「あ!!」
「道が終わった」
光の道は、蓮と鈴の真上と真下で、円を描き、そのまま、消えていた。
「ここが、そうなのかな?」
「たぶんな」
光の円を覗き込みながら、そう聴いた鈴に、蓮は、光の円を見上げながら、そう答えた。
「くぐってみる?」
「空からと水から、どっちから? それとも、二人で、一遍に、試してみる?」
ドキドキを抑えられないといった感じの鈴の問いに、蓮は、冷静に、三つの選択肢を提示した。
「え~、あ~、うー、どうしようか……? でも、でも、贅沢に、二人で、一遍に、試してみる?」
鈴は、上を見て、下を見てと、しばらく、百面相していたが、ふっと、悪戯を考える子どものように、顔を輝かせて、蓮を覗き込んだ。
「まぁ、そのほうが、このまま、できるし、手っ取り早いよな」
「じゃあ、いっせーのせ、で」
「わかった」
『いっせーのせ!』
蓮は、水面に飛び上がり、鈴は、水面に、飛び込んだ。
刹那、二人は、同時に、咳き込んで、水飛沫を上げて、水と空に、舞い戻った。
息を吸いながら、ふと、目が合い、蓮と鈴は、同時に、噴き出した。そのまま、まだ、少し、苦しい息で、思いっきり、笑った。
「あはははっ♪ うまく、いかなかったね」
「あはははっ♪ でも、一遍に、済まして、良かったじゃんか」
頷きあって、二人は、なおも、笑った。
「でも、ここがそうなのは、確かだよね」
「確かだろうな」
笑いが治まって、二人は、光の円を見つめた。
三つ目の月が指し示す光の道を辿れ
異なる力と力で刹那に開く扉くぐりて我を訪ねよ
そして、どちらからともなく、楽歩への導(しるべ)を歌った。
「異なる力と力で刹那に開く扉くぐりて我を訪ねよ……か」
そう言いながら、水面を見て、ふと、蓮の脳裏に、海渡の声が響いた。
「そういえば、鈴なら、知っているかもしれないな……」
「え? 何が?」
興味津々に、こちらを見る鈴に、蓮は、海渡から聞いた、水面に落ちる前に消えた、青い髪と、青い衣の風の乙女のことを話した。
「それって、廻子(カイコ)お姉ちゃんのことだよ!!」
「知っているのか?」
「うん!! 廻子お姉ちゃん、三年前に、消えちゃったの! 神隠しにあったとか、み……とにかく、あのときは、大変だった」
鈴が、何か、言いかけて、慌てて、誤魔化した。でも、蓮には、すぐ、察することができた。水の国に攫われたといったことだろう。いかにも、ありそうだった。
最も、実際に、見かけた、海渡だったら、そのまま、逃がしただろうけど、海渡は、普通の水の国の人間とは違う。
「廻子お姉ちゃん……本当に、消えちゃったなんて……一体、どこに、消えちゃったんだろう……?」
鈴の言葉に、蓮は、水面を見た。海に落ちる寸前で、ふっと、消えた乙女。
「なぁ、鈴。近くないか? その話」
「え? 近いって?」
「“刹那に開く扉くぐり”っていうのと」
「刹那に開く扉………そっか! くぐった人は、消えたように、見える!」
ニヤリと笑って、そう言った蓮の言葉をなぞる、鈴のきょとんとした顔が、ぱっと輝いて、笑顔になった。
「ああ。で、“異なる力と力”で、“開く”んだろ。つまり」
「私たちの風と水の力」
「ああ。ここに、空と水の境に、風と水の力で、空間を切り取るんだ」
二人は、見つめ合って、同じ笑みで、頷いた。
剣のような三日月が輝く夜に、蓮と鈴の歌声が響いた。そして、蓮と鈴の立つ空間が、凍り付くような、氷が溶けるような音を立てて、開いた。
後に残ったのは、そばで見守っていた鈴月と月蓮だけだった。
三日月が笑う夜に、二頭の賢き獣の、悲しげな鳴き声が、空を切るように、響き渡った。
その声に、海渡と天鳩(ミク)と海九央(ミクオ)は、空の先を見据えた。
「鈴……大丈夫かしら」
心配そうに、目を細めて、天鳩が言った。
「大丈夫。蓮君もいるよ」
「そんなの、大丈夫の根拠にならないわよ!」
優しく告げた海渡に、天鳩は、不安をぶつけるように、声を荒げた。
「戦闘していた感じはないよ。ただ、鈴月と月蓮が、随分、うろたえているね。ちょっと、待って。天鳩にも、見えるようにするよ」
海九央が、相棒の水母(クラゲ)、観取(みどり)を覗きながら言うと、天鳩は、跳ね除けるように、観取を覗き込んだ。
そこには、不安そうに、身を寄せ合って、あたりを見回す、鈴月と月蓮が映っていた。
蓮と鈴の姿はない。ただ、戦闘があったような跡もないし、音も聴こえてこなかったし、風も、水も、騒いではいない。
「まぁ、でも、神子蓮たちが無抵抗で、さらわれるなんて、考えられないし」
「“刹那に開く扉くぐり”、楽歩に逢いに行ったんだね」
「うん。随分、順調に旅していたから、それでいいと思うよ」
海九央は、今までにも、何度も、観取から、二人の様子を覗いては、海渡や天鳩たちに、伝えていた。
「鈴」
なおも、心配そうに、眉を寄せて、天鳩が言った。
「とにかく、先を急ごう。せめて、鈴月と月蓮に合流して、話を聞こう」
海渡を睨みながらも、天鳩は、何も言わずに、頷いた。
観取と向かい合っていた海九央も、足の方につかまった。
そして、三人は、かけ出した。そんな三人を、おかしそうに、三日月が見ていた。
やっと、水の国の長老たちから、解放された澪音は、ふと、何かを感じて、窓を見上げた。
深海の中で、剣を振りかざしたような三日月が、こちらを睨んでいた。
「蓮」
大人びた少年は、たまに、そんな目をした。そんなところも、責任感が強くて、どう考えても、身に余るだろう重圧に、必死に耐えて、努力しているところも、自分たちに見せてくれる、普通の少年と変わらない、明るい笑みも、優しくて、人一倍、繊細な心根も……みんな、澪音は、気に入っていた。
海渡ほどではないだろうけど、蓮が好きで、しあわせになってほしいと、心から、思っている。
「蓮。絶対、戻って来いよ」
そのとき、蓮は、変わっているのだろう。
でも、この国も、変わればいいのだ。
絶対、良い方に、変えてやろう。
“待っているからな”そういうかわりに、澪音は、天に向かって、銃を撃つ仕草をした。
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