第七章 戦争 パート8
ロックバード伯爵が緑の国の王宮への進軍行程を決議したころ、緑の国から遥か北方、青の国の王宮に到達した一人の女性が存在した。緑の国の魔術師かつ参謀であるグミである。グミは緑の国の王宮から正に飛ぶように駆け続け、そしてたった五日で数百キロの行程を制覇したのである。その為に活用したものが駅伝制度であった。これは各国の伝令スピードを速める為に使用されるものである。使用できるものは各国の王侯貴族か、その従者に限られるが、ミルドガルド大陸の主要街道におよそ五十キロごとに設置されている宿場町に必ず併設されている駅伝宿舎に申請し、一定額の金額を支払うだけで、駿馬をレンタルすることができるのである。今回グミは緑の国の王宮から飛び出し、宿場町に到達する度に馬を替え、ここまでの距離を駆け続けて来たのである。
そのグミも、流石に青の国の城下町に入って馬の手綱を絞らざるを得なくなった。都市計画という概念が存在しない、雑な造りの青の国の城下町は必ずしも馬が通行しやすいように建造されている訳ではない。馬で駆けるには人が多すぎたし、道も緑の国の城下町に比べると一回りは狭い。焦りの為か、疲労の為か、呼吸が乱れていることを自覚しながら、グミは青の国の城下町の奥、小高い山の中腹にそびえ立つ青の国の王宮を見上げて一つ深呼吸をした。それだけで呼吸が落ち着く訳もないが、焦りは僅かに収まった。急いては事を仕損じる、と言い聞かせるように心中に呟いたグミは、そのまま人の流れに乗る様に馬の脚を王宮へと向けて歩かせ始めた。
「カイト。」
その頃、執務室で内政業務に励んでいたカイト王は甘美に響く、実年齢よりも幼い声を持つ少女の声に顔を上げた。アクである。
「どうした、アク。」
カイトはアクだけにはノックをさせないで入室させることにしている。大した理由はない。表立っての理由は護衛上の必要性から、と発表しているが、必ずしも事実ではなかった。それが保護者としての親心なのか、それとも甘やかしなのかは判然としない。ただ、この少女に対して厳しい礼儀作法を仕込むことが意味のない様な気分に陥っていることだけは確かだった。
「グミが来た。」
短く、アクはそう答えた。さて、グミと言う名はどこかで聞いたことがあるな、とカイトは記憶のページをめくってゆく。最近も会った気がするが、一体誰だったろうか、と思考していると、アクが補足するようにもう一度口を開いた。
「緑の国の魔術師。」
その言葉に、成程とばかりにカイトは一つ頷いた。遊覧会の席で一度挨拶に来ていた、ミク女王よりも濃い緑の髪を持つミディアムヘアの少女の画像を脳裏に思い浮かべてから、一体何事だろうか、と考えた。
「用件は何だ?」
「急ぎ、と言っている。」
急ぎか。少なくとも、遊覧会の場で結局聞きそびれたミク女王の返答ではないだろうな、と自嘲気味に口元を緩めたカイトはそのまま立ち上がり、アクに向かってこう言った。
「アク、グミ殿を謁見室へお通ししろ。お前も同席していいぞ。」
避暑の為に着用している薄手のシャツの襟をもう一度整えながら、カイトはアクに向かってそう言った。その言葉にアクは一つ頷くと、静かに退出して行った。
カイト王は素直に面会をして頂けるだろうか。
所定の手続きを済ませて、カイト王の謁見を待ちながら、グミは思わずその様なことを考えた。今グミが待たされているところは青の国の王宮の一階、中央玄関の脇にある来客用の待合室であった。青の国らしく、殺風景な石壁に覆われただけのその部屋の装飾品は来客が腰かけることが出来る機能を持つだけの、木製の丸椅子だけ。その丸椅子がおよそ十個、これで終いである。それだけではなく、待合室の入口には二名の屈強な兵士が長槍を片手に厳重な警備を敷いていた。あくまで軍事優先の国家であることはその二人の様子からも、そして王宮内に満ちている緊迫した雰囲気からも感じ取ることができる。
カイト王はミク女王の返答だと誤認されて面会を受けるのだろうか、とも考えてみる。ある意味では返答には変わらないが、重たい条件付きだ。ミルドガルド大陸最大の版図と人口を持つ黄の国との開戦を決意させることが果たして可能かどうか。こればかりは話してみなければ分からないが、それでもカイト王にとってミク女王との婚約は十分すぎる条件のはず。まるで身売りする遊女の様な立場だと自らを嘲笑いたくもなるが、それ以外に緑の国が救われる方法が無いのならばそれも運命と受け入れざるを得ないのかもしれない。なにより、主であるミク女王がカイト王との政略結婚を覚悟した以上、臣下の私が全力を尽くさなくてどうする、と自らを叱咤するようにそう考えたグミは、今一度姿勢を正してカイト王の謁見の許可を待つことにした。待合室には他に人間はいない。静かに、耳が痛くなる程度の静寂の中で、グミはもう一度深い呼吸を行った。アクが待合室に入室してきたのはその直後のことである。惜しげもなく放つ殺気は否が応でも彼女の存在を際立たせる。グミは背中から冷や汗をかくような感覚を覚えながら、何事かとアクの不気味に幼い瞳を見つめ返した。
「来て。」
一つ瞬きしたアクは、そう言うと踵を返し、待合室から退出していった。尺は二メートル近くあるのではないかという、アクの体つきからすれば明らかに長い剣の鞘がグミの視界を横切る。どうやら自分を呼んでいるらしいことに気が付くのに数瞬の時が必要だった。他に人間がいないのだから、私以外を呼ぶ訳が無いかと考えた後にグミは慌てて立ち上がり、アクの背中に向かって小走りで歩いて行った。アクはグミが付いて来ているかを確認するように一度だけ振り返ると、すぐに視線を前方に移して王宮の一階奥へと歩いてゆく。その先に見えるのは直線状の階段であった。無言のまま二階へと進むアクの後ろから、グミも階段に足を掛ける。二階で折り返して上昇する階段は三階の謁見室へと続いている。迷いも見せずに歩き続けるアクは三階に辿り着くと、一際大きな扉がアクとグミを迎え入れた。ここが謁見室だろう、とグミが推測を立てると、謁見室の扉を二名の兵士が仰々しく両開きに開いた。待合室と同じく、殺風景な謁見室であった。華美な装飾など微塵にも存在しない。代わりに壁際に立ち並ぶ武具と防具が目に入り、グミは僅かに眉を潜めた。その謁見室の一番奥、これまた簡素な玉座に着席する優男の姿を確認して、グミは神経に緊張が走ったことを自覚した。懐に納めているミク女王の親書をすぐに出せるようにと服の上から撫でると、アクが先行して謁見室に入室する。その後ろを、グミも胸を張って歩く。小国とはいえ、緑の国は青の国の属国ではない。国際法上は同等の立場にある以上、必要以上に媚びることはないと考えたのである。そのアクは真っ直ぐにカイト王の元へと歩いてゆき、そして傍に控えた。成程、優秀な護衛ね、と考えたグミは謁見室の中央で膝をつき、頭を垂れる。申し訳程度に敷かれた薄いカーペットに膝を立てると固い床の感触が襲ってくる。居心地がよい場所ではないわ、と考えながら、グミは早速とばかりに言葉を紡ぐことにした。
「ご機嫌麗しゅうございます、カイト王。平素よりカイト王のご威光賜り、誠に恐縮でございます。」
作法通りの挨拶をしたグミに向かって、カイト王は拍子抜けするほどの軽い調子でこう答えた。
「堅苦しい挨拶は無しにしよう、グミ殿。それで、急ぎの用件とは何かな。」
素なのか、それとも計算しての態度だろうか。そう考えながらもグミは懐から親書を取り出し、面を上げてカイト王の青みのある黒眼を真っ直ぐに見つめながらこう言った。
「現在、緑の国は黄の国総勢三万により攻撃を受けております。カイト王には緑の国への旧援軍をお願いしたく、こうして参りました。こちらがミク女王の親書となります。」
グミがそう言うと、カイト王は不審そうに眉を潜め、そしてアクに向かって視線を送った。その行動に反応するようにアクは相変わらず無表情のままでカイト王の傍から歩き出し、グミの元までやって来ると、無造作に親書を掴み取った。その態度にグミは微かに苛立ったが、声を上げて非難することは抑える。アクはそのグミの様子に気付く風も無く、再びカイト王の元へと戻ると、まるでお使いを終えた幼女の様にカイトに向かって親書を突きだした。その親書を何も言わずに受け取ったカイト王は丁寧に封を解き、そして中身を確認する。冷静な表情で読み進めてゆくカイト王の表情が変化したのはそれから二分ほどが経過した時であった。グミの言葉に誤りが無いことを認識したらしい。そして、何かを面白がるように僅かに口元を緩めたまま、カイト王はこう述べた。
「条件について確認したい。」
「記載のある通りでございますわ。」
極力、落ち着いて。ともすれば飛び出しそうになっている言葉を飲み込むように、グミはカイト王に向かってそう言った。
「成程、ようやくミク女王から良いお返事を頂けるようだね。ならばすぐに出立の準備をしよう。アク、オズイン将軍に伝言を頼む。今日の午後には緑の国へと進軍すると伝えてくれ。」
焦りの一つでも見せるかと思ったカイト王が妙に落ち着いていることに対して、グミは言いようのない焦燥感を覚えた。それを訊ねるべきなのかを考えたが、何しろ相手は一国の王。一人の女性の為に取り乱すことを抑えているだけだろう、と苦い薬を無理に飲み込むように自身を納得させたグミは丁寧に立ち上がるとカイト王に一礼をして、謁見室から退出することにした。進軍準備が終わるまで、僅かの間だけでも身体を休める必要があることはグミ自身が一番痛感していたことであったからだ。
だが、謁見室を退出し、グミの背後で両開きの扉が再び閉じられた時、グミは最悪の想像を無意識に行ってしまった。夏は過ぎたとはいえ、まだ暑い日が残る時期にも関わらず悪寒に襲われたグミは、誰にも聞こえない程度に小さく呟いた。
カイト王は、ミク女王を本当に愛しているの?
それは、背筋が凍るような恐ろしい想像であった。
ハルジオン32 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第三十二弾です!」
満「まず初めに漢字の読み方。文中に『嘲笑いたくもなるが』という感じが出てくるが、これは『あざわらいたくもなるが』と読む。」
みのり「本当はふりがなを入れたかったのだけど、どうやって入れるか分からないからここで書きました!」
満「まあそれはさておき、腹黒カイト再登場だ。」
みのり「ラストのグミの一言は余計じゃ・・。」
満「ここまできたら単純な勧善懲悪の作品にはしたくないという、妙な意地みたいなものがレイジにあってな。結構ドロドロしてくると思う。」
みのり「人間臭さ?」
満「そうだな。」
みのり「でも、本当のカイトはミクの事をどう考えているのかしら?」
満「ちょっとねじれた感情なんじゃないか?」
みのり「ねじれたって・・。」
満「世の中の男女の全てが俺達みたいに仲がいい訳じゃないってことさ。」
みのり「やだ、満、あたしのことが大好きなんて・・。」
満「おい、そんなこと言ってないだろ!」
みのり「嫌いなの?」
満「ば、馬鹿、上目づかいで見るな。そんな子犬みたいな瞳で見るな。」
みのり「どっち?」
満「そ、そりゃ、す、す・・」
みのり「す?」
扉:ガラガラっ!
藤田「うぃーす!WAWA○A忘れ物~。のうわっ!」
満「な、なんだ!藤田!」
藤田「どうも、藤田です。一応『小説版 コンビニ』の主人公やってました。」
満「そうじゃなく!」
藤田「元ネタ通りだよ~。『涼○ハルヒの憂鬱』の谷○だろ。」
みのり「・・面白い人・・。」
満「みのりも長○の真似しなくていい!」
みのり「だって中の人と下の名前一緒だし☆」
満「それだけだろ。で、藤田、何しに来た!」
藤田「ストッパー役で急遽登板さ。お前ら二人が暴走したら止めに入ることにした。」
満「よ、余計なことを・・。」
藤田「だってそうしないと話終わらないだろ?ということで突然の乱入すんません。それでは次回お会いしましょう!」
みのり「あ、それあたしのセリフ!!」
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