「暑っ」
かかっていた毛布を翻して身体を起こす。
僕は暑さに負けて起きた。午前二時、初秋の夜。
まだ毛布は早すぎたのか、いや、触れる空気は冷たいのに。
ふと視線を落とすと、僕によく似た顔がやけに紅潮している。
「リン」
起こして良いものか悪いものか、恐る恐る発した声は闇に吸い込まれた。
暑かったのは彼女のせいだった。眉をしかめて、苦しそうに呼吸している。
「まいったな……」
彼女を起こさないようにベッドの余白を這って、ひんやりとした床に足をつける。
戸をそうっと引いて、リビングへ。豆電球の光が漏れる。
幾つもの戸の一つから、物凄いいびきが聞こえるのも何ら気にせずに、
自室から漏れた光で薄暗い部屋を踏みしめる。
キッチンに伏せてある硝子のコップが、光を反射する。
僕はそれを手にとって、水を汲んだ。
具合がいまいち分からず、溢れた水がパジャマの袖を濡らす。
少し不快。いびきよりも不快。
部屋の戸を空いている方の手で閉めた。
コップに並々と入った水が揺れる。
「リン、起きろ」
小さなテーブルにコツンとコップを置いて、彼女のに声をかける。
先程よりは音量を高くして。
彼女は薄く何回か目蓋を開いて、首をこちらに向ける。
「レン?……あつい」
「オーバーヒートか」
額に手を当てると、幾らか冷たかったようで目をぎゅっと瞑った。
「かぜ、かなぁ」
大きな目が訴えかけてくる。
「だろうね。水、飲む?」
僕は答えながら、額に当てたのとは逆の手でコップを掴んだ。
彼女は辛そうに上半身を起き上がらせて、少し背中を丸めた。手を差し出している。
僕がコップを手渡すと、彼女は一気に飲み干した。
「ぐらぐらするよお、気持ち悪い……」
掴まれて宙に浮いたコップを受け取った。
「大丈夫?」
ふと無力な自分に気付く。誰か起こしたほうが良いのだろうか。
虚ろな彼女の目が、寂しそうで。
「なにか、あった?」
僕達は、ウイルスなどに感染しない。
それ故、人間よりも内部環境、思考回路が元で身体に支障を来すことが少なくないのだ。
「なにも、ないよ」
擦れた、弱々しい彼女の言葉は、僕の思考回路を早回しさせるように言っている。
答えは見つからないのに。
「リン、言ってくんなきゃわかんないよ」
「……」
荒い息が部屋にこだまする。
彼女の周辺はやけに温かい。
「ひとり、やだよ……」
僕は今日も遅くまで歌っていた。彼女をずっと一人にして。
「で、でも、マスターが」
彼女は僕を睨んだ。その瞬間、涙が零れて、頬を濡らす。
今日僕が帰ってきたとき、もう皆は寝ていた。
ラップのかけられた食事に少し手を付けて、自分の部屋に入ると、リンが僕のベッドで寝ていた。
しょうがないから、隙間に身を収めて眠りについたのだった。
「レンがいいなら、いいけど」
「別に、僕が歌うの望んだ訳じゃない!」
「でもリンたちは歌うために生まれたの」
彼女は、僕から目を離さない。
真っすぐな瞳が、豆電球の光を時々反射する。
「だって……」
返す言葉が見つからない。
僕だって出来ることなら、リンと歌いたい。不可抗力に不満を持たれても困るのに。
「もう具合悪いから寝るもん」
彼女はそっぽを向いて、上半身をベッドに預けた。
僕は、すっかり冷えた身体を立ち上がらせて、またベッドに入った。
「ごめん」
向かい合うと彼女の濡れた睫毛が少し動く。そして重いはずの身体を動かして、反対側を向かれてしまった。
「僕だって、一緒に居たい」
ふと僕が漏らした一言。
彼女は、器用に向こうを向きながら僕の手を探って、
「何でこんなに冷たいの、もう」
と、鼻声で呟いた。
そして、すぐに静かに寝息をたて始める。
やがて僕も、眠りに落ちた。
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