歌が終わると、外から橇の鈴の音が聞こえてくる。取り巻きの貴族たちが街の舞踏会へとお姉ちゃんを誘いにやってくるの。いつもは三人一緒なんだけど、今日はクジを引いたとかで一人だけ。
「あんな人たちお姉ちゃんにふさわしくないわ」
 お姉ちゃんは窓の外を眺めている。
「さっき出かけていた時にね、そこの道に知らない男の人が立っていたの。きっと異国の方だと思うのだけれど、堂々とした出で立ちの方……従者らしき人と何か話をしていたわ。あの人からお花が届いたのなら、私はそれを大切にするのに……」
 お姉ちゃんは見かけただけの人が気になるらしい。それって一種の現実逃避じゃ……。わたしはマテオのバラを手にとって、お姉ちゃんへと差し出す。
「この世で一番誠実な人からのお花よ! これじゃダメなの?」
「ズデンカ、あなた一体どうしちゃったの?」
 と、そこへドアを叩く音がして、取り巻きの一人、エレメール伯爵が入ってくる。演じているのはレオンさん。わたしはお邪魔なので引っ込む。
 レオンさんはクジで自分が当たりを引いたので、ルカお姉ちゃんを迎えに来たんだけど、お姉ちゃんは景品扱いされたといって怒り出す。二人はしばらくああだこうだともめていたけれど、結局お姉ちゃんはわたしを連れて舞踏会に行くと言うことで話がまとまるので、エレメール伯爵は部屋を出て先に橇へと向かう。
 レオンさんが出て行ったので、わたしが部屋に戻る。と、急にお姉ちゃんが窓の外を見て大声をあげる。
「あの人だわ!」
「誰?」
「さっき言った異国の方よ! もしかしたら私を探しているのかも」
「そんなことあるわけないじゃない。お姉ちゃんが知らない人なんでしょう?」
「そう……よね」
 お姉ちゃんが落ち込んでしまったので、わたしはお姉ちゃんを抱きしめる。こんな状態じゃあ、誰だって不安定だもの。
 そこへお母さん役のメイコお姉ちゃんが戻ってくる。続いて、お父さん役のキヨテルさんも戻ってくる。ちなみにキヨテルさんは、この役のせいでかなりの老けメイクをさせられている。でもメイコお姉ちゃんは、エクステをつけてアップにしたぐらいであんまり変わっていない。わたしはというと、長い髪を男物の上着の下に押し込んでいるので、気になって仕方がない。いっそ切っちゃおうかと思ったんだけど、マスターに第三幕の視覚効果を出したいから切るのはダメと言われてしまった。
「ちょっと二人だけで話したいことがあるから、お前たちは部屋に戻っていてちょうだい」
 わたしとルカお姉ちゃんははーいと返事して舞台を出て行く。両親だけになると、キヨテルさんは手紙は来てないかと尋ねる。なんでも、軍隊時代の同僚にすごい大富豪がいたのだそうで、その人にお姉ちゃんの写真を送ったのだそうだ。女好きだから、お姉ちゃんの美貌を見たら飛びつくだろうって。えーっと……それって……。
「ちょっとあなた! あなたのお友達ということはもういいお年よね? そんな人にアラベラをお嫁にやる気?」
 呆れるメイコお姉ちゃん。うーん、現実にこんなことを言われたら、メイコお姉ちゃんなら相手をひっぱたいちゃうだろうなあ。
「向こうは天井知らずの金持ちな上に、しみったれたところのない気前のいい男なんだぞ」
 だからってそれはないと思うの。これまた二人はああだこうだともめ始めた。そこへドアをノックする音が。マンドリカという人が会いに来ていますと言われて、喜ぶキヨテルさん。
「あいつが来たぞ! 私の目に狂いはなかった! すぐお通しするように」
 しばらくして、いかにも高そうなコートを着込んだがくぽさんが従者を連れて入ってくる。がくぽさん、意外と洋風の時代衣装も似合うのね。一方、キヨテルさん演じるお父さんは、知らない人が入ってきたので目をぱちくり。
「貴殿がワルトナー伯爵で?」
「いかにも私がワルトナーだが……」
「ではこの手紙は貴殿が書かれたのか?」
 がくぽさん、喋り方が普段とそんなに変わってないなあ……。ま、それはともかく、がくぽさんはくしゃくしゃになった手紙をキヨテルさんに差し出す。
「しわになった上に血がついてしまって済まぬ。届いた時ちょうど、熊狩りに出ていたもので……」
 この人、普段何やってるんだろう。
「確かに私が書いた手紙だ。連隊で戦友だったマンドリカに宛てて書いたんだが……」
「伯父上のことだな。伯父は先日亡くなったので、今は私が跡を継いだのだ。それで私宛てかと思って開けてしまったのだが……それで……その……」
 がくぽさんは赤くなりながら従者を呼び、その手から写真を受け取った。
「この美しいご婦人は、貴殿とどういうご関係でいらっしゃるのか?」
「ああ、私の娘のアラベラです」
 がくぽさんはそわそわしながら、今度はこう言った。
「ご息女は……未だに独り身で?」
「ええ。まだ独りです。言い交わした男もいません」
 うわ、がくぽさん今にも倒れそう。もちろん演技だけど。
「ではちょっとよろしいか?」
 がくぽさんとお父さんは話を始める。写真を送った意図とか、そういうことだ。で、平たく言うとがくぽさん演じるマンドリカは、お姉ちゃんの写真を見てぞっこん参っちゃったので、はるばるクロアチアからウィーンまで出てきたらしい。この時代だから大変だったろうなあ。それだけ真剣なんだろうけど。
「とりあえず森を一つ売り払って、こちらに馳せ参じた」
 森を売ったお金だと言って、分厚い札束を見せるがくぽさん。どういう金銭感覚なんだろう、この人。
「森を売ったんですか?」
「ウィーンに来るのに手ぶらでは来れぬ。ましてやそれが求婚の旅であれば。それに森は、まだまだたくさん領地にあるしな」
 キヨテルさん演じるお父さんの目は札束に釘付け。……えーっと……娘を持つ父親として、そういうのはどうなのかなあ。
「もしかして今お金がご入用で? それならばどうぞ遠慮なさらずに。ご自由にお取りくだされ、ささ」
 どうぞどうぞと言われるので、キヨテルさんはお札を何枚か引っこ抜く。
「それで……ご夫人とご息女はいつご紹介いただけるので?」
「二人とも隣の部屋にいますよ。呼びましょうか?」
 キヨテルさんは軽い調子で言う。でもがくぽさんはあわて始めた。なんでも、きちんとしたことだから、こんな軽いところではなく、もっとちゃんとしたところで順序だてて会いたいらしい。要するに、田舎から出てきた純情男ってこと?
 まあ、そういうわけで、がくぽさんは従者を連れて帰ってしまった。キヨテルさんはお金を眺めながら「運が向いてきた!」と喜んでいる。わたしは出番なので、舞台に出る。
「お父さん、呼んだ?」
「どうぞご自由にお取りくだされ、とはな!」
「ちょっとお父さん、どうしちゃったの?」
 キヨテルさんははっとした表情でわたしを見た。我に返ったみたい。
「ああ、すまん。ちょっと出かけてくるよ」
 キヨテルさんは出て行ってしまった。わたしはため息をつく。
「お父さん、とうとう心配のあまりおかしくなっちゃったのかしら……。やっぱり、ここを出て行かないといけないの? マテオにも、もう会えないの?」
 と、そこへカイトお兄ちゃんが突然入ってくる。びっくりするわたし。
「平気だよ。君のお父さんには見つからなかったから」
 わたしは唇に指を当てて、静かにしてという。
「お姉ちゃん、今は部屋にいるの」
「会えないかな?」
 会ったらたぶんおそろしいことになるわ。
「今はダメ」
「手紙は?」
 そんなにすぐ書けるわけないと思うんだけどな……。マテオ、空気読んで、お願いだから。
「……それも今はまだ。えーと……えーと……舞踏会! そうそう、舞踏会の会場で渡すって!」
 カイトお兄ちゃんは、捨てられる子犬みたいな目でわたしを見た。
「僕のこと、見捨てないよね?」
 男と思われているとはいえ、年下相手に言う台詞じゃないと思うんだけど……。それはさておき、わたしがせかすので、カイトお兄ちゃんは渋々帰って行った。入れ替わりに、純白のドレスに白い毛皮のケープ、そして白い毛皮の帽子という出で立ちの、ルカお姉ちゃんが入ってきた。衣装もルカお姉ちゃんも、ため息がでるぐらいすてき。雪の女王様みたいだわ。
「あら。まだ支度してなかったの?」
 わたしは着替えのために自分の部屋へ駆け込む。ルカお姉ちゃんは舞台で独白タイム。
「私の心をざわめかせるのは一体何なのかしら? マテオ? 私なしでは生きていけないって、子犬みたいな目で私を見る人。ううん、違うわ。あの人じゃない」
 カイトお兄ちゃんは例によってマテオ役を嫌がっていたけど「子犬みたいな目」ってところ、ぴったりとしか言いようがない気がする。
「もしかして、さっき見かけた異国の方? 一度でいいから、あの方に会ってみたい。あの方の声を聞いてみたい。ああ、でももしかして、話をしたら、あの方の魅力もどこかに消えてしまうのかしら?
 ……でも、きっと結婚しているに違いないわね。私の人生とは関係のない人なんだわ」 わたしはコートを着て帽子をかぶって、舞台に戻る。
「支度できたわ」
「さ、一緒に行きましょう」
 わたしとルカお姉ちゃんは、連れ立って舞台を出て行く。幕が降りる。
 うーん……それにしても……金持ちの老人と結婚させられかねなかったところへ、老人じゃなくて領地と財産を受け継いだ若い甥がやってくるんだから、普通なら手放しで喜ぶべきところなんだろうけど……これ、素直に喜んじゃっていい状況なのかなあ? わたし(ズデンカではなく、この役を演じている初音ミクの感想)、なんだか喜べないんだけど……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ボーカロイドでオペラ【アラベラ】舞台編 第一幕(後編)

 ちなみに、マテオに対するアラベラの気持ちの解釈は人によります。もう冷めてると解釈する人もいれば、まだ好きだけど結婚できないので無理に諦めようとしている、と解釈する人もいるのだそうで……。

 マテオは演じる人によってはかなり格好よく見えたりもするそうですが、私が見たバージョンは「テノールによくあるグズグズ・キャラ」にしか見えませんでした。どう見てもマンドリカの方がかっこよかった……。中の人も男前だったし。

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投稿日:2011/06/30 17:27:37

文字数:3,963文字

カテゴリ:小説

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