朝、外は灰色の曇り空。
鏡の前に立つ自分を見る。

透き通るような肌。大きな瞳。手触りの良さそうなやわらかな髪。
華奢な体躯。けど発育はちゃんとしている。
くびれた腰にすらっとしている脚。

まさに美少女!なんてことはとりあえずない。

髪も可愛くセットしていなければ服装も”オシャレ”のセンスすら感じさせない地味なものである。

発育の方はとりあえず平凡といったら平凡だろう。とりあえず普通。
問題といったらこの容姿と性格くらいだろう。

元々目付きがそこまでいい方ではないから先輩には生意気だと思われて学校に入学して直ぐに目を付けられてしまったし、人と会話するのもそこまで好きではないから基本自分からは挨拶もしなければ話しかけようともしない。
会話を持ちかけられても反応は薄いせいでクラスの人達も自然と話しかけなくなっていった。
そして何よりも服装。

私は昔から色々あって髪を編むことが習慣づいている。
そのため学校ではいつでもおさげで人と目を合わせるのもそこまで好きではないため伊達メガネ。
制服は校則をちゃんと守って着ているためスカートも膝ちょうど…または膝下くらい。

この性格も相まってクラスメイトには完全にガリ勉だと思われているだろう。
まあそれでも自分からしてみたら周りからあまり干渉を受けないからそれはそれでいいと思っているが。

鏡を見るのをやめて、学校指定の通学鞄を持って玄関に向かう。
スリッパからローファーに履き替えたところでリビングの方から母が出てきた。
「あら世良ちゃん、もう学校行くの?」
制服を着て通学鞄を持ちローファーに履き終えてる時点でまだ行かないなんていう学生がいるのだろうか。
母の方に一度目を向け
「いってきます。」
私は一言そういって玄関のドアを開いた。

四月上旬。もう春だというのにまだ外は少しばかり涼しく感じた。
八階建ての白いマンション。406号室。母と私の二人暮らし。
この生活を始めて早14年目。
父と母が離婚したのが私が二歳の時らしい。
そういったことにも、あまり興味はない。

エレベーターが上昇して来るのを待つ。
2階3階4…階まで来たというのにエレベーターはそのまま7階まで上昇していってしまった。
「先越されたのね。」
7階の誰かが自分より先にボタンを押したのだろう。
おとなしく、降りてくるのを待つ。
ボタンの上にあるエレベーターが今7階にいることを示す表示が点滅し、6、5、と数字が変わっていく。
やっと4階まで戻ってきたエレベーターには同じ制服の女の子が一人乗っていた。
女の子は私を見るとハッとしたように一瞬身を引きおずおずと軽く頭を下げた。
同じマンションに同じ学校の人なんていたのね。
私は女の子を一瞥してから、エレベーターに乗り込んだ。
今の学校に入学してまだ約一週間。
人とあまり関わらない私は、それほど学校にいる人間を記憶してはいない。
女の子はずっとボタンの方を向いていて動かない。
私はただなんとなく、その子を観察した。

腰下まで伸びる緑色のやわらかそうな髪。制服の袖から見える白く小さな手。平均より少し低めな身長。
ときどきエレベーターの窓に写る少し気弱そうに伏せた瞳。綺麗な唇。小さな顔。
傍から見たら十分に可愛らしく守ってあげたくなるような女の子だと思った。

エレベーターが1階についた。
「…どうぞ。」
女の子が弱々しい小さな声でそういって手を入口の方へ向ける。
「どうも」
私はそれだけいってエレベーターを出た。
マンションのポストを通り過ぎ、入り口のドアを押し開ける。
二~三段ほどの小さな階段を下りてマンションの敷地内の駐車場を通り過ぎ、道路に出る。
閑静な住宅地に囲まれている道路は人通りが少なく、たまにどこかの家からか犬の鳴き声が聞こえる。
しばらく歩いていると、後ろの方から自転車が近づいてくる音が聞こえてきた。
「わ、わ、すみません!危ないです!!」

………え?

突然そんな大声が聞こえて思考が止まってしまう。

何があったのかと後ろを振り向く。
と、そこにはどうやったらそこまで出せるかわからないほどの猛スピードで自転車を漕いでいる先ほどエレベーターで出会った緑色の髪の女の子が、大口を開けて髪を振り乱し叫びながらこちらへ突っ込んでこようとしていた。
「は、なに…え!?」
動かなきゃいけないのに女の子のリアクションがあまりにもオーバーすぎるのとどうやったら出せるのか分からないほどの自転車のスピードにどう反応していいのかわからない。

とにかく衝突コースから自分がどかなければ…!!

「ちょっとごめんね。」
不意に、腕を引っ張られた。
「わっ」
ついよろけてしまった私の体を、誰かが受け止めた。
そんな私と誰かの目の前を緑色の髪の女の子は猛スピードで通り過ぎて行った。
「君、大丈夫?」
自分の足でしっかり立ち直し、相手を見据えた。
綺麗で真っ直ぐな長い金髪。少年のような蠱惑的な瞳。
「うんうん。足もひねってないみたいだし大丈夫そうだね。」
一人、満足そうにうなずく …女の子。
この人も、同じ制服?
「あの子って毎日あんな感じだから…今日はいつもより少し早い時間だけどね。今日なんかあったっけ?」
そういって彼女は私に話しかけてきた。
「知らないわ。個人的に何か用事でもあるんじゃないの」
いつもより早い時間、というなら彼女もいつもはもう少し遅めに家を出るということだ。
彼女も何かしら用事があって早めに家を出たのだろう。
「そっか。僕はただなんとなく早めに家出ただけだったからちょっとびっくりしちゃった。」
僕、という一人称を少し珍しく思いながら私は彼女は気分屋なのだろうとただ彼女から出される飄々とした雰囲気で読み取った。
「ねね、君も一年生なの?」
いたずらっぽい少年のような笑みで彼女は私に聞いてきた。
「そうよ。」
そういった瞬間彼女は嬉しそうに声を弾ませた。
「そうなんだ!僕は八組なんだけど君は?」
なに?どうしてそんな嬉しそうなの?
「…六組よ」
今までこんなにも嬉しそうに私に接してくる人は初めてで思わず少し身を引いてしまう。
へんなひと。
そう思いながらも人と関わることが嫌いなはずの私でも彼女といてそこまで悪い気はしていなかった。
そんな自分にも戸惑い、お腹のあたりがむずむずするようなこの感覚にもどう手を施していいのかわからなかった。
「僕は”奈々”っていうんだ。よろしくね。」
奈々、可愛らしい名前だと思った。
「…世良よ。ごめん、いい加減学校行きたいんだけど」
人と関わるのが嫌ではない、そんな自分を認めることに少し抵抗があり、ついそんなことを口にしてしまった。
「あ、うん。じゃあ行こうか。世良。」
「…え?」
いきなり呼び捨てされたことに驚いたのと凄い自然に彼女と登校することになった気がして思わず踏み出そうとした足を止めてしまう。
「なに?どーしたの?」
「いや、別に。」
どう、すればいいんだろう…。
とにかく学校へ向かうために、私たちは歩き出した。

奈々と名乗った少女を横目で観察する。
真っ直ぐに伸びた長い金髪。切れ長で鮮やかな瞳。
少し高めの身長。足もすらっと長く、まさに女の子にとって理想のスタイルだろう。
彼女は一人楽しそうに担任の先生がどうとかいったことを話し続けている。
住宅地を過ぎると、大通りへ出る。

『あ、奈々ー!奈々ー!おはよー!』
『奈々ー!やっほー!』
二人組の、同じ制服を着た女生徒たちが奈々に向かって手を振る。
「おー、おっはよー!」
奈々も二人に手を振りかえす。
すると二人組の女生徒がこちらにかけてきた。
が、
二人の視線が私を捉え、表情が硬くなる。
「え、どしたの」
奈々は何も知らないようで二人を不思議そうに見ていた。
「私、行くから。」
奈々を置いて足早に私は学校への道を進んでいった。
「うえっ!?世良!?」
奈々が素っ頓狂な声を出す。
『奈々…!』
二人の女生徒が奈々を引き留める。
まあ女生徒二人を見かけた時からそうなるだろうとは思っていた。
奈々のような気さくで人当たりの良い美人には自然と人が集まるだろう。
そんな奈々と、見た目だけで分かるほど正反対の私が隣にいるのだ。
愛想の欠片もない、目付きも悪く、どう見てもお固そうな人間が。
誰だってああいう反応をするだろう。
そう思い、唇を噛んだ。
と、そのときだった。

『世良ーーーっっ!!休み時間に教室で待っててーー!!』

奈々が、私の名前を叫びそういった。
思わず振り返る。
奈々は私にニヤリと笑って見せた。
私はただ何も言わず、また前を向いた。
何。なんなの、あの子。
初めてだった。
あんな風に名前で呼ばれて、あんな風に親しげに話しかけられたのは。
うれしい、と思った。素直に、そう思えた。
あの子と会ってまだ一日もたっていないのにと思うとホントにおかしな気持ちだった。

奈々

その子との出会いが、私がこれから歩む高校の人生を大きく左右することになるとはこのときは微塵も思ってはいなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

私たちの花物語 ゼラニウムと紫君子欄の出会い

今回はまだ書き始めです。
これから自由奔放で飄々としたLily(奈々)と人見知り気味で無愛想なIA(世良)ちゃんとの絡みを書いていくのが楽しみでなりません!
これから思いきり楽しんで書けたらなと思います(^ω^三^ω^)

閲覧数:2,476

投稿日:2013/04/06 18:53:21

文字数:3,737文字

カテゴリ:小説

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