3.
「……」
昼休み。
私は校舎の階段の一番上にやってきていた。
屋上の扉は施錠されている。だから、滅多なことではこんなところに人は来ない。
ここは、誰とも一緒にいたくなかった彼の逃げ場所だった。そして今では、私の逃げ場所になっている。
彼は毎日、授業が終わるたびにここへとやってきては、休み時間の間、誰にも見つからないようにと、静かに時がすぎるのをじっと待っていた。
私はここで、そんな彼と何度か話をしたことがある。彼自身、やはり口数が多いわけではないし、私もそんなにしょっちゅうここにやってきていたわけでもない。ここが彼にとって唯一落ち着ける場所なのだとしたら、無闇やたらと邪魔しても悪いような気がしたのだ。だから、彼が本当につらそうだと思ったときだけ、迷惑にならない範囲でとここにやってきたのだ。
それが本当に正しかったのかどうかはわからない。
いや、こうなってしまったことからすれば、きっと間違っていたのだ。
けれど、どうすればよかったのか、私には今でも判断がつかない。
ここに来たりしないでそっとしておいたほうがよかったのか、それとももっと彼と話をしたほうがよかったのか。
――例えば、誰一人君を許さなくても、ただ一人私が、君のこと許そう。
「……そう、言ってあげればよかったのかな」
屋上の扉の前に座って、お弁当箱を膝に載せたまま、けれど食べる気にはなれなくて、ぽつりとそんな言葉がこぼれ落ちてしまう。
返事はない。
返事なんて、あるわけがなかった。
……なにやってるんだろ、私。
ため息をついて、弁当箱を開ける。
自分で作ったそれを、私は残すことなく食べたけれど、なんの味もしなかった。
◇◇◇◇
僕がこの高校に受かったのは、自分でも奇跡だったと思う。両親は、僕にそもそも高校に通うつもりがないと思っていたようだった。
でも僕には、中卒で社会人になることのほうがよっぽど恐ろしかった。
アルバイトとかをして生活するなんて、僕にできっこない。でも、だからって自分だけの部屋もないのに一日中家に居座っていたら、妹さえも僕にあきれてしまいそいな気がした。たった一人の味方さえいなくなってしまうなんて、考えるだけで耐えられない。
なんとか進学できたことで、僕はあと三年間の猶予を手に入れた……はずだった。少なくとも合格を知ったときは、そんな風に思って安堵していたんだ。
けれど、そんな僕の目論見がどれほど甘いものだったのかということを、高校に通うようになってからまざまざと思い知らされた。
他の皆からすれば、僕の受験のときの成績なんて鼻で笑われる程度のものだったかもしれない。けれど、僕にとっては普段なら絶対に叩き出すことのできない高得点だった。
そうやってぎりぎりで入学してしまった結果、僕はその本来の自分に見合うはずもない学力を保ち続けなければならなくなってしまったのだ。
……もちろん、そんなことできるわけがなかった。
試験では常に最下位争いをして、当てられれば問題には答えられるはずもない。結果として、クラスの誰もがそんなどうしようもない僕を見下していた。
僕は進級するだけでもいっぱいいっぱいで、勉強以外のことでだって孤立していて、クラスに居場所なんて存在しなかった。
だから、休み時間になればこの、階段の一番上、屋上出入口の前で、ただ時間がすぎていくのをいつも待っていたんだ。
「あ……柳君」
そんな声に、僕はおびえながら視線を上げる。
その声が誰かわかっても、僕はおびえずにはいられなかった。
僕の隣の席の彼女――初音さんは、長いストレートの黒髪をゆらしながら、首をかしげる。
「……」
「私も……ここ、いい?」
拒絶することもできなくて、僕は伏し目がちにうなずく。
「ありがと」
初音さんはそう言ってほほ笑むと、僕からほんの少しだけ距離をとって座る。僕はそんな彼女を直視できず、ちらりと横目でうかがう。
彼女は膝の上にお弁当箱を広げて、静かにお昼を食べている。その整った横顔は、特段の表情を浮かべているようには見えない。けれど、なんていうか……彼女の横顔には、かげりが見えるような気がした。
学年トップクラスの秀才である初音さんは、僕からすれば雲の上の人のみたいなものだ。そんな彼女がなぜ、ときおりここにやってくるのか、僕にはいまいちわからなかった。
僕たちの間には、あんまり会話はない。たまに初音さんが声をかけてきたときだけ、僕が一言二言、言葉少なに答えるくらいだ。僕から初音さんに声をかけるなんて、できるわけがなかった。
僕もあんなに頭がよかったら、いま抱えている悩みや苦しみなんて、たったそんなことで、って鼻で笑っていられたのかな。
頭が悪いってことは、それだけでどうしようもないほどに致命的で。
生きていることさえ許されないみたいな、そんな空気が僕の周りにはいつも充満している。
――例えば、誰一人君を許さなくても、ただ一人私が、君のこと許そう。
誰か、そんな風に僕のことを許してくれる人が……もし、いたなら。
わざわざ僕なんかがいるこんなところにやってくる初音さんなら、その誰かに……なって、くれるんだろうか。
そんなことを考えて彼女の横顔を眺めていたら、僕の視線に気づいたのか、初音さんがぱっとこちらを向く。
僕は視線をあわせられなくて、すぐに顔を伏せた。
「……どうかした?」
「う、ううん……なんでもない。ごめん」
僕は、そう偽った。
脳裏に浮かんだ言葉なんて、言えるはずがないじゃないか。
僕の葛藤はバレずにすんだらしく、初音さんは僕を見てまた首をかしげる。ゆれる黒髪に見とれそうになって、あわてて視線を移した。
「柳君、お昼は?」
「……パ、パン……食べた、よ」
手元をみつめながらそう言ったけど、僕はどもってしまい、はっきりと話すことができなかった。
けれど、そんな態度にも初音さんは気分を害した様子はなかった。
「パンだけで足りるの? 私の、分けてあげよっか」
「い、いいいいよ。そんな、大丈夫だから」
そんなこと言われるなんて思ってなくて、びっくりして、僕はなにも考えられずに拒絶した。拒絶しか、方法を知らなかった。
「本当に?」
「うん。……ごめん」
「……そう」
初音さんは悲しそうな顔で、お弁当に視線を戻す。
その表情にいたたまれなくなってしまうけど、でも、僕には他の選択肢を選ぶことなんてできっこなかった。
じゃあ、もらっちゃおうかな。
じゃ、この玉子焼きあげる。結構自信作なんだよ。
本当? あ、おいしい。
よかった。
……。
……。
……そんな会話、できるわけがない。
そんな幻想は、僕がどれだけ望んだって届きやしない。
そう、決して届かないんだって思い知らされる。
ここは、そんな世界なんだ。
Alone 3 ※2次創作
第三話
ピアプロでの2次創作では、原曲の歌詞を下敷きにお話を作るのですが、当然ながら本文に歌詞の言い回しを使う時があります。
そういった場合、極力歌詞をそのままにして使いたいのですが、これがなかなかうまくいきません。
最後の行は、「そんな世界」だけで〆たかったのですが、どうもうまくいかず、何文字か追加するという結果に。
「歌詞」としての文体と「小説」としての文体が基本的に違うため、どうにもならない部分ではあるのですが……。
ううむ、歌詞に忠実な物語、というのがなにより難しい。
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【Bメロ】
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