ずっと、ずっと。
 不安に思っていた事が現実になった。
 インタレア王国とヴェスリトン王国が開戦した――。
「……」
 カイトは、遠く、窓の外を眺める。ヴェスリトン王国がある方角を。
 心が繋がっているはずのメイコの存在が、今は感じられないでいた。
 この悲しみと恐怖と空虚感は、はたしてどちらが感じ取っているものなのだろうか?
 開戦してから数週間。何度も手紙を出しているが、返事もない。ヴェスリトンからも、何も連絡が入ってきていない。
 戦況がどうなっているかも、分からない状態だ。
 コンコン
 遠慮がちに、ノックが聞こえる。
「カイト? オレ。入るよ?」
「……」
 窓の外を見つめたまま、カイトは返事をしない。
 それを見越してか、返事を待たずにドアが開き、レンが入ってくる。
「カイト……」
 親友の名を呼ぶその顔は、不安と心配に満ちていた。
「……ああ、レンか……」
 横目でチラリ、と少年の姿を確認する。
「よく来たな……」
 生気のない声で、それでも訪問した少年を歓迎する。
「カイト……大丈夫?」
 心配でたまらないのだろう、レンが声をかけてくる。
「ああ……。今、お茶を入れるよ……」
 カイトはテーブルへ近づき、用意されているティーセットに手を伸ばす。
「……連絡、あった?」
 聞きづらそうに、レンが問う。彼もカイトと同じく第一級騎士団に所属する騎士だ。しかもその腕が評価され、今や一番隊の隊長を務めるまでになった。
 当然ながら、他国の争いも耳にしている。
「いや……」
 さらに表情を曇らせ、短く答える。
「そっか……」
 レンも肩を落とす。
「……こんな感覚は、初めてだ」
 ぽつりと、カイト。レンは顔を上げて、彼を見る。
「ずっと遠くにいて、たまにしか会えなくて。それでも不安になったり、寂しさを感じる事はなかった」
 見ると、カップへと伸ばしたはずの手は、小さく震え、それを抑え込むように握られている。
「俺が生まれる前から、彼女の存在は、俺の存在意義だった……常に心に感じていたんだ。あの、温かさを……」
「……」
 レンは、かける言葉がない。黙って、カイトの話に耳を傾ける。
「なんで、こんな事になっているのか……俺は正直分からないんだ」
 そう、本当に分からなかった。インタレアとヴェスリトンの関係は、順調だとメイコから聞いていたのだ。
 インタレアから一方的に開戦宣言がなされ、裏切られた形になっているとはいえ、何故突然こんなことになったのか。
そして、それ以来メイコとの連絡が途絶えた。
 震える手を開く。両掌を見つめ、
「何か、靄のようなものがかかっているんだ。ずっと。砂嵐のような、煙のような……」
 言葉が途切れる。しばらく、沈黙の空気が二人を包む。
「……オレも、正直良く分からないよ。でも、この国も、戦禍に巻き込まれるかもしれない。今は、いつでも戦える準備をしておかなくちゃ」
 ゆっくり踏みしめるかのように、レンが口を開き、続ける。
「メイコさんも、きっと無事だよ。だから、それを信じ――」
「分かるものか!!」
 ガシャァァン!
 突然、カイトは叫び、テーブルの上のカップを右手でなぎ払った。
 思わず一歩身を引き、たじろぐレン。
「――……!」
「俺の一部なんだ! 俺が分からないのに分かるわけないだろ! それなのになぜメイコが無事だと言えるんだ!!」
 ダンッ!!
 両手で、テーブルを殴りつける。カップの破片で傷ついたのだろう、その手には幾筋か赤い線が入っている。
 再び静まり返り、しんとなる。
 レンは完全に言葉を失ってしまった。こんなに荒れたカイトを見たのは初めてだった。
 カイトはそのまま、その場に崩れ落ちた。
「……悪い、レン。ちょっと、疲れてるんだ……しばらく、一人にしてくれないか?」
「あ、ああ……ごめんよ」
 困惑を隠せず、レンは素直にうなずき謝罪する。
「いや……俺こそ、取り乱してすまない……」
 謝罪こそ口にするが、カイトは力が抜けきりレンの顔もまともに見られない。
「ううん。無責任な発言して、本当、ごめん。ゆっくり、休んで」
 そう言うと、レンは出口へ向かい、ドアを開けた。
 部屋を出てから、振り向き、カイトを見る。そのとき、初めて彼の涙を見た気がした。
 そっとドアを閉め、レンはカイトの部屋を後にした。

 月明かりが、僅かに辺りを照らす。
 カイトは、自宅の庭にいた。
 風に当たりたくて外へ出たはずが、今夜は無風だ。
 街灯も落とされていて、街は暗く静まり返っている。
「……ふぅ……」
 昼間の事を思い出し、小さくため息を吐く。
(レンには、悪い事をしたな……)
 後悔が募る。あの時の、うろたえたレンの表情が頭から抜けない。
「……少し、歩くか」
 ひとり呟き、庭から外へと出る。
 見慣れた街並みも、深夜となるとその表情はまた違うものを見せる。
 活気づいて賑やかな昼と、人気のない静かな夜。
 月明かりが映し出すその輪郭は、どこからか伝説に出てくる精霊がやってきそうな、幻想的な雰囲気を感じる。
 カイトは、夜の街を散策するのが好きだった。小さいころからよく屋敷を抜け出しては、あちこち歩いたりしていた。
 多少、街並みは変わっているが、カイトが好きな雰囲気は今も健在だ。
「うん、やはり落ち着くな」
 ゆっくり歩きながら、その雰囲気を味わう。
「――あら? カイトさん?」
 後ろから、女性の声。
 カイトは振り向いた。
「……ルカさん!」
 カイトは目を丸くして驚き、女性の名を呼ぶ。
 ルカは微笑んで、
「今晩は。お散歩ですか?」
「え、ええ。お久しぶりです。ノルクトンに、戻られていたのですか……」
 ルカの登場に、カイトはやや戸惑っていた。
 彼女はノルクトン出身の王族家系の貴族で、カイトとも面識があった。二年ほど前にインタレアの貴族に嫁いだきり、会っていなかった。
「ちょっと里帰りです。ご存じでしょうが、今インタレアは落ち着きがなくて」
 少し困った表情で、ルカ。
「あ、ああ、そうですよね……御無事で何よりです」
「カイトさんも、元気そうですね」
 ニコッと笑って言う。
 どこをどう見て、そう思うのだろうか。正直カイトは愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。
「そうだ。カイトさん、お時間あります?」
「え? ま、まあ……」
 マイペースなルカに、さらに戸惑うカイト。すっかり夜も更けているこのタイミングでする質問だろうか。
「よろしければ、ちょっとお付き合い下さらない? カイトさんに会わせたい方がいるんです」
「会わせたい方……?」
 眉根を寄せ、カイトはオウム返しに聞く。
(こんな時間に、一体誰と……? それにルカさんはこんなところで何をしていたのだろう?)
「ええ、行けば分かりますわ。こちらです」
 言うなり、ルカは歩き出した。仕方なしに、カイトはついて行く。
「しばらく来ないうちに、だいぶ街並みも変わりましたね。そういえば……」
 歩きながら、他愛もない話を続けるルカ。まるで、カイトからの質問を寄せ付けまいとするかのように。
 そんな彼女をどこか不審に思いつつも、カイトは適当に会話を合わせていた。
 明らかに怪しいが、会わせたいという人が気になったからだ。
 街の中心部からやや外れた場所に出る。そこからしばらく歩き、スラムの入り口近くまできた。
(ずいぶん遠くまで来たな……)
 カイトは辺りを見回しながら、風景を記憶する。さすがに夜だと、帰り道に迷いそうだ。
 入り組んだ道に入り、間もなくして、
「ここです」
 とルカが告げた場所は、古びた教会だった。
 ギィィ……
 耳障りな音を立て、扉を開ける。そして、ルカは中へと入って行った。
「……」
 一瞬だけ躊躇うが、カイトも続いて中へと足を踏み入れる。
 ミシッっと、床がきしむ。中は暗く、ぼんやりと蝋燭だけが灯されているが、その明かりは細部までは届いていない。
 長イスなどもなく、だだっ広い室内。かつては美しい装飾がされていたのだろうが、今は全て剥がれ落ち、床板や柱がむき出しになっている。
 火事にでもあったのだろうか、煤とカビの臭いが入り混じり、漂っている。
 ルカの進む先、ちょうど中央に一人のシルエット。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
 言われるまま、カイトはその影のもとへ進む。ルカは寄り添うように彼の隣に立った。
 やがて明かりに照らされ、その姿が見える。
「初めまして。ルカの夫の、カムイと申します」
 彼はさわやかな笑顔で、一礼した。
「……初めまして。カイトと申します」
(会わせたい人って、ルカさんの旦那さん?)
 怪訝な顔をしつつも、カイトは挨拶をした。
「お会いできて光栄です。突然来て頂いて、申し訳ない」
「いえ……それで、自分に何かご用でしょうか?」
 ルカをちらっと見ながら問う。
「ええ。実は……あなたに耳寄りな情報がありまして」
 ぞくっ……
 そう言った瞬間、カイトは彼との間合いを取った。
 何か、殺気めいたものを感じたのだ。
「お前……何者だ?」
 カムイをにらみ、警戒する。
「ふむ……さすがに感は鋭そうですね」
 目を細めて、カムイ。しかし、余裕の態度で続ける。
「まあ、そう警戒しないでください。私はインタレアの人間ですが、貴方に攻撃をするつもりはありません」
 両手を広げて見せるカムイ。しかし、カイトは警戒を解かない。
「なぜなら、貴方に協力していただきたい事があるからです」
 腕を下ろし、カムイは続けた。
「協力?」
 いくらルカの旦那とはいえ、話を聞く筋合いはないが、カイトの中で何か引っかかるものがあった。
 いつでも剣を抜けるよう、気を張りつつカムイの話を聞くことにした。
「そうです。私達は考古学の研究をしていましてね。最近、とても面白い文献を発見したのです。カイトさんは、魔法というのを御存知ですか?」
「……神が扱ったとされる、人には使えない力の事か?」
「さすが博識でいらっしゃる。その通りです。我が国からの要請もあり、私達はその神の力を研究しています。そこで、カイトさんに協力してもらいたいのです」
 いきなり話が飛び、カイトは首をひねる。
「何故、そこで俺なんだ?」
「良い質問ですね。それは、あなたが神の力を扱える可能性があるからです」
 あまりにもさらっと言われ、沈黙する。
「……?」
「私達の研究で、それが分かったのです。ですから……」
「ちょっと待ってくれ。それを信用しろと言うのは無理だ。なんにせよ、インタレアの戦力強化に繋がる研究なんか、俺は協力できない」
 カムイの言葉をさえぎり、きっぱりと言い放つ。
「まあ、そう言うと思ってましたわ」
 今まで黙って見ていたルカが、口を開く。
「でも、カイトさんは私達に協力せざるを得ないんです」
 不敵な笑みを浮かべて言う。
「……どういうことだ?」
 その質問を待っていましたとばかりに頬笑み、
「メイコさんの身柄、私達が確保していると言ったら、どうします?」
「――!?」
 目を見開き、驚愕する。
「……っ!」
 そしてルカを睨みつけ、剣に手をかけた。
「あら、私達を切るんですか? メイコさんの居場所、分からなくなっちゃいますよ? 心に、感じ取れないのでしょう?」
「くっ……何故それを……」
 剣を抜けず、まともに動揺するカイト。
「私達の研究で得た結果です。物理的な存在の人とは違う、神の力とは即ち精神そのもの。つまり人でいう心に近いものなのです。だから、心が欠けているカイトさんなら、その空いている所に神の力を宿す事が出来るのです」
 嬉々としてルカは語る。その狂気じみた表情に、カイトはぞっとした。
(正気じゃない――)
 大昔に存在したと言われる神。それはもはや伝説であり、存在していたかどうかも証明されていない。そんなもの、どうやって信じろというのだろう。
「ルカさん……どうして、インタレアに協力するんです……貴方は、ノルクトン出身なのに……」
「私を捨てた国なんて、どうでもいいんです! 私の研究をけなし、否定し、馬鹿にしたこの国なんて!」
 カイトの言葉に突然、鬼のような形相で怒鳴り声を上げる。しかしすぐに恍惚の表情でカムイを見つめる。
「私は、カムイ様の妻。私の事も、私の研究も、何もかもを受け入れてくださった。私はもうインタレアの人間なのです」
 そっとカムイの腕に手を当て、愛おしそうに頬を寄せた。
「そういうことです。さあ、カイトさん。こちらへいらして下さい」
 手を差し伸べるカムイ。しかし、カイトは動かない。
「……」
「何を迷う必要があるのですか。神の力を手に入れれば、貴方はもっと強くなれる。そしてメイコさんの居場所も分かる。その代わり、少しだけインタレアの力になって頂くだけです。耳寄りな情報だと、思うのですが?」
「断ったら、メイコはどうなる?」
「さあ……。ヴェスリトンとは今この状況ですし、上の方の判断によりますが……まあ、無事では済まないのではないでしょうか?」
 さも当然かのようにカムイが言う。
(くそっ!)
 奥歯をギリギリとかみしめ、二人を睨みつける。
 だが二人は臆することなく、ゆったりと佇んでいた。
「……っ」
 目を伏せ、カイトはゆっくりと、剣から手を離す。
「……分かった。協力する」
 未だにメイコの心を感じられないカイトは、諦めるしかなかった。ヴェスリトンの状況も分からない今、確実にその情報を持っている人物がここにいる。
(協力するふりをして、なんとか情報を引き出すしかない)
 そう簡単に行くとは思えなかったが、カイトにはもうそうするしかなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

[二次創作小説] Lost Destination 「6.神の力」(1/2)

150P様の「Lost Destination」(レン&KAITO Ver)http://www.nicovideo.jp/watch/sm17436670 に聴き惚れ、PSP版DIVAでエディットPVを作成し、それに付属する小説も書いてしまいました。
※自分の妄想突っ走り小説なので、歌詞の本意とは異なります。
よろしければエディットもご覧下さい。http://www.nicovideo.jp/watch/sm18860092
長いお話ですが、よろしくお願いします。

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閲覧数:209

投稿日:2012/10/15 15:32:02

文字数:5,644文字

カテゴリ:小説

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