「言葉が通じて良かったわ。こうして話せるんだもの」
少女から笑みを向けられ、やはり人間とは良く分からないと考える。つい先程までは激しい怒りを見せていたのに、今ではそれを微塵も感じさせない。
「ねえ、あなたは幽霊? それとも、精霊みたいなものなの?」
「いえ、どちらでもありません」
好奇心溢れる質問に対して首を横に振る。同じ死神や、仕事仲間の執行者と会話を交わした事はあるが、生きている者とこうやって話すのは初めてだった。無論、自分の存在と言うものを人に教えるのも。
「私は……死神です」
生きている命を刈り取る存在。死を呼ぶ者。そう言って、人間が死神を良く思っていない事は知っている。てっきり怖がられると思っていたが、自分の答えを聞いた少女は驚く様子も無く、ふうんと一言漏らしただけだった。
「あなた、死神なのね」
確認するように言われた言葉に頷く。事実を否定する気は無い。
「何故、私の姿が見えるのですか?」
自然と質問していた事に自分が驚いた。何故そんな事を聞く必要がある? どうしてそんな事を知りたいのだ? 知った所で何かある訳もあるまい。
死神が己の行動に戸惑っている事など知らず、少女は何故と言われてもと困惑し、目を細めて溜息交じりに答えた。
「見えるものは見えるんだから仕方が無いじゃない。……それよりも」
言葉を区切り、凛とした表情になった少女は静かに言った。
「死神なら、今すぐに私を殺しなさい」
普通の人間であれば圧倒されるであろう、上流階級特有の高潔さを伴った命令口調の言葉は、死神にあっさり否定された。
「……それは、出来ません」
少女は唇を尖らせ、この先短い命なら遅かれ早かれ同じだとか、一つくらい言う事を聞いてくれても良いでしょうなどと不満を露わにする。
その様子が変に可笑しくて死神の口の端が僅かに上がる。彼女の命は近いうちに終わると言うのに、そんなのは関係ないと言わんばかりに元気な姿だ。あり得ない事だが、彼女はこの先数十年長生き出来るのではないかと錯覚してしまう。
「私の言う事が聞けないの? ……死神様って融通が利かないのね!」
少女が八つ当たりの言葉を締めくくるように言った後、死神は殺す事が出来ない理由を説明する。
「死神はあらゆる命の期限を知っているだけで、自分では生き物を殺しません。……殺せないのです」
実際に命を狩るのは死神では無く、別の執行者である『鎌』。鎌は生き物の命が終わるその時に現れ、対象を勝手に殺してしまう。
死神はその鎌を所有しているだけに過ぎない。自分の意志で鎌を振るう事など出来ないし、鎌は一人で仕事をする事は出来ない。死神と鎌は持ちつ持たれつの関係である。
「神様なのに出来ない事があるのね」
少女は意外そうに呟く。やはり人間が言う神とは、何でも出来る存在だと思われているらしい。実際は役目を分担し、それぞれに与えられた仕事をしているだけなのだが。
死神はもっと怖いものだと思っていたと、少女は肩をすくめて話す。
「本で見た事のある死神って、骸骨が黒い服を着て鎌を持っているんだもの」
その口調は冗談を言っているものだったが、死神は少女の言葉を真に受けて声を荒げた。
「そんな死神はいません! それは悪魔の一種です!」
死後の生き物の魂を守り、無事に冥界に送り出す役目を持つ死神と、生き物、主に人間を弄び、魂を汚す悪魔を一緒にしないで欲しいと反射的に叫ぶ。
いきなりの大声に驚き、反射的に肩を上げた少女の反応を見て、死神は目を見開いて口を片手で押さえる。
今、自分が言ったのか? あんな大きな声で? どうして彼女と言葉を交わしていると自然と口が動くのだ?
分からない。何故そんな風になるのかも、そう考える自分にも。
「出来ないのなら仕方ないわ」
我が儘を言っても無駄だと悟り、少女は諦めたように呟いてから何かを考え込む。しばらく経った後、やや不安そうに口を開いた。
「あの、死神様にこんな事を言うのは失礼かもしれないけど……。」
少女はおずおずと視線を彷徨わせる。やや間を置いてから、真っ直ぐに死神の目を見てきっぱりと言った。
「私の、友達になってくれる?」
初めて言われた言葉に、死神は少女を見たまま思考する。
『友達』。それはどんなものなのだろうか。仕事仲間の死神や鎌とは違うのだろうか。
「駄目、かな……?」
彼女ともっと話してみたい。『友達』と言うものがどんなものなのかを知りたい。
そんな純粋な興味と、一度くらいはこんな事があっても良いだろうと言う、ちょっとした気まぐれ。
「死神でよろしければ」
もしかしたら、心の奥底では自分と孤独な彼女を重ねていたのかもしれない。
「友となってさしあげましょう」
「本当に!? 本当に友達になってくれるの!?」
承諾してくれるとは思っていなかったのか、少女はやや興奮して声高に確認する。死神が微笑んで頷くのを見て、笑顔で右手を差し出した。死神は握手しようとしたが、差し出した右手は少女の手をすり抜けた。
「あ……」
少女と普通に会話が出来ていたので完全に忘れていたが、死神は自分の体を現世に関与出来るようにしていなかった事を今頃思い出した。一言謝ってから部屋に誰も来ない事を少女に確認し、少女の目の前で実体化する。
全身を黒いローブで覆い、フードを深く被った人の姿が部屋の中に現れた。
「死神様もうっかりする事ってあるのね」
少女はくすくす笑ってから再び手を差し出す。今度はすり抜ける事もなく、死神はその手と握手する事が出来た。
「私の名前はリンって言うの。あなたの名前は?」
死神は握手をした手を離さないまま、空いている手でフードを背中に下ろす。露わになったのは年端もいかぬ少年の顔と、少女と同じ色の髪だった。
「レン、と申します」
黒の死神と人間の少女のお話 2
今回は全体的に真面目な雰囲気で。それでもネタは入れますよ。
ズボラ王女やすっとぼけた召使を書いていたせいか、真面目なリンレンに違和感がある……。
コメント1
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ご意見・ご感想
星蛇
ご意見・ご感想
読ませて頂きました!続き楽しみに待っています。
そしてグミの登場をそれ以上に楽しみにしています♪
2011/04/10 20:44:20
matatab1
楽しみにして頂いている所すみません、グミは出ません。(第一声がそれか)
ただ、私が書いたグミを星蛇さんが気に入ってくれたのなら非常に嬉しいです。
悪ノを書いた時
「かなりズゲズゲ言ってるけど大丈夫か? 読んでる人にこの性格受け入れてもらえるのか? 本当に大丈夫か?」
と、ものすっごく不安だったんです。私がずっと思っていた事言わせましたし。
その心配とは裏腹に、好意的に受け取って貰えた事が驚きだったのと、自分を認めて貰えた気がして嬉しかったんです。
作品とは関係ないコメントはこの辺で。
次回もよろしくお願いします。
2011/04/11 22:05:36