ。
雪子は走り出した。
驚く灰猫。急いで彼女を追う。
その後ろを帯人が続く。
「森は危ない! 引き返しましょう」
「でも、カイトさんの声が!」
――チッ。
横目でちらっと灰猫を見た。
…違う。
なら、今のはいったい―
「きゃ」
足につるが絡まる。バランスを失う身体。
勢いをそのままに、雪子の身体は前に倒れてしまった。
灰猫がすぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
本当はすごく痛い。
血は出ていないけど、骨まで痛みが響いていた。
顔を上げる雪子。
そこには帯人が立っていた。
手を差し伸べるわけでもなく、じっと雪子を見つめている。
何か言いたげな表情で。
「…たい、と?」
「え、…あ、ごめん……」
差し出された手。
もう一方の手には、赤い剣が握られている。
まだ持っていたんだ。…護身用かな。
雪子はぎゅっと帯人の手を握った。
引き寄せる彼の力に任せて、立ち上がる。
「ありがとう」
「いいえ…」
帯人はそっと雪子の手を放した。
雪子は再び、走り出す。
「この先にきっとカイトさんがいる! みんな、行こう!」
「はい」
「…」
音はどんどん近くなる。歌声も、気配も、近くに。
暗い森を抜けると、そこは湖だった。
湖にはたくさんの人だかりができていて、みんな
わいわいがやがや騒いでいる。
「あっ」
人だかりの中には、クレイヂィ・クラウンの二人組がいた。
彼らに声をかける。
「あー、アリスだvv」
「わー、アリスだね♪」
「みんな、なにしてるの?」
「おもしろいアリスがいてね。その子の歌う歌がおもしろいから、
ずっと聞いてるの。おもしろいよー」
「ろいよー」
「ここからじゃ、全然見えない…」
どうにかしなきゃ。カイトさんか確認しないと。
クレイヂィ・クラウンの二人組はお互いに顔を見合わせてにやりと笑う。
パンパンッと手をたたき、注目させる。
「さてさて、こちらにいらっしゃるのはかの有名な初々しきアリス。
早速クローバーのアリスに喧嘩を売り、
すでにスペードのアリスを倒してしまった凄腕アリス。
今度はダイヤのアリスに喧嘩を売りに来たぞー。
さあ、通した! 通した! 前を歩けば殺されるぅー♪」
「な、な、なんてこと言うんですかッ!」
「ひゃー、怖い怖いッ! おさらばさっさー♪ きゃははは」
クレイヂィ・クラウンたちは飛ぶように去ってしまう。
残された雪子と灰猫、そして帯人。
彼らの前にいた観客たちはそそくさ逃げてしまった。
「ああ、怖い」「恐ろしい」と小声が聞こえる。
結果的に前に行けるのだから、…まあ、いいか。
「い、行こっか」
雪子たちは前に出る。
湖は凍っていた。
プラスチック板のような澄み渡る氷の湖。
下には魚たちが泳いでいる。幻想的な湖だった。
その中心で、誰かが歌を歌っていた。
青い髪に、おなじみのマフラー。
それはやはり、カイトだった。
「雪子ちゃん!」ニコッと微笑むカイト。
目尻に涙を浮かべながら、雪子はカイトに飛びついた。
「カイトさん! よかった! 無事だったんですね!」
「…ん? なんの話?」
「いえ、いいんです。ほら、早く逃げましょう!」
「…え? あ、うん。なんだかよくわからないけれど、逃げよっか♪」
にこにこ笑うカイト。
雪子はその手を引く。
帯人は黙って、その様子を眺めていた。
しかしついに目が当てられなくなって、観客のほうへ目をそらした。
―――チッ
帯人は小さく舌打ちをする。
♪~♪~~♪~♪~
あ、この音…。
(人生は一寸劇。後悔する暇も、笑う暇も与えない)
観客がいるほうから聞こえる。
(この世は全て悲劇。そう、それは喜劇)
帯人は観客の人混みを眺める。
誰の声だろう。このアコーディオンの音色はどこから?
(君は役者。でも台本はない。台詞もない)
人混みの中に、一人だけ。目が合う男がいた。
黒服に身を包んだ男の顔は、カイトさんとうり二つで、
その両手にはアコーディオンがあった。
あの男だ…。
(君は君の望むようにすればいい。そう、君はこの悲劇を演じる役者だから)
突然、寒気が走った。
人混みにいた男を見失ったと同時に、背後に誰かの気配を感じ取る。
男は耳元でささやいた。
「さあ、君はなにを望んでいたのかな?」
帯人の手から剣が落ちる。
その代わり、男はその手に「あるもの」を握らせた。
それは人を守るための剣ではなく、人を傷つけるための拳銃だった。
男はささやく。恐ろしい声で。
さあ、きみ は なにを のぞんで いた の かな ?
コメント3
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る今日、変な人に傘を貸してもらった。
いいのかなぁ…って思ってたけど、濡れるのは嫌だったし、
結局受け取っちゃった。
正直、すごく助かった。
すごくお礼を言いたい…。
黒髪に、包帯が印象的なあの人。
すごくきれいな顔立ちだったなぁ。
…でも、どこかで見たことがある気がする。
あれだけイケメンなんだもの...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第15話「君のそばに行くから」
アイクル
暗闇の中で、僕は目を開けた。
輪郭さえ不確かな状態だった。
僕は勇気を出して、一歩ずつ前に出る。
途中で、わずかな光をとらえた。
僕はその光を目指して走った。
「―ッ」
一瞬だけ、雪子の声を聞いた。
なんと言っているのかは解らない。
とても楽しそうな声だった。
光がまぶしくて、僕は目を細めた。...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第14話「僕が消えていく世界」
アイクル
「痛…」
左手首があり得ない方向にねじ曲がっていた。
さっき爆風に巻き込まれたせいだ。
受け身を取ったつもりが、かえって悪い方向に転んでしまった。
夢の中なのにひどく痛む。
雪子はその手を引きずりながら、必死に立ち上がった。
膝から血が出ていた。
奥歯をかみしめ、私は歯車に近づいた。
外で剣のはじき...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第24話「真っ赤なピエロ」
アイクル
鏡音レンがふと、こちらを見る。
「…あなたは生存者? それとも、リンちゃんの夢?」
首を横に振る。
このとき、初めてレンの声を聞いた。
「自分の意思。俺はいたいから、ここにいる。
リンを一人にできない。…それにここなら、彼女は動ける。
自由に歩けるし、笑えるから」
自虐めいた笑みをむける彼。
そ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第06話「絶対に助けるから!」
アイクル
タイムスリップした先は、城内だった。
広い廊下が続いている。ひどく騒がしかった。
灰猫は窓に張り付いた。
窓からははっきりと、燃え上がる火の手が見える。
「革命だ…」
革命は起きてしまった。彼の言うとおり、避けられなかった。
落胆する雪子の頭を帯人は優しくなでた。
燃え上がる町。悲鳴をあげる人々。廊...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第21話「王女と逃亡者」
アイクル
光の中に包まれて数秒後、私たちは地面に足をつけた。
まるで霧が晴れていくように、まぶしい光は消えていく。
やっとしっかりとした視覚を取り戻したとき、私はハッとした。
「学校だ」
そこは、クリプト学園だった。
窓の外には満月が顔を出している。
どうやら夜のようだ。
電気が一つもついていない学校は、月明...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第04話「とある少女の庭」
アイクル
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
アイクル
ご意見・ご感想
がんばって続き書きます!
最後はあの有名な曲に入りますよー♪
2009/03/06 09:24:22
まにょ
ご意見・ご感想
なんと12話・・!書きだめしてたんですか?!
う~ん、まだ続きを期待してしまう私・・・w
この曲は・・何でしょう・・・?
2009/03/01 22:11:04
とと
ご意見・ご感想
うお!
間が空いてたぶん、一気にあげますね^^
続きが楽しみです♪
2009/03/01 22:06:30