武装都市・バイアル。マトリアから直通で伸びている5番街道を通って、青の山脈を越えた先にある、小さな盆地状の都市である。
武装、などと物々しい二つ名がついたのにはいくつか理由があるが(その1つに勿論、治安の悪さによる市民の自衛意識の高さがあるのは間違いないが)、それはおいおい語るとして…
今はひたすらに…暑かった。
「あっつい…」
「この辺りは日影がないから…」
ぐったりと足を引きずり気味なレンくんと比べて、私はまだシャンと歩いているけれど、その歩調も自分で分かるくらい遅い。
マトリアを出て数時間。太陽が天高く昇ってくるにつれて、遮蔽物のない、木々すら生えていない荒野を突っ切る街道は、暴力的なまでの太陽光の温床と化していた。
現在の季節は夏だ。マトリアやバイアルのあるこの地方は赤道に程近く、いわゆる亜熱帯に属している。暑くて当然だったが、文句の1つも言いたくなるのが人の心だった。
1日中…下手したら明日もここを歩くのか…
「…灼熱地獄…」
「うう…ミクさん、もうちょっと涼しい道はないんですか…?」
レンくんが情けない顔で私を見てくる。その顔が既に赤くなってきていることに気づいて、私は軽く杖を一振りすると、瞬間的にレンくんの周りに霧を発生させた。ひんやりとした風と水に、レンくんはほっと表情を和ませる。
「…魔法、ですか?」
「そう。でも、そんなに頻繁には使えないかな。できるだけ魔力は温存しておきたいし…」
忘れてはならない。私はあくまでもレンくんの『護衛』なのだ。
「あ…消えちゃった」
残念そうに肩を落とすレンくん。本当に素直に感情表現する子だな、と小さく笑いつつ、私は前の問いに答えた。
「涼しい道ね…私1人だったら行けるけど、今は無理」
「え?」
「涼しいってことは、森の中とかを通って行くことになるでしょ?遠回りだから倍くらい時間がかかるし、何より危険が大きすぎるもの」
森の中や木立の陰、泉の傍…快適な場所には、その分荒れ地を行くよりも数倍する危険が伴う。
私1人ならそれを越えていくことも可能だけれど、レンくんを連れている現在では、生きて越えることが難しいと言えた。
レンくんは更に眉を下げて黙りこむと、やがてぽつりと言う。
「ミクさんは…どうして強いんですか?」
「強い?…私が?」
驚いて頓狂な声で問い返すと、レンくんは目を合わせないままに空を仰ぐ。
その手が、懐にある何かを掴むのを私は何気なく目で追った。
…短剣かな。でも、まぁ…なんていうか…
「…似合わないですよね?」
私の視線を感じたのか、力なく手を下ろしてレンくんが呟く。
「出がけに、父の部屋から持ち出したんです。僕は武術の心得はないし、魔法だって使えない。身を守る術も何も分からなくて…でも、探しにいかなきゃと思って…」
誰を、は言うまでもないだろう。
…レンくんの『お姉さん』。
「…ねぇ、レンくん…私は…」
強くなんか、ないよ。
その言葉は、でも口に出すことはできなかった。
私が自分をどう思っているかと、レンくんが私をどう思っているかは別…なんて、そんな、正論めいた価値観ではなく。
呟いたきり、空を見上げたままのレンくんが泣き出しそうに見えたから。
何も言えない私に、しばらくしてレンくんはふと顔を戻すといつものように笑う。
「すいません、少し自分が情けなくて…でも、僕だってこれからですよね?」
「…うん。これから、いくらでも変われるよ」
気休めのような言葉に、レンくんは「はい」と笑った。
ただ、笑った。
********************
…僕は、ミクさんに何を言いたかったのだろう。
ひたすら歩き続け、マトリアとバイアルの分岐点である青の山脈まで辿りついた所で、野宿をすることになった。
既に日はとっぷりと暮れていて、昼間とは打って変わった冷たい風が少し肌寒い。
細々と燃えている焚火の向こう側では、既にミクさんが横になっている。
その細い背を見つめながら、思う。
僕は、ミクさんに何を言いたかったのだろう。
彼女の強さがすごいと思った。うらやましいと思った。こうなれたらと思った。
でも、それが、こんなにも自分の心を重たくする理由が分からなかった。
リンに会いたい。会わなければいけない。そう思って、家を飛び出した。僕には不似合いな短剣なんかぶら下げて。
でも、僕に、何ができると言うのだろうか。
取り返さなければならない、指輪。探し出さなければいけない、大切な姉。
そのどちらにも、1人きりでは到底辿りつけないだろう自分が、ここから先何ができると言うのだろうか。
何をしに行くと言うのだろうか。
傷1つない自分の手を見る。日に焼けていない、白い手。貴族の手。
…苦労を知らない手だ。
僕に何ができると言うのだろう。
考えても決して優しい答えの出て来ないその問いは、僕の中からしつこく、離れてくれなかった。
********************
がさり、と、暗闇を進む音がする。
その音を圧して響く、不気味極まりない息遣い。
そこには、闇が凝っていた。
密生した木々は天蓋を作り上げ、月の光も星の輝きも通しはしない。
夜の森は魔境だ。昼間には優しく影を落とす木々も、皆怪しくうごめき始める。
その木々の根元、ちょうど人の腰の高さのあたりに、数十を超える爛々とした輝きがあった。
赤い光。丁度2つずつ並んだそれは…獣の目であった。
闇に溶ける毛皮をまとった彼等の内、1対だけ黄色の目をしたそれは、にたりと愉しげに笑った。
「さぁて…狩りの時間だ」
<NEXT>
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ご意見・ご感想
しるる
ご意見・ご感想
ミクも何かを背負ってますね
レン君の悩みもわかりますね
自分で決意して家を出たのに、一人じゃ解決できず、女の子の力をかりなくてはならないのだから…
これからの心境の変化に注目します!
2012/07/07 04:12:30
とうの。
>しるるさん
ミクも色々と背負って傭兵になったのです…
1章の肝はレンくんの成長にあるので、特に彼の様子に気を配ってあげてください^^
2012/07/07 19:41:06
Turndog~ターンドッグ~
ご意見・ご感想
己の非力さに対する葛藤。
それは小説の中だけじゃない。
現実の世でも、自らの小さな手に絶望を覚えることがある。
それでも、進まなきゃならない。守りたいものがあるから。譲れない何かがあるから。
…はい、なんか無駄な重さがあってスミマセンwww
レン君の何かが自分とかぶった感じです。
そして毎日が暑いのも同じですwww
『Let's Showtime!!』な予感が…!
2012/07/04 21:14:35
とうの。
>Turndogさん
おお、重みのある言葉が…!
でも、そうですね。現実でも自分の非力さに絶望するし、自分がどんなに足掻いたって何一つ変わらない現実に嫌気が差したりもします
それでも、もがいたらもがいた分だけ目の前が明るくなる気がするから、人間は努力するんじゃないでしょうか
…私も重たくなってしまった
最近はあっついですね!ミク達にはこれからもう少し暑い思いをしてもらうことになりますが、部屋でパソコン打ってる私だって暑いですww
次に出てくるのは…黄色い目のあの子です!(notリン
2012/07/05 17:03:39