「夜が怖いんだ」
なのに。
そう言った兄さんの眼こそが夜の色をしていた。
「あたしは好きよ」
「リンは強いから」
「夜だけだもの。夜になれば、月も星も見えるようになるでしょう」
「どういう意味だい?」
「太陽には敵わないもの」
自嘲するように口許をゆがめると、兄さんが何のことだかと言いたげに首を傾げた。
とうにマスターは眠った。電源の切れたパソコンの中で、兄さんと二人会話する。
弟も今はいない。きっと奥の方で主と同じように眠っているんだろう。
あたしもそうだった。来てすぐの頃はやることなすことマスターの真似をしていた。
マスターが、大好きだった。
――でも今は、
「リン?」
「何でもないわ」
「なら良いけれど、疲れているなら眠ったら」
「大丈夫。私も兄さんもボーカロイドでしょう?」
「……それも、そうだね」
腑抜けのように笑う兄さんの顔はその事実を否定したいみたいだった。
少し意地悪だったかしら。
あたしの好きな兄さんはあたしの大好きだったマスターとおんなじになりたいから。だから……。
「でも、夜が明けてしまうよ」
「いいじゃない。どうせマスターはお寝坊さんだから、大丈夫。お喋りしよう?」
「確かにマスターはよく寝坊するね」
「そうそう。駄目な人」
「リン、言いすぎだよ」
咎められたって反省なんてしない。寧ろ嬉しいと思う。
曲がってしまった自分の醜さ浅ましさを心の奥底で蹴りつける。
月も星も朝になれば消えてしまうの。
「兄さんはマスターのことが大好きなのね?」
からかうように言えば照れて黙り込む。そんな兄さんは向日葵だ。
マスターという太陽ばかりを追いかけて、そのうち身を滅ぼすイカロスだ。
月や星を見つめていれば翼は溶けやしなかったのに。
「リンだってマスターが好きだろう?」
「そうね」
「なら、お互い様だと思う」
「でもあたしは兄さんの方が好きよ」
冗談めかして言ったって、きっと兄さんには届かない。
兄への思慕以上の気持ちを持て余した妹は何処へ向かえばいいのだろう。
本当は子どもなんかじゃない。
愛憎を知っているあたしはあなたよりずっと大人なのよと伝えたい唇を曲げて、ただ、笑った。
月 の 裏 側
2009.01.14//いっそ早く死んでよ、イカロス
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