第三章 東京 パート4
「今、レンは何処にいるの?」
暫くしてからリーンから受け取ったハンカチで涙を拭き終えたリンは、一つ深呼吸をするとようやく落ち着きを取り戻した様子で寺本に向かってそう言った。レンがこの世界にいる。あたしはレンにもう一度逢える。そう考えただけで心臓が飛び跳ねそうなくらい高鳴っていることが分かる。自身の鼓動を少しでも抑えるように胸に両手を重ねたリンに向かって、寺本は落ち着いた口調でこう言った。
「あいつは今札幌という場所いる。ここからだと相当遠いけれど。」
「何処へでも行くわ。」
リンは力強くそう言った。実際にリンには札幌という場所が何処にあるのか見当も付かなかったが、もう少しでレンに逢えるなら、どんな遠いところでも構わない。リンはそう考え、続けてこう言った。
「どうやっていくの?馬、それとも徒歩かしら。」
その言葉に不可思議そうに瞳を瞬きさせたのは寺本であった。そして苦笑しながらこう告げる。
「馬とか徒歩では到底行けないな。飛行機に乗らないと。」
「ひこーき?」
寺本の言葉に対して、リンは理解できないと言った様子でそう呟いた。それに対して、リーンが寺本の言葉を補足する。
「空を飛ぶ機械のことよ、リーン。」
「空を飛ぶですって?」
信じられない、と言いたげに語気を強めたリンに対して、寺本が呆れた様子でこう言った。
「飛行機も知らないのか。」
「仕方ないわ。」
答えたのはリーンである。そして、言葉を続ける。
「どうやらこの世界の科学技術は、あたしの時代とほぼ変わらないみたいだし。二百年前の寺本さんの世界に飛行機があったのかしら?」
「なるほど、確かに存在しなかったな。」
寺本はリーンに対して得心したように頷くと、続いてリンに向かってこう言った。
「とにかく、乗ってみたら分かるさ。本当に空を飛ぶから。」
リンはそれでも納得できないと言いたげに軽く首を横に振ったが、諦めた様子でこう答えた。
「なんだか、不思議な世界ね。」
それはそうだろう、と寺本はなんとなく考えた。江戸時代後期から明治期の人間が飛行機と耳にしてもピンと来ないに決まっている。寺本がそう考えていると、リンが無理矢理に自らを納得させるかのようにこう言った。
「よく分からないけれど、何でもいいわ。レンに逢えるなら。」
「分かった。」
寺本が、肩をすくめながらそう答える。
「で、出発はいつなの?」
急かすようにリンはそう言った。急ぎたい気持ちは分かるが、札幌まですぐにいける訳もない。ただでさえ繁忙期だからな、と寺本は考えた。だが、いずれにせよこの二人を札幌に連れて行くのは俺の役目なのだろう。もう三年前に鏡と約束したのだから。鏡にとって大切な人間を連れてくると。とりあえずは鏡に一報を入れるか、と寺本は考え、リンとリーンに向かってこう言った。
「一度鏡に電話してくる。少し待っていてくれ。」
電話をするには一度外へ出なければならない。音楽練習室は電波状況が極端に悪いのである。そう考えて寺本が音楽練習室から退出したとき、リンは電話とは何かとリーンに訊ね、一方沼田は今日の練習は中止だな、とばかりに諦めたような溜息を漏らした。
相変わらず暑いな。
音楽練習室のクーラーの恩恵がなくなった瞬間に汗が噴き出してくる。地球温暖化も極まったな、と寺本は考えながら愛用のスマートフォンを胸ポケットの中から取り出した。履歴を見れば恋人である渋谷みのりとの通話ばかりだということが一目瞭然であった。そういえば、鏡と最後に会ったのは去年の年末だったな、ということを寺本は思い出しながら鏡の連絡先を見つけ出すと、寺本は早速とばかりに液晶画面に表示されている電話番号をタップした。右耳から流れるコール音が数回、その後に唐突に懐かしい声が寺本の耳に届いた。
「お久しぶりですね、寺本君。」
「ああ。元気か?」
「ええ。変わらずに。どうしましたか?」
相変わらず丁寧な口調だな、と寺本は考えた。さて、どう伝えようか、と寺本は僅かに思考したが、こいつはたいして驚きもしないだろう。何しろ、昔からこの事態が起こることが分かっていた様にしか思えないのだから。寺本はそう判断し、努めて冷静な口調で鏡に向かってこう言った。
「来たぞ。お前によく似た女の子が、二人。」
寺本がそう告げると、電話口で僅かに息を飲む音が寺本の耳に届いた。鏡にしては珍しい反応だな、と考えていると、一度呼吸をしたようなブレスの音が響き、そして鏡がこう告げた。
「お手数ですが、寺本君。」
「分かっているさ。札幌に連れて行けばいいのだろう?」
「感謝します。」
「約束だからな。連れて行くと。」
「では、お願い致します。」
安堵するような鏡の声を耳に収めながら、寺本はこの三年間抱え続けていた疑問をこの場で訊ねてもいいのだろうか、と考えた。一体、こいつが何者なのか。鏡は本当に地球人なのだろうか。そう考えながら、寺本は口を開いた。
「お前も、ミルドガルドとか言う世界の関係者なのか?」
その言葉に、鏡は暫くの間沈黙を寄越した。寺本もまた、言葉を虚空に置いて鏡の返答を待つ。そして、鏡は観念したかのように口を開いた。
「今、リンと、そしてリンにそっくりな女の子がいるのでしょう?」
「ああ。リンと、リーンと名乗った。」
「僕は。」
それでも躊躇う様に鏡は一つ呼吸を置いた。だが、言葉の奔流は止まらない。続けて、緊迫するような声で鏡はこう告げた。
「僕は、リンの兄で、そして召使でした。ミルドガルド、黄の国という国で、リンはその国の最後の女王でした。」
「お前も、異世界人だったのか?」
「隠していて、申し訳ありません。ただ、到底信じて貰えないと思って。」
寺本の問いに対して、鏡は神妙な口調でそう答えた。
「そうか。」
適切な判断だろうな、と寺本は考えた。あの時、高校生だった俺が鏡の今の言葉をまともに受け入れることができただろうか。リンとリーンという実例を目の当たりにして、俺はようやく鏡の存在について納得し始めているというのに。そう考えながら、寺本は鏡に向かって言葉を続けた。
「鏡はどうやってこの世界に来た?リンとリーンが言っていた、迷いの森とやらを越えてきたのか?」
「それは、分かりません。僕の場合は、気が付いたときにはこの場所にいましたから。」
他にも異世界を繋ぐ道があるというのだろうか。寺本は訝しく考えながら、鏡に向かってこう訊ねた。
「鏡たち以外にも、地球にやってきた異世界人がいるのか?」
「それも分かりません。おそらく、僕達だけでしょう。」
「そうか。」
或いはそこら中にミルドガルドとやらの世界の関係者がいるのではないかと疑った寺本はそれで多少は安心したようにそう答えると、続けてこう言った。
「数日中に札幌に戻る予定だが、いつでもいいか?」
「構いません。」
「分かった。日程が決まり次第もう一度連絡する。」
「恐れ入ります。」
その段階で寺本は鏡との通話が途絶えた。不通を表す電子音が響いたことを確認してから寺本はスマートフォンの液晶画面をぼんやりと眺めた。当初の予定では三日後に札幌に戻る予定だったが、もう少し早いほうがいいだろうか。この時期の航空機に空席があるとは到底思えないけれど、と寺本は考えながらスマートフォンのタッチパネルを操作してインターネットサイトへと侵入する。航空券販売のサイトを確認すると、予想通り明日は全て満席。だが、明後日なら何便か空席があることを確認した寺本は、すばやく三人分の座席をスマートフォンから予約を入れた。となると次の問題があるな、と寺本は考えた。
リンとリーンを、それまでの間何処に泊めればいいのだろうか。
小説版 South North Story 44
みのり「第四十四弾です!」
満「お待たせしました。」
みのり「鏡君がミルドガルド人だなんて・・。」
満「まぁ、変な奴とは思っていたけど。」
みのり「ということで、あたし達と鏡君のお話は過去にレイジさんが書いた作品、『小説版Re:present』をご覧ください!」
満「何度も言っていたけど、リンクを貼っていなかった。」
みのり「ごめんね^^:リンクは一番下に貼っておくので、ぜひぜひご覧ください♪」
満「と、宣伝も終わったところで。」
みのり「今週の投稿はここまでです☆また、来週よろしくね!」
『小説版 Re:present』はこちら
http://piapro.jp/content/hsqckrluajrahtji
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