私には、幼なじみがいる。
教師を目指している彼とは長い付き合いになるが、お互いに浮いた話もなく今まで過ごしてきた。
その原因が、異性の幼なじみとずっと一緒に遊んでるから、という自分なりの分析はできているのだけど。
恋人とか、深いカンケイというものがよく理解できないまま、結局彼の隣に居続けている。
「ねーえキヨテルー、有給ってどのタイミングで取ればいいと思うー?」
「えっ、いきなりどうしたんですか」
「いや、幼なじみの意見も聞きたいなあと思って」
十月最後の日曜日、私は幼なじみの家に遊びに来ていた。
高校を卒業してすぐに就職した私とは反対に、大学生のためバイトをしている彼とは、なかなか休日の予定が合わない。
それでも月に一度は会える日を作るのが、暗黙の了解のようなものだった。
例えば映画を見に行くとか、買い物をするとか、特別なにかをするわけではないけれど、私としては話さえできれば十分だった。
「うーん、仕事が落ち着くタイミングを見て取りますかねえ……」
「やっぱりそうだよねー。でもそのタイミングがよくわからないからどうしたもんかなと思ってさ」
「それか、前もって一ヶ月後のこの日に休みます!って届け出を出しておけば、『ああ明日祝日か』の感覚で休めるんじゃないんですか?」
「先手を打っておくってことね。ううん、そうだよね、私はそのほうが休みやすいかも……」
有給は使えるうちに使わないと損、その考えはよくわかっているつもりだった。
だけど人混みが極端に苦手な私は好きなアーティストのライブにも行けず、健康なので病院受診のためという理由も作れず、ただ休むのはなあ……と、自分を納得させる理由がなく、なかなか有給を使えない。
一度会社の人に聞いてみたら「部屋の掃除をするので休みます、くらいの感覚でいいんじゃない?」とアドバイスをもらったが、どうしても気後れしてしまうのである。
「案外、ゆっくり寝たいからって理由なら、君自身を納得させられるんじゃないんですかね」
「わあどうしよう、一番ぐらっときた」
「いやどれだけ寝たいんですか」
「寒くなってくるとね、二度寝の贅沢さを噛み締めながら休日を過ごすよね。温かい布団の誘惑には誰も勝てないからね」
「じゃあ問題解決しましたね。早速実行してみてください」
「……」
「なぜそこで黙るんですか」
「いまここで二度寝しろってことでしょ」
「違いますって、有給の理由づけがほしいんじゃなかったんですか」
やれやれ、と私を見守る眼差しは優しい。
彼はいつだって優しいのだ。昔から、得意なこともなくうまく他人と接することのできない私のそばにいてくれる。
その理由をしっかりと聞いたことはない。
哀れな幼なじみを気遣う俺優しい、なんて思われてはさすがにいない……はずだけど、断言できないのが私の悪いところだ。
だけど、十数年もそばにいる異性の幼なじみなんて、面倒なだけではないのだろうか。
自分の友人を、予定を、優先してもいいくらいなのに。
「で。そのお菓子、ハロウィンのやつ?」
「えっ、もうそんな時期ですか?」
「ウッソでしょここ数年の日本のハロウィンブームがすごいのに、何も動じてないの?」
「別に僕はお祭り騒ぎがしたいわけではありませんし……」
「私もお祭り騒ぎしたいわけじゃないよ、ただこの時期にお菓子作ってるから、ああキヨテルもこういうの気にするんだなーって思っただけで」
そう、ずっと触れていなかったが、今日の彼はどうしたことか、何やらお菓子を作っている。
リビングに入った瞬間何かいい匂いがするなと思っていたし、昔から調理実習でもよく着ていた緑のエプロンをしていたから、何か作っていることには気がついていた。
最初から何を作っているのと話しかけていれば良かったけど、別の話を彼から振られていたのでなかなか触れるタイミングがなかった。
そういえば、高校を卒業してから、こうして彼が何かを作っているのことが多くなった気がする。
ここ数ヶ月は私の家で過ごすことも多かったから、料理しているのを見るのは久々だったけど。
「クッキー?」
「ええ。最近、ケーキ屋さんのクッキーがおいしいと、君がよく言っていたでしょう。それを思い出したら、作りたくなりまして」
「行動力の化身」
「けし、え、何ですって?」
「いや、こっちの話だから気にしないで。でも嬉しいなあ。私のこと考えながら作ってくれるなんて」
オーブンから天板を取り出す彼をカウンター越しに眺める。
少しからかうつもりでそう言ったら、きっと「そんなんじゃないですよ」と慌てた声が聞こえると思って。
だけど沈黙が続いたので、首を傾げて彼の方を見ると、彼は真剣な眼差しを私に向けていた。
「リリィ、君は、お菓子が好きですよね」
「え、うん、好き、だよ?」
「甘いものを食べると、子供の頃を思い出して懐かしくなります。それに、君を笑顔にしてくれる。だから僕も好きですよ」
「そ、そう」
「君の笑顔を見ていると、ずっと見ていたくなるんです。何でもおいしそうに食べるその姿も、何かに真剣に取り組むその真面目さも、……僕しか隣にいないことを疑わないその純粋さも」
「キヨテル?」
「笑ってほしいんです、僕の隣だけで、ずっとずっと」
お皿に盛ったクッキーをテーブルに運んできてくれたけど、今はそれどころじゃなくて。
隣に座った彼からもふわりと甘い香りがする。さっきまでクッキーを作っていた当人だから当たり前なのだけど。
「誰よりも君を愛してるって、馬鹿みたいでしょう」
「愛……えっ、」
「僕が幸せにしたいんです。ダメですか?」
クッキーをつまむ彼の指が私の口に近づけられる。
それは彼との間でよく行う行為だけど、その言葉を聞いた後ではどうしても意識してしまう。
いや。もしかして、ずっと意識してなかったのは私だけなのか。
考えてみれば当たり前だ。むしろ私が意識しなさすぎだ。
もしかして、よく料理をするようになったのって、私が喜ぶところを見たいから?
頭ではぐるぐる情報が巡っていても、いつもの習慣が染み付いていたから、差し出されたクッキーを、大人しくそのまま食べてしまう。
「……キヨテルはさ、私を甘やかして、楽しいの」
「勿論。大切な幼なじみなんですから、なんでもしてあげたいくらい、君を愛していますよ」
「また愛……言ってて恥ずかしくないの、それともそれはハロウィンの悪戯?」
「僕としてはトリックではなく、トリートのつもりだったのですが」
クッキーを用意しているのだから彼にとってはそうかもしれないけど、こんなに甘く感じるお菓子は初めてだ。
甘い彼は、今の私には心臓に悪い。これが悪戯でないならいったいなんだというのか。
ダメですか、と彼は言った。恋愛にまるで縁のなかった私に、気の利いた返事はできない。
だから、思ったままを彼に伝えるのだ。
「ねえ、年末までに連続で二日空いてる日は?」
「来月の中頃ですけど、どうしてまた?」
「動物園と水族館が一緒になった大きな遊園地があるでしょ。一日じゃ回りきれないから、一泊二日で、一緒に行きたい。ダメかな」
「それは了承ととっていいんですか?それともデートのお誘いですか?」
「両方。欲張りかな」
「これではどちらが悪戯を仕掛けているのか、わかりませんね」
「ねえ、クッキー冷めちゃうよ」
愛なんてものはまだわからない。
だけど私の隣は彼以外考えられないから、この先の未来も一緒にいるのなら、その生活を続けていたい。
それに、愛を知るきっかけが彼なら、私も同じだけの感情を彼に返したい。
話を逸らすようにクッキーに手を伸ばせば、視界の端で彼が笑った気がした。
【キヨリリ】甘い誘惑は君だけに【ハロウィン】
お久しぶりです、ゆるりーです。
お菓子を食べる二人が見たかったので書きました。
最近クッキーをスーパーで買ったのですが、やっぱり久々に食べるとおいしいですね。チョコチップクッキーとか最高です。
一部の告白のセリフを、プロポーズのボードゲームで作ったものを流用しています。創作勢がやると永遠にできますこのボードゲーム。
近頃はコラボ「かなりあ荘」のメンバーと一緒に同人誌を作ったりしていました。
小説同人誌、最高ですよね。大好きな方々と一緒に本を作れたなんて最高すぎて最高です。
サンプル(通販もあります)
「【カイメイ】とある二人のおうち事情」
https://piapro.jp/t/LYa1
「【がくルカ】世界一君を愛してるだけのパートナーはダメですか?」
https://piapro.jp/t/eMjp
コメント1
関連動画0
オススメ作品
動き出す静寂から 少しずつ回り始める
交差した白と黒 混ざり合い惹かれあう
目を逸らせない 躍動する意思 思惑は誰を?
指名 指令 視線 死線 潜り抜けて夜を満たす さぁ、準備はいいかい?
秘密を知る鍵は パンドラの背徳を示す
交わる切っ先 湧き上がる破壊衝動
Waiting Waiting あなた...衝動×パンデモニクス
ぽりふぉ PolyphonicBranch
君への想いは届かないまま
こんな歌になった
同じ世界にいるはずなのに
まるで違う次元かのように
なのにどうしてか僕の世界は
君を中心に回ってしまった
雨が降った、袖が濡れた
それくらいでちょうど良かった
不幸に足を浸すたび
君に近づいた気がした...タイトル未定
まままめ
火が点いた導火線
カウントダウンもう始まってんだって
ほら 火花散るの見えるでしょ?
気が付いた「どうかしてる」
プラネットがダンスしちゃうような
宇宙規模の大爆発
君のせいで滅ぶ宇宙
アタシの愛… シナバモロトモニ
I know 君を知ってる
You know? 君は知ってる?...I know
たるひ
「生きていることが辛かった。」
死ぬことすらできないお利口さん
流れた血の跡そのままに
掻き鳴らした過去の唄
人一倍に恥をかいた
振り返るとゲロが出そうだった
前を向いても眩暈がした
笑顔なんて忘れてた
憎むことが好きだった
泥の中で生まれ変われるだろう さあ...後追い自殺に定評のあるりっちゃん 歌詞
マェロP
あなたに会えなくなり 何度も朝を迎え
次第に思い出すこともなくなりました
当たり前も温もりもなくなった世界では
「明日の天気は」そんなことどうでもよくて
全てが夢なら 馬鹿げた夢なら
覚めたらあなたの隣ならいいのに
全てが夢なら たまに見る悪魔なら
頬に垂れる滴を優しく拭ってくれたらならいいのに曲にならなかったもの
あんバター
Where are you(あなたはどこにいるの?)
凍える夜
また名前を呼ぶ
キミはもういない 触れることもない
指切りをした あの日の約束は
破られはしない 叶うこともない
伸ばした指先届け この闇を切り裂いてよ
Where are you ねぇ いつだってそう
大切なものを失って
開いた穴は埋...死ノ淵デ歌ウ頃
のの
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
Turndog~ターンドッグ~
ご意見・ご感想
オ゛ッッッ(浄滅)
これは甘い……甘いですよォ……
ちょっとジンジャー足りなさすぎじゃないですかねこのクッキーは!メガ甘ですね!
ショウガ丸ごと1個すりおろして搾りかすごと混ぜ込まないと甘みが中和できませんね!
ガッデム!俺も幼馴染と恋仲になって動物園でワニとにらめっこしたい!(叶わぬ願い)
せめて水族館でルカさんと一緒にクリオネが泳いだり沈んだり
餌食べるためにバッカルコーングワーッするのを3時間ぐらい見つめていたい!(叶わぬ願いその2)
2019/10/30 11:40:59
ゆるりー
イエーイ!メチャ甘です!
ルカさんと一緒にクリオネ見られるツアーはいつ開催でしょうか!全力で待機してます!もしくはそんなルカさんがみたいです!
2019/11/03 20:54:50