そいつがやって来たのは、真夏だというのに酷く寒い日のことだった。
ブルーデイズ
どんな町にでも一軒はあるだろう薄ボケて寂れた木造アパート。
築何年だか分からないそこは、近所の住人からは「おばけアパート」の愛称で親しまれていた。
「こんなとこ人間の住むとこじゃねーよ」というある種の蔑称も込めて。
そして実は、そんな近所の住人どもが奇異の目で見つめるボロアパートに、この俺は住んじゃっていたりする。
アパートを正面に見た二階左手の角部屋。それが、今俺が住んでいる部屋だった。
カンカンカン。昔は美しい銀の色に輝いていたであろう鉄のタラップを靴底で踏みつけ、ニ階へと上がっていく。
今日も今日とて、俺は疲れていた。
――当然だ。あの鬼店長に散々こき使われているのだから。
錆付き、赤茶けてしまった
俺の脳裏に覚えのある茶色い髪が思い浮かんだ。そして底意地悪い笑みを浮かべこう言うのだ。
――××君。キミこんなことも出来ないの?
あの厭味ったらしい口調を思い出して、忘れていた怒りが腹の底から沸々と煮立ってくる。
けれど。
「ああ、止めだ止めだ」
アイツを思い出すだけ時間が惜しい。そんなことをするぐらいなら寝る方がはるかに経済的だ。
そんなムダ思考を振りまきつつ一段、また一段と登って行く。
すでに酷使され続けた太ももに、たかが1、2メートルと言えどこの階段はキツイ。
何も入っていない空っぽのバックを抱え、軽く息を切らしながら登り終えればそこには見慣れぬ箱。
誰かに宅急便でも来ているのだろうか。
首を傾げる。
にしても大きな箱だ。段ボールで出来たそれは大の男でもゆうに入りこめてしまえそうなサイズだった。
「お隣さん……冷蔵庫でも新しく買ったんかな」
疑問の答えでも探すように、目の前の段ボールからその右手にあるお隣さんちへと視線を滑らせた。
「にしても、でっかい箱」
このご時世に結構なことだ。俺なんか昼飯のおにぎり代にも困っているのに。
なんだか腹が立ったので、一階に停めてあるこいつの自転車に後で空き缶でも入れといてやろうと心に決めた。
心の狭い奴だと罵るがいい。
俺には譲れない、確固たる信念があるのだ。
それは、
「完全なる逆恨みだ」
だが、やると決めたからには俺はやる男だぜ。
手始めに段ボールに落書きしてやろう。
その瞬間を想像して思わずほくそ笑んだ。
だって俺、アイツ嫌いだし。
前々からいけすかなかったんだよあの男。事あるごとに実家がどれだけ金持ちか自慢してきやがって。
挙句の果てには「こんなところにすんでいる君たちが可哀想だよ」だって? テメェも今一緒に住んでやがるだろうが。
嗚呼、思い出すだけでまた忘れていた怒りがぶりかえしてきた。
なんて、隣人に対する恨みつらみを心中で吐き出しながら歩いていると、
「~~――っっ!」
前へ蹴り出した右足が思いっきり、件の段ボールへぶつかった。
何これ、何かの天罰?
ごめんなさい。お隣さんいじめようとか思ってごめんなさい。
あまりの痛みに涙目でしゃがみ込み、ジンジンと疼くような痛みを訴える右足を抱えた。と、その瞬間。
「ちょっ!」
ありえない光景を目の前にして、思わず目を見開いた。
目の前に置かれていた薄茶色の箱。
その大きな箱が、なんとその巨体を後方へと傾けていたのだ。
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