忘れもしないあの冬の日。なぜ僕は寝坊をしたんだろう…。思い出す度後悔の渦が僕を襲う。
あの日の前日、徹夜でレポートを仕上げていた。朝時計を見て驚いた。もう朝と呼べる時間ではない。焦って支度をして家を出る。レポート提出には余裕で間に合う。ただ…ミクが待っているかもしれない。正論としてはいつもの時間に現れなければ、彼女も学校があるし待ってなどいないはずだ。それなのに僕は走る足を止められなかった。
「ミク…?」
いつもの場所にいつものように立っている少女の姿に言葉がもれる。
「今日はずいぶんゆっくりだったんだね」
微笑むミク。てっきり怒鳴られるかと思った。
「ごめん…でもミク…学校は?」
ミクはいつも通りの制服姿。どう考えても授業中の時間だと思うのだが…。
「えーっと……サボった?」
しばらく悩んでからミクが答える。
「最後のはてなは何」
その答えについ笑ってしまう。高校生のサボりなんて笑い事じゃない気がするけど。
「あはは」
誤魔化すようにミクが笑う。そこまでして待たせてしまった罪悪感より、そこまでして待っていてくれた幸福感が勝っていた。
ぎゅっとミクを抱き寄せる。華奢な冷えた体。僕の手で暖めようとつい手に力が入る。ふと、このままこのか細い体を壊してしまう恐怖に襲われた。
力を緩めたその瞬間やっとミクの異変に気付いた。
「ミク?」
目の前の少女は苦しそうに肩を揺らしていた。
「ミク!?」
少し離れるとそのまま地面にしゃがみこむ。はぁはぁと初めて聴くミクの辛そうな声以外頭に入ってこない。
そんな中ミクが自分の首にかかっていた紐を手繰り寄せて、その先についたカードを差し出した。それを見て僕は目を疑った。そのカードには近くの病院の名前と電話番号。そして『ここに連絡してください。』という簡単なメッセージ。
「これって…」
呆然とカードを眺める。苦しそうなミクの咳で我にかえりその番号へ電話する。
「もしもし!今初音公園にいます!ミクが突然苦しみだして…」
「わかりました。すぐ行きます。」
しどろもどろの説明の中『ミク』と言った途端、素早い反応があった。携帯をポケットにしまい、効果があるのかわからないままミクの背中をさする。ふとカードを裏返してみる。そこには難しい病名らしきものと、いくつかの薬の名前が列記されていた。
…ここまできては認めざるをえなかった。彼女が病院に通っていた、もしくは病院からこの公園に通っていたということを。今僕が触れている体は脆く壊れてしまうのかもしれない。ただその恐怖だけが体を震わせていた。
「ミクちゃん!大丈夫?」
担架を持った看護士が三人近づいてくる。呆然と見ている僕をよそに手際よくミクを運ぶ。最後に三人目の看護士がちらりと僕を見て言った。
「あなたも来ますか?」
一度頷くと看護士は救急車に僕を招いてくれた。救急車の中でのことはほとんど覚えていない。病院につくとミクは集中治療室に連れて行かれ、ただ僕はその部屋の前のソファーで呆然とするしかなかった。
「カイトさん…ですか?」
俯いていた顔を上げると目の前にいたのは緑の髪の女性。
「ミクの母です。」
そう頭を下げられてはっとして立ち上がり深く礼をした。
「はっはじめまして!カイトです」
「頭を上げてください」
頭を上げると彼女はミクの入った部屋を見つめていた。
「ミクはこの中…ですね?」
「すいません…僕のせいで」
つい口から出た謝罪。それに答えるミクにそっくりなきょとんとした声。
「何故ですか?」
「何も知らずミクを連れ出して…どんなに責められても文句は言えません。」
病気を抱える娘を見ず知らずの男に連れ回されて、挙げ句の果てに倒れて病院に運ばれるなど母にとって許せるはずはない。…何よりミクを辛い目に合わせてしまった自分を僕自身が責めたかった。
「あなたを責めたところでミクは良くなりません。」
こちらを真っ直ぐみて女性は語った。
「ミクが毎朝あなたに会いに行っているのは知っていました。もちろん体には辛かったでしょう。…でも私はあの子を止めようとは思わなかった…」
女性の頬に一筋の涙が流れた。
「出掛けるあの子があまりに幸せそうで…」
そしてふっと微笑んで言った。
「もし…罪悪感があってそれを償いたいと思うなら、ミクのそばにいてあの子の望むことをしてあげてください。」
「…!」
もう言葉が出なかった。
怖かった。僕がそばにいることでまたミクを辛い目に合わせるのではないかと。冷たい手を握って脆いガラス細工のように壊してしまうのではないかと。
その時眠ったミクが運ばれてきた。看護士が何やらミクの母に説明している。…どうやら大丈夫らしい。ミクが…多分自分の病室に向かいまた2人になるとミクの母が口を開く。
「今日はもうお帰りください。ミクはもう大丈夫ですから。それと…良ければ明日309号室に来てください。そこにミクがいます。」
僕はただ歩き出す彼女の姿に頭を下げることしか出来なかった。
◆
「あー!カイト!」
次の日。病院の三階で聴こえたミクの声。いつも通りの笑顔を浮かべて、全速力で走ってくる。…車椅子で。
「ミク…!危なっ…」
「大丈夫!」
ミクは僕の前でぴたりと車椅子を止める。
「慣れてるんだから」
満面の笑み。元気そうな様子に安堵しながらも、『車椅子に慣れている』という言葉が心に刺さっていた。
「カイト!ついてきて!みんなに紹介したいの」
「ちょっと待った!」
また全速力で走り出しそうなミクを制止する。
「はい…手は膝の上」
昔老人ホームでボランティアをしたことがある。車椅子を押す時には車輪に手が触れていると危ない。
「押してくれるの?」
僕の言葉の意味がわかったらしく、素直に手を膝に置いて問いかける。
「あんなスピードで走られたら危なっかしくて見てられない」
ゆっくりと車椅子を進める。
「えー遅いー」
ミクの不満そうな声が時折聴こえるのは気にしない。
しばらくミクの指示で歩き回る。だいたいのすれ違う人にミクは声をかけられる。その度に「おばあちゃん今日調子良さそうだね!」とか「そろそろ退院でしょ?また怪我して帰ってこないでよー?」とか言葉を返す。ミクはずいぶんこの病院の人気者であり…かなり長い住人であることがわかった。
「ミク姉!」
前方から可愛らしい声。
「リンちゃん!」
声の主は車椅子に乗る金髪の少女らしい。互いの車椅子を近づける。少女の車椅子を押しているのは少女とそっくりな金髪に青い瞳の少年だった。
「ミク姉の彼氏が来てるって聞いて探しちゃったよー」
「探さなくても私から行ったのにー」
なにやら2人で楽しそうだ。金髪の少女がはっとして顔を上げる。
「初めまして!ミク姉の友達のリンです!よろしくね、カイトさん♪」
満面の笑みでこちらを見るリンちゃん。だがその青い瞳はどこか遠くを眺めているように見えた。
「うん、よろしく…って何で僕の名前を?」
当然の疑問を口にするとリンちゃんは悪戯を思いついた子供のようにニタッと笑う。
「だってーミク姉いつも言ってるもん」
「もーリンちゃん言わないでよ」
女性陣が楽しく言い合っているのでふと顔を上げると彼も同じ心境だったのかリンちゃんと良く似た少年と目が合う。
「初めましてカイトさん。僕はレン。リンの双子の弟です。」
しっかりしているなぁ…とつい感心してしまった。…ミクは最初からタメ口だったのに。
「よろしく、レン君」
そんなことを言っている間も言い合いは続いていた。
「リンちゃんにはレン君がいるじゃん」
「レンは弟だもん」
…なんの話だかさっぱりだ。
「リーン。そろそろ戻るよ」
「えーもう?」
たまらずレン君が声をかけてやっと会話が止まった。
「また明日喋れるだろ?」
「うん…」
リンちゃんの表情が一気に暗くなる。…あれ、こんな顔を前にもみたような…?
「また明日…な?」
レン君が再度強調してやっと「そうだね」と頷いた。
「カイトさん!明日も来る?」
「え?あぁ…うん、来るよ」
突然話がこちらに来て、驚きつつ返す。
「やった♪じゃあミク姉、カイトさん、また明日ね」
レン君が車椅子を回転させ、振り向いて軽く礼をしてからおそらくリンちゃんの病院へ帰っていった。
「さて…私も部屋に戻んなきゃ」
ミクの声で僕も歩き出す。
部屋に戻りミクをベッドに横にする。
「リンちゃんと仲良しなんだね」
先ほどの微笑ましい会話を思い出す。やっぱり女の子はお喋りが好きだなぁ…。
「仲良いよ!…だって小さい時からここで一緒だもん」
ミクが少し目をふせる。
「リンちゃんはね…生まれつき目が見えないの。最近は足もあまり自由に動かないみたい」
現実に引き戻されるようだった。元気にお喋りする少女達の姿に忘れていたが…
「『ここ』はそういうところなの」
悲しげに笑顔をつくるミク。さっきのリンちゃんのように悲しげで、…前にも見た『作った』笑顔だった。
「でもね、私は『明日』を信じてる。明日もカイトに会えるって信じてる。…だから明日も会いにきて?」
懇願するようなミクの瞳。そっといつものツインテールを撫でる。
「もちろん…また明日、ミク」
「うん、カイト」
挨拶を交わすとミクは眠りについた。
-明日も明後日もきみに会いに行くと決めたんだ。それをきみが望むなら。か弱いきみへの僕のわがまま-
キミの手 ~KAITO side~ 2/3
自作歌詞http://piapro.jp/t/xamFの小説版です。
鏡音大好きです><
1/3はこちら→http://piapro.jp/t/GD7c
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