FLASHBACK2 M-mix side:A

 雨に濡れながら、ミクは走っていた。
 雨が降るなどとは思っていなかったこともあり、傘など持ってきていなかったのだ。だが、彼女が走っているのは雨のせいだけではなかった。雨が降り出した頃、まだミクの目の前にいた男の姿を捜していたのだ。
 彼女のその長い髪は頭の横で二つに結わえたツインテールになっており、走るミクを追いかけるようにゆらゆらとたなびく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
 やがて走り疲れてしまい、ミクは近くのビルに駆け込んで雨宿りをすると、その身をくの字に折り曲げて深く息をついた。
 見つからない。カイトはもう、ミクの知らない所に行ってしまったのだろう。彼女は、苦い気持ちでそれを認めた。これ以上この辺りを闇雲に捜した所で、彼を見つけることなど出来はしない。ケータイに電話してもカイトは出てくれないのだから、もう諦めなければならないのだろう。
 だが、ミクの気が重いのはそのせいだけではなかった。
(まさか、まさか本当にカイトがルカと……? ううん、嘘よ。ルカがわたしとの約束を忘れるはずがないもの。ルカもカイトも、わたしに黙ってるなんておかしい)
 だが、それだとさっきのカイトの態度に説明がつかない。
 ルカに会いに行っていたはずのカイトが「上司と飲みに行く」だなんて、ミクには分かりきった嘘をつくことなど、どう考えてもおかしい。
 それに、ミクは知っていた。最近のカイトは、ルカの所に遊びに行く時に限って決まって遠回りしているのだ。
 だが、それは確かに奇妙な話だ。ルカの家に行くためにわざわざ遠回りするなど、何の意味があるというのだろう。。
 それは何故だ?
 何のために、カイトはそんなことをするのだろう?
 ――誰かに悟られないようにするため。
 ――誰かにとって不都合なことを隠すため。
 ――なら、その誰かとはいったい?
 ミクは、その可愛らしい顔を苦しげに歪めた。
 ここの所、カイトとルカの様子はどこか変だった。それはまさか“そういうこと”だということなのだろうか。今までずっと「気のせいだ」と気付かない振りをしていた幾つかのこと。こうして思い返してみると、それから導き出されるのは一つの答えだ。
 ――カイトとルカが、付き合っている。そして、ミクにその事実が露見してしまわないようにと取り繕っている。いや、隠している。
 呼吸を整えて、ミクは身を起こす。だが、そのあまりに恐ろしい想像に彼女は自分の身体をきつく抱き締めた。彼女の細い身体がカタカタと震えているのは、雨に濡れたせいだけではない。
 あり得ない。
 そんな筈がない。
 そんなことは、あってはならなかった。
 ミクとルカが交わした約束は、そんなに安易に破っていいものではないのだから。
 ミク自身、どれだけ誘惑に駆られたか分からない。どれほどカイトに「わたしだけを見て欲しい」などと思ったことか。それを我慢し続けたのは、ひとえにルカとの約束があったからだ。その約束を破ってはならないと、自分にきつく言い聞かせてきたからだ。
“次は絶対に抜け駆けをしない”
 ミクとルカがその約束をしたのは二年前、まだカイトとルカがミクと同じ学生だった頃だ。サークルで知り合った三人は、カイトにミクとルカの二人が慕うような形で一緒にいた。ミクとルカは、お互いにカイトを巡る恋敵だということを含めても親しかった。そんな二人が約束を交わしたのは、ミクが抜け駆けするようにカイトに告白したのが原因だった。「考えさせてくれ」という返答のあと、告白のことを知ったルカは気が狂ってしまったかのようにミクを責めた。結局、カイトがミクとルカの間を取り持ったおかげで、二人はまた仲のいい姉妹のような間柄に戻ることが出来た。その際、それまではお互いの暗黙の了解に過ぎなかったその約束を、ミクとルカは交わしたのだ。
 抜け駆けをしたミクをあれほど責めたルカが、ミクに何も言わずにカイトと付き合うなどということは許されない。いや、あってはならないことだった。
 だから――。
「……確かめなきゃ」
 降り続ける雨をキッと睨み付け、ミクはそう言った。まるでそこに、約束を交わした筈の女がいるかのように。
 逃げるように駆け出して行ってしまったカイトの最後の言葉を思い出す。
(「上司からの電話」ですって? そんなの、ルカからの電話だったに決まってるじゃない)
 雨に濡れるのも構わず、ミクはまた歩き出す。
(ルカはまさか、約束……忘れてないよね?)
 その冷たい雨では、静かに、けれど確実に彼女の身の内にともり始めた炎をなだめる役にはたたなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ACUTE  3  ※2次創作

第三話。

前回の「ロミオとシンデレラ」と違い、今回は三人称で文章を書いてます。
楽曲は三人が入れ替わり立ち替わり歌っているのは言うまでもないかもしれません。
一人称にしてしまうと、それぞれの書き口を変える必要が出てくるのは目に見えていました。
そうすると、三種類の文体を使いわけることになり、かなり神経を使うので、今回は三人称で書くことにしました。
また、今回は前回よりも漢字の使用率を上げたりして、わざと堅苦しい文章にしているので
「ロミオとシンデレラ」の時とは雰囲気が違うように感じられるかもしれません。
ていうか読みづらい文章になってるんじゃないかとひやひやしてます。
いやホント、読者のことを考えてない人でごめんなさい。
でも、このままで行かせて頂きます(おいこら)

閲覧数:606

投稿日:2013/12/07 14:00:17

文字数:1,926文字

カテゴリ:小説

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