【小説化】神の名前に堕ちる者 2.痛みを問う者

投稿日:2019/08/20 00:38:10 | 文字数:1,834文字 | 閲覧数:6 | カテゴリ:小説

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ニコニコ動画に投稿された楽曲「神の名前に堕ちる者」に感動し、小説化したものです。随時更新していきます。お口に合えば幸いです。

原曲様 → https://www.nicovideo.jp/watch/nm10476697

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TEXT
 

 天を突くのではないか。そう思えるほどの巨木があった。

 少女を追い、石の洞穴を抜けて開けた空間に出ると、目に付いたのは大人が両腕を回しても到底届かないであろう太い幹。その幹に隠されるように、来た道と似たような洞穴が見えるが、道の先は黒々として見通せない。

 大樹の傍の岩肌からは水が染み出ており、澄んだ音を立てていた。長い年月で削れた石の窪みに溜まった水は、溢れ、伝い落ちて固い地面をしっとりと濡らしている。

 大樹の周りに生えた花は、苔の放つ仄かな光を集めた瑠璃色。大木の頭上には穴が空いているようで、滴り落ちる雨粒を、遥か上空に茂る巨木の葉が受け止めていた。

 少女は大樹を背に私を待っている。ようやくといった体で少女の前まで歩を進めた私は、そこで力が抜け、くずおれるように座り込んだ。

 見下ろす瞳と見上げる瞳が交わって、そのままいくばくか。

 彼女は何者なのだろうか?

 少女の気配は人のそれとは似ても似つかない。人の持つ俗な望みを感じさせず、かといって存在が薄い訳でもない。泰然とした在りようは、自然の一部のよう、と言って差し支えなかった。
 もしや、と頭をよぎる近く遠い名前。

「あなたの、名は……?」

 私ごときが一部を借りている、その真名とは?

 震える唇が問いを零した。少女はゆるゆると首を振り、艶やかな髪が波打つ。

 私の言葉に答えられないのか。自分は神ではないと言っているのか。あるいは、名など無いということなのか。理由は分からない。だが、少女に答えを返す気がないのは明らかだった。

 そうだ。私の問いに応えてくれる者はもう、いない。

 努めて考えないようにしていた事実を、鋭利な刃の切っ先を、喉元に突きつけられたようだった。
 弱き者の剣たれ。そう在ろうとした彼は、欲深き者の前に膝を突いた。
 彼は今、どうしているだろうか。無事でいて欲しいが、希望の光はあまりにか細い。
 たとえ私が贖い切れぬほど罪深いとしても、彼に如何なる罪があるというのか。
 強者に屈し、僅かな恵みをも搾り取られる弱者にも、何の罪があろうか。
 それとも、弱きことそのものが罪なのか?

 明朗たる答えを、人は持たぬだろう。なれば、と、私は問わずにいられなかった。私は静かに口を開く。

「神よ、私は問おう」

 全てを知るというあなたに。

「等しく幸福は下りますか」

 その瞳に映る私自身に。

「神よ、本当にその大いなる愛を」

 込み上げる想いを音に乗せ、私は問う。

「生きるもの全てに等しく与えているのか」

 富めるものと貧しきものの溝は広がるばかり。
 張り裂けそうな胸の内を、叩き付けるように叫ぶ。

「迷える人は……っ!」

 信ずる者全てが救われるなどと、在るはずのない幻想だ。
 喉がくっ、と引きつった。己が発する問いに身を切り裂かれながら、それでもなお、私は心を茨で締め付ける。

「信じれば、良いのか……」

 掠れた声で搾り出し、震えるほどに強く、己が胸の中心を握り締める。少女は黙して語らず、私の不条理な糾弾と慟哭全てを受け止めた。

 頭を垂れ、睫毛を伏せる私の頬を一粒の雫が伝う。とうに枯れ果てた。そう思っていた最後の一滴が、湿った床に落ちて小さな飛沫を上げる。

 気付けば、少女の足先は視界から消えていた。さわり、と草花が揺れる気配。水が跳ねる軽い音色。近付いてくるのは濃厚な湧水の匂い。

 鼻先に漂う澄んだ香りに顎を持ち上げれば、両の掌を器に、清水を差し出す少女がいた。促すかのように、ひたと見つめられ、私は鉛の塊のような腕を持ち上げる。汚れた両手を受け皿に、冷水が流れ落ちた。

 透き通った流水は渦を巻いて土と混じり、たちまちに濁った生水に変わる。間近に見た変貌は、私の手が罪に塗れていると暗に示しているようだった。

 少女は口を開かない。試すように、私を見守っている。

 どうしろというのか。湧き出た疑問は、外に出る前に霧となって散った。

 もう、問うことにさえ疲れてしまった。いっそこの水で喉を潰してしまえば、どれほど楽になれるだろう?

 乾いた唇に手元を引き寄せ、杯を呷る。舌の上を滑り、体中に染み渡っていく寒々しい感覚。歪な水瓶に溜まる水を飲み干し、私は己の身体をそっと抱きしめる。

 背筋が震えた。飢える心に沁み込んだ神の恵みは、どうしようもなく、痛いほどに冷たかった。

(プロフィールはありません)

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