季節はもう移ろい、映画の撮影も始まっていた。
主題歌と劇中歌を、来年の映画公開に合わせて発売することになっている。
曲も歌詞も出来ていたけれど、まだ収録はしていない。
あたしが収録時期を先延ばしにした。
レンの声変わりのことがあるからだ。来年も同じ声だとは限らない。声が変わったのは分かるのだが、これが声変わりの前兆なのか、途中なのか、終わってこの高さなのか、よく分からない。
不良の少年が、姉のような年上の女性に心を開き、徐々に心を通わせていくというストーリー。あまりにも似合いすぎていて、あたしの入る幕なんてどこにもなかった。
微笑ましい家族愛のように見えるが、過激な恋愛表現もある作品。
「分かんねぇ……」
撮影から帰ってきたレンは、あたしの部屋に来るなり、そう言って勝手にベッドに倒れ込んだ。
レンの方からあたしの部屋に来るのは珍しい。
「なにが?」
「色々……」
明日の撮影のことで悩んでいるらしい。最近はあたしもソロでの活動があって、撮影にはほとんど関わっていなかった。
台本を見せられて、あたしは息を呑む。
キスシーンくらいあるとは思っていたけれど、なかなかハードな要求だった。撮影以外でキスなんてしたことのないレンには、きっと無理だろう。
「どうやんの?」
「知るわけないでしょ! カイト兄かメイコ姉に訊きなよ!」
真っ先にあたしを頼ってくれたことは、ものすごく嬉しい。でも、あたしは、レン以上に幼稚なキスしかしたことがない。
年上の男との恋愛――例のロリコン扱いされたやつ――の中で、それなりにディープなのもあったけれど、やり方なんて知るわけない。
っていうか、本当にやらなきゃ駄目なのか? あの監督、十四歳相手に、リアリティー追及するにも程があるのでは?
「恥ずかしくて訊けねぇよ。ルカ姉は長台詞覚えるので精いっぱいみたいだし……」
「なんであたしは恥ずかしくないのよ」
「何を今さら」
じゃああたしで練習してみる? そんなこと、とても言えないけれど。
「もういいや、ぶっつけで」
「おい」
レンは何やら勝手に納得したようで、立ち上がって伸びをした。
「……あたしが代わろうか?」
ふと、あたしはレンに言った。レンは驚いたような顔でこっちを見ている。
「あたしが代わりに撮ろうか、そのシーン」
今回の映画も、あたしは主演からはずされてしまったけれど、一応は鏡音リン・レン名義だった。グループ全員が通行人で出演するというファンサービスがあるのだ。
だとしたら、代役でも問題はないはずだ。監督が許すかどうかは分からないけれど、どうせ見分けはつかないのだから。喋らなければ。
「いや、無理だろ、顔アップはさすがに」
あたしの考えが分かったのかどうか、レンは平然と言いかえす。
「見える? 俺、少し喉仏出てきたと思わない?」
「全っ然見えないよ」
「そっか……じゃあ気のせいか」
まぁ、どちらにせよ、顔アップで代役は無理だから。
レンは、当然のようにそう言った。女装して雑誌の表紙を飾っておきながら。
「第一、お前の方が下手だろ」
「うー……そうかもしれないけど」
レンだって、彼女つくったこともないくせに。確かに、別学かもしれないけどさ、お互いに。
「それとも、そっちの趣味でも?」
「あるわけないでしょ!」
ルカ姉のことは嫌いじゃないけど、恋愛対象だなんて思ってないよ、さすがに。
でもあたし、明日の撮影、行くんだよ。見る勇気ないよ。
「へぇー……」
レンは、疑惑の目であたしを覗きこんだ。
「な、なによ」
ずいっと顔を近づけられて、あたしはどぎまぎする。
長い睫毛が触れそうなほどそばに、レンの蒼い瞳がある。癖っ毛があたしの額をさらさらと撫でた。
「無理だろ」
不意に顔をそむけ、レンは言った。
「この距離で緊張してるようじゃ、まず無理」
あたしは、かっと頭に血が上って、そばにあったクッションをレンの背中に思い切りぶつけた。
「レンの馬鹿!」
「はぁ!? なんでだよ!」
緊張するに決まってるでしょ、相手があんたなんだから! なんで、そんな簡単なことに気付かないのよ馬鹿!
「リンちゃん、なに暴れてるの?」
ふと扉が開いて、ミク姉が顔をのぞかせた。なんであたしだけ暴れてたことになってるかな。普段の行いってやつ?
「カイト兄が、そろそろご飯だって言ってたよ。あ、それから、レン君」
ミク姉は、愛らしい動作で、ちょこちょこと指先を動かしてレンを呼んだ。
首を傾げて部屋を出ていったレンは、二、三分経ってからあたしの部屋に戻ってきた。
「ミク姉、何だって?」
「いや、別に。ミク姉の次のシングルのバックコーラス出来るかって訊かれただけ」
「で、なんて答えたの?」
「鏡音のシングル発売と被らなきゃ大丈夫って」
あたしは、きょとんとして目を瞬く。
「なんか、出す予定あったっけ?」
「今決めた」
はぁ? なに考えてんのあんた。
確かにあたしたちはプロデューサーでもあるから、CDの発売も勝手に決めたり出来るけど、映画の撮影で忙しいこの時期に。しかも、ルカ姉とのデュエットを来年出すって分かってるのに、わざわざあたしとのデュエット?
「しばらく出してなかっただろ」
「そりゃそうだけど」
「撮影あるって言っても、映画一本だけだし。ドラマ何本も撮ってた時よりずっと暇だろ」
「そうかもしれないけど」
「なに? 出したくないのか?」
そりゃ、あたしも久しぶりにレンと仕事したいけど……あたしでいの? どうして?
「今出しとかないと、後悔するだろ。絶対」
その言葉で、理解した。レンは、いずれあたしと同じ音域を歌えなくなることを、気にしているのだ。
それは、あたしのためだろうか。それとも、レン自身が寂しいから? 後悔するのは、誰?
「……そうだね」
あたしは、どうしたいんだろう。
正直、いつまでも一緒に、同じ音を歌っていたいとは思わない。違う音しか出せなくなることを、望んでいる。そして、その時もまだ、自分の居場所がレンの隣にあることを望んでいる。
でも、それがとても難しいことだと分かっていて、だから、その時が来なければいいとも思っている。
どっちつかずの自分。
レンに思いをぶつけようにも、うまく言葉に出来ない。本当に自分が望んでいることを、レンに伝えられるとは思えない。そして、あたしと同じことをレンが望んでくれなかったら……それが、とても怖い。
恋愛なんてそんなものなのかもしれない。特別な悩みではないのかもしれない。
でも、今のあたしにはそれしかない。アイドルとして成功したけれど、そんなことはもはやどうでもよくなっている。贅沢だとは思うけれど、どうしようもない。
「ほら」
レンが不意に手を差し出して、あたしはその意味が分からずに目を瞬く。
「なに?」
「飯行くぞ」
早く、とせかされて、レンの手を取る。男にしては華奢な、でもあたしよりも骨ばった手。
それだけで、甘く苦い感情がわきあがった。
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