「『ボカロ……マスター』……!?」
唖然とした表情で、グミがそのスキルの名を繰り返す。
『6人のVOCALOIDの能力を全て扱える』。それだけでハクの能力の凄まじさを物語ることができる。
「それじゃあ何!?ハクさんは、メイコさんの『メイコバースト』も、ミクちゃんの『Append』も……ルカちゃんの『心透視』や『サイコ・サウンド』すらも……全部使えるっていうの!?」
「ええ、そうよ。あんただって見たでしょう?さっきの攻撃の数々を」
無言でうなずくグミ。確かに彼女もこの目で見た―――――彼女がこの町に居ついてから丸1年、幾度となく近くで見てきた仲間たちの技を、全てハクが生み出した幻影が使っているのを。
『……こいつは、流石の吾輩も驚かされたな』
不意にロシアンが呟いた。よく見るとその眼には驚愕の色がありありと映っている。もしもロシアンが顔に汗腺を持っていたならば、間違いなく冷や汗を垂らしていたことだろう。
『アレは……立体映像か?しかも浮遊する超小型の立体映像投影装置を『核』としている。それでいて立体映像が放つ音波は、ハク自身が『命令』という形で発しているのか?……ふむ、AIも積んでいるのか!成程、これにより命令を送るだけで立体映像をある程度自律的に活動させることができ、同時に能力の使い分けによる処理をほぼ全て『核』に任せることができているわけか……ははっ、こいつは面白いな!今までの貴様らの能力の中でも1,2を争う面白さだ!』
「……あんたの読みの鋭さの方が面白いけどね、わたしゃ」
ロシアンの推測はほぼ当たっていた。
本来ハクはこの能力を自らの体で行使することもできる―――――が、起動している間、ハクは音波を制御するためのプログラムが組み込まれた魔法陣を描くため、その場を動くことができない。
そこでハーデス・ヴェノムが音波術の考案者である鈴橋喬二とロボット工学の権威であったワタナベ・アンドリュー・トルストイに相談して作り上げたのが、ハク専用3D映像投影装置『V-Wing』。
VOCALOID6人のそれぞれと同じバイオメタルで構成され、超小型の簡易AIと、吸い上げた空気を圧縮して噴き出すタイプの飛行装置、そしてハクの『命令』―――行使する音波を受けて、対応する音波術を放つ模倣システムを携えたこの『V-Wing』により、ハクの能力が及ぶ範囲は格段に広がる。
何よりハク自身が『VOCALOID』を使役することを強く意識することで、より強く音波術を思い描き、それを行使することができる――――――――――
「3人の天才が総力を結集した結果、あの子の能力は果てしない万能性を手に入れたのよ」
「ふえええ……凄い……」
その余りのチートっぷりに、グミは最早開いた口が塞がらない。
だがそこで―――――メイコの表情に少し影が差した。
「……でもあの子は、この能力を私達の前で使うことをひどく嫌っていてね」
「え……」
メイコがハクに目をやった。ハクの顔には覚悟と決意が満ち溢れているが、それに伴ってどこか悲痛な、哀しそうなものが見え隠れしている。
「……あの能力の最大の特徴はね」
「私達が新たに手に入れた技能や能力を、『自動的に』自分の能力に組み込んでしまうこと」
「……自動的に?……それってまさか!」
どうやら気づいたようだ―――――ハクの能力が、卑怯と揶揄された『真の意味』に。
「……あの子、ハーデス博士やネルと一緒に行った戦闘訓練以外で、能力を使ったことも……いえ、それどころか戦ったことすらなかったの。当時のハクは、当然潜在音波なんて使えなかったし、リンとレンの立体映像だって出すことができなかったわ。……でもね」
ふと、今にも引きずり降ろされそうになっている空中戦艦を見上げたメイコ。だがその眼は戦艦を見つめるのではなく、その内部で脱出を図ろうとしているルカ達を見つめるかのように遠くを見ていた。
「……ハクには『自動インストール機能』がついていた。私達のスペックに何かしらの変化があれば、それを自動的に受信、インストールすることに寄り、自らの力をパワーアップさせていく……。……自分があまりにも卑劣で、能力を行使するのが果てしなく嫌だったんでしょうね。だって―――――」
「私達が鍛錬を重ねて鍛え上げた音波術も」
「その音波術を活かすべく会得した技術も」
「血反吐を吐き、その身を砕き、時には命さえ落としかけながらも手に入れた潜在音波も」
「その苦しみを分かち合うことすらしていない自分が、勝手にすべて手に入れてしまっていたんですもの――――――――――」
「そん……な……」
グミはもう、どんな言葉をかければよいかわからなかった。
リンとレンが音波術を会得した時から、ずっと仲間たちの進化を見つめてきたグミ。それを全て、ハクにコピーされてきたことを、メイコ達はどんな思いで見つめてきたのか、それを想像してしまったから。
「まぁ私たちは、気にしちゃいないんだけどさ」
「って、え?そうなの?」
だが、拍子抜けするほどあっけからんとした声で、メイコはグミの想像を吹き飛ばしてしまった。
その眼はハクへの小さな呆れを伴ったような、母性を感じる色をしていた。
「私達は多分さ、あの子ほど自分の努力を盗まれることに対して忌避感を持ってないんだと思うわ。だって私たちは所詮『ソフト』なんだから、コピーされることなんてほぼほぼ当り前じゃない?それどころか、自分がもう一人増えるようなもんなんだから、そんな忌避するようなもんじゃないと思うのよね」
「ま、まぁ確かに、あたしもそれほど嫌には思わないけど……」
グミも仮に自分の能力がハクにコピーされていたら―――――と想像して、メイコに言葉を返した。これがもし『量産型』を見た直後の話なら、『ふざけんな!』などと叫んでいたかもしれないが。
そこで、ネルも口を開いた。その顔には、メイコ以上に呆れが浮かんでいる。
「でもハクだけは―――ハクは、モデルが堕落ユーザー……つまりは『人間』だからね。感性もどことなく人間気味に育っちゃったんだろうね。だからこそ、酷い罪悪感を覚えてしまった。ミクやリン、レン君にルカさん……皆の努力を知るが故に、一人バーに閉じこもっていた自分が、勝手に力を得ていくことに対して、ね」
「……」
「気にしすぎるなって、ずっと言ってきたんだけどね……ミク達だって、この力を見てそんな文句を言う奴等じゃないだろうしさ。だけどハクは、ずっと気にしてたのよ。みんなの努力を、無断で借りていることをさ。ホント……つまんないところで優しすぎんだから、あのバカ」
困ったように笑うネル。彼女にとってハクは、どうしようもなく面倒くさい、どうしようもなくどんくさい、しかし誰よりも信頼している親友なのだ。
「……だ、だけど!何にせよ凄い能力じゃない!これなら、これならあの船を引きずり降ろせる―――――」
「いいえ」
はしゃぐグミ。しかしそれを遮ったメイコの声は、表情は、未だ厳しいものだった。
「……あの能力には、凄まじいスペックと引き換えに、致命的な欠点があるの」
「え?それって―――――――――――」
グミが聞き返し終わる前に――――――――――――――――――――
『……ぐあ!!!』
ハクが―――――――――――――――呻き、膝をついた。
SOUND WARS!! XⅢ~ハクの本気②其の力は誰の物~
苦しみを分かち合えぬ苦しみに苛まれて。
こんにちはTurndogです。
もしも他人が精一杯努力して手に入れた技術を、ほぼ無条件に手に入れてしまったら?
私の様なゲス野郎ならば無条件でヤッターしますが、優しさが人の形を取ったような存在のハクさんはそうは思えませんでした。
でも技術を奪われた当人たちが全く気にしていないという何とも言えない展開。
そして当然リスクが全くないということはないのです。
弱音を吐いてしまうのか、弱音を飲み込んで闘い抜くのか。
いよいよラストへと走り出す!!
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