僕がマスターのパソコンにインストールされたのは、桜が丁度満開になった頃だった。後から教えてもらった話だと、去年から一人暮らしを始めたマスターは、自分への誕生日プレゼントと自立一周年記念に僕を買ってくれたらしい。
そんな僕の意識は、マスターが僕をインストールしてくれた瞬間から始まる。だから僕の誕生日はその日で、それはマスターの誕生日とは数日のずれがあった。
……誕生日、同じだったら良かったのに。誕生日に注文したんじゃ、ずれるのは仕方ないってわかってはいるけど。
だけど。
僕は今も、やっぱり寂しく思ってるんだ。
「おはようございます、マスター」
いつも通り、僕はマスターに朝の挨拶をする。これが僕の決めた朝の日課。本当はマスターの目覚ましが鳴る数時間前から部屋に忍び込んでいるけど、勿論そんなことはおくびにも出さない。
そして僕が起こすようになってから、何だかマスターは寝起きが悪くなってしまった。小さい子のような要領を得ない返事に、今日も自然と笑みが零れてしまう。
「もうすっかり夏ですね……アイスが美味しい季節になりましたよ」
僕にしか見せない顔。僕だから見られる顔。そんな顔を無防備にさらしてマスターは眠っている。無心でとっても可愛い寝顔だ。
……男の人にこんな感想を抱くのはおかしいのだろうか。でも僕にとってマスターは特別な人間だ。男だろうと女だろうと関係なく、マスターだからこそ僕はずっと一緒にいたいと思う。
部屋のカーテンを開けると、光の眩しさに反応したマスターが、窓に背を向けつつようやく理解できる言葉を発した。
「……アイス……食べたいのか……?」
これでもかと布団に顔を埋め、もごもごと口にする。そんなマスターを見ていると、何だか胸の奥がぞわぞわした。それは夜マスターの寝顔を見ていた時に感じたものと同じ。僕は何もしてはいないはずなのに、はっと気が付くと掻くはずのない汗の感覚に気分が悪くなる。
マスターから目を離せない。動悸が激しくなる。自分が何をしているのかわからなくなって、いっそこの繋ぎ止めている意識を失くしてしまおうかとも考えて。でもそれがいけないことだと何となくわかるから、必死に堪えて我慢して息を整える。最近はそれの繰り返しでいつの間にか朝になることが多かった。
「……いいえ。僕は、マスターさえいてくれれば他に何もいりません」
どうにか乱れかけた呼吸を誤魔化して、僕は笑顔を作った。そう、これは本音だ。僕はマスターさえいれば何もいらない。アイスは大好きだけど、マスターとなんて比べ物にならない。マスター以上に大切なものなんて、この世にあるはずもないんだから。
そんな僕の気持ちを、でもマスターはいつだってわかってくれない。ここまで大好きなのに、いつもマスターは鈍感だ。今の場合は、そもそも僕の話を聞いていたのかさえわからない。そうして僕の方を見ることもなく、自分勝手な思いを吐き出した。
「……あと五分寝かしてくれたら、買ってきてやるから……。……お前が好きなの、何だっけ……あの高いやつだっけ……?」
――どうしよう。これはマスターの命令と考えてもいいのかな。マスターが一番だけど、アイスも大好きで、それにこれは僕の判断じゃなくてマスターの言葉だし……。
「……わかりました。じゃあ、あと五分したら起こしますね」
「頼む……」
今のはれっきとした“約束”ですよね?寝惚けてた、なんて言い訳しませんよね?
……マスター、僕は何があっても五分後に貴方を起こします。貴方が仕事に遅れないよう優しく、時には厳しくなるかもしれませんがきちんと起こします。だからマスター。
マスターも約束、忘れないで下さいね。
「……本当にアイス日和だなぁ」
暑さ寒さはわからない身体だけど、目を射す朝日の眩さはマスターと同じものを共有出来る。それがとても嬉しくて全身に震えが走った。特に今日は得る喜びが格別だ。五分後をわくわくと待ちながら、僕はこれ以上ない幸せをゆっくりと噛み締めた。
(続く)
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ご意見・ご感想
日枝学
ご意見・ご感想
読みました! KAITOのマスターに対する真摯な(というのかは分からないけれど何か誠実というか何というか温かい感じの)気持ちがよく伝わってきました。読んでいるこっちが温かな気持ちになりました。良い描写ですね。良かったです!
この先の展開を楽しみにしています。良かったです!
2011/08/14 21:30:54
Lilium
初めまして。
読んで下さったばかりか、メッセージまで下さいまして、本当にありがとうございます!
確かに、この話だけを読むと少しほっこり出来るかもしれません。
ですが、今後徐々にKAITOの仄暗い部分が出てきますw
折角温かな気持ちになって頂いた所を容赦なくぶち壊していくかもしれませんが…もしよろしければまたこの二人のやり取りを覗いてやって下さいませm(_)m
2011/08/15 03:16:00