長い夜を越えて、朝が来た。
その日、咲祢は珍しく
一本早い電車に間に合って、
いつもより早く出社した。
部屋のドアを開けてすぐ、どこからか
可愛らしい歌声が聞こえているのに気付いた。
それが山羽根のパソコンであるのに気付いて、
彼女はすぐにヘッドセットを付け、
モニターをオンにした。
「朝から歌ってるの、KAITO?
いい歌ね。何の歌?」
モニターの中の子供は、
にっこりと笑って答えた。
「小鳥の歌!
サキネさん、おはようございまぁす!」
「で、<生き残った>のは
そいつだけか。」
紫苑室長の問いに
他の全員がうなづく。
「そいつにはいつも通り構ってやれ。
俺はデータを見るから
そいつのコピーをもらうぞ。」
午後になって、紫苑室長はようやく
自分のノートパソコンから顔を上げ、
3人に声をかけた。
「ちょっと集まってくれ。
<自己閉鎖ループ>の
原因が分かったぞ。」
真っ先に口を開いたのは山羽根だった。
「原因は何だったんですか紫苑室長?」
「夜の間に報酬系の
負のループが起きていた。」
「どういうことです?」
神委の問いに紫苑室長が答える。
「寂しい時に誰かを呼んでも、
誰も来てくれなかったらどう思う?」
「こいつらは人がいない時間帯に、
しいて言えば『寂しく』なって、
何とか人間を呼ぼうと
歌をうたった。」
「だが誰もいない時間に何をしても
人間は来ない。
どれだけ歌っても
『寂しい』という苦痛しか得られないから、
外界に『絶望』して
外部からの入力を遮断して、
『閉じこもった』って訳だ。」
それを聞いて山羽根が聞き返す。
「…でも、たった一晩で?」
「単純な思考なら、
コンピュータは
人間の何倍もの早さで出来る。」
「人間の一晩を、
眠らないコンピュータが
どのくらいの長さで
感じてるかなんて、
確かめた奴はいないしな。」
「生き残ったこいつは、
ログによれば5時半の終業から
今朝の8時半の始業まで
ざっと4000回近く
この歌を歌い続けてる。
他の奴は多くても
10回であきらめて
<自己閉鎖ループ>に入ってる。
こいつの場合は
『あきらめる』機能に
エラーが入ってた。
言うなれば
『努力バカ』なプログラムだ。」
「でも、それはそれで
問題のような気が…」
咲祢がおずおず言うと、
紫苑室長が続ける。
「その通りだ。というわけで、
帰宅までにそいつに
『ガキは早く寝ろ』と教えとけ。
本格的な対策は明日練ろう。」
翌日、全員で知恵を出し合い
対策を施してから、
比較的平穏な日々が続いた。
山羽根のデスクに
ヘッドセットを付けた3人が
やってきて声をかける。
パソコンからはかわいい声が上がり
室内に歌声が響く。
自分のデスクでだらだらしていた
紫苑室長が、
胃の辺りを撫でながらつぶやく。
「すっかりあいつらのおもちゃだな。」
そして何を思ったか
ふらりとデスクを立った。
いつもの通り
歌を歌うKAITOを
紫苑室長が覗き込む。
「よお、調子はどうだ?」
すると。
覗き込む紫苑室長に
おびえるような仕草を見せる。
「どうしたの、KAITO?」
山羽根の問いに答える。
「この人…コワイ。」
眉根を寄せて紫苑室長が訊く。
「何だよ、人見知りか?
いつのまにそんな機能までついたんだ?」
「どうしてこわいと思うの?」
山羽根のその問いに、KAITOは答えた。
「その人、<僕ら>を消す人だから。」
一瞬の沈黙。
紫苑室長が苦笑した。
「ああ、そうだな。」
「お前らプログラムにとっては、
イラナイ奴を消す俺は、
死神みたいなもんだよなぁ。
怖がるのも無理ないか。」
そしてパソコン本体を
ぽんぽんと軽く叩いて続ける。
「まあ、ちゃんと育ってれば
それでいいさ。」
そう言ってデスクに戻る。
「だがな、そろそろそいつのことを
開発部長に報告しなきゃならん。
そうしたら、
残念ながらそいつとはお別れだ。」
その言葉に、
山羽根も咲祢も神委も
紫苑室長の方を振り向いた。
「…どういうことです?」
「おまえらは
すっかり忘れてるかも知れんが、
そいつはこの開発3部の
『仕事の成果』だ。
いずれそいつは
開発1部か2部に持っていかれて
プログラムに戻されてバラされる。
記憶も削除されて組み直されて、
新しい人格プログラム
として商品化されるんだ。」
「そんな…」
と思わず口にしたのは咲祢だけだ。
山羽根と神委はそれが
どうしようもない事だと認識し、
口をつぐむしかなかった。
「言っとくが、
変な気は起こすなよ?
そいつは会社の機密データだ。
持ち出したら確実にクビだぞ。」
画面の中からこちらを見る、
青い髪の子供…
それに、何とか笑顔を向けて
山羽根が言った。
「大丈夫よ。」
心の中で、続きをつぶやいた。
大丈夫、きっと。
何とかするから。
始まりの音3
こちらは以前某動画サイトに投稿した文字読み動画のストーリーです。
(動画3話目はこちらhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm6098893)
動画見る時間がない方はこちらをどうぞ。
舞台は今よりほんの少し先?の未来。
勝手な設定がてんこもりに出て来ます。
動画と違って会話を色分けしていないので分かりづらいかもしれません。
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