ドアのチャイムの音に、
山羽根がインターフォン越しに聞く。
「はい、どなたですか?」

その声に、男の声が答えた。
『紫苑だ。咲祢は来てるか?』

ドアを開けると、
両手に彼らの私物を詰め込んだ袋を持った
もと上司の姿があった。

「室長…」
奥から咲祢と神委も出てくる。
「もう室長じゃない。
辞表を出して来た。」

そう言って山羽根と神委に手荷物を差し出す。
「ほれ、お前らの私物だ。重かったぞ。」

神委と山羽根があわててそれを受け取る。
そして、咲祢に声をかける。
「咲祢、お前も巻き添えでクビだ。済まんな。」

「いいです。私ひとりで
あの会社に居られませんから…」
咲祢が荷物を受け取りながら言った。

「そのかわり全員分の退職金はぶんどって来た。
訳ありで小切手だ。」
そう言って紫苑は胸ポケットを示した。

部屋に上がるとすぐ、紫苑は聞いた。
「で、『あいつ』は無事立ち上がったか?」

「いえ、ちょうどこれから解凍するところです。」
山羽根が自分の机のパソコンに座る。

合わせたテキストデータを、
2つの解凍ソフトで順番に解凍していく。

できあがった、一つの巨大プログラム。

全員がモニターを見つめる中、
山羽根がそれを起動する。

1分…2分…

モニターには何も映らない。

「…どうしたんだ?」
「起動しない…」
「どうして?」

紫苑が3人に聞く。
「おい、文字の入力は間違ってないだろうな?」

「3人でチェックしましたよ!」
「山羽根、ちょっとプログラム見せてくれ。」

山羽根が席を立ち、紫苑が椅子に座る。
起動を停止させ、ウインドウにプログラムを表示させる。

山羽根達には読み取れないスピードで
最後までスクロールさせてからつぶやく。
「…問題は無さげだが…」

「室長、よく分かりますね。」
思わず神委が言う。

「間違い探しは得意でな。
『基本プログラム』なんざ
見慣れる位見てるさ。」

「だったら何で…」
動揺しながら咲祢が言う。

「分からん。」
紫苑が言った。

「とにかく、もう一回細かくチェックするから
お前らはテキストデータの再確認を…」

その時、山羽根が何かに気がついた。
「あの、ひょっとして…」

全員の目が山羽根に向いた。

「うちのパソコンだと、
スペックが足りない、とか?」

「あ~、それだぁ。」
紫苑が間の抜けた声を上げた。
そしてシステムをチェックする。

「あ~あ……
メモリもクロックも全然足りねぇな。
これじゃあ『あいつ』の起動は無理だ。」

紫苑が言ったスペックを聞いて、神委が言う。
「…それなら市販のやつを使うより、
自作した方がいいな。
ハードディスクもいくつか入れて
RAIDを組んだ方が安全だろうし。」

「ほお、詳しいな。」
紫苑が言うと、神委は得意げに言う。
「趣味でパソコン組み立ててるんで。
室長、じゃなかった、紫苑さんが貰って来た退職金から
皆で出し合えば、わりとすぐ作れますよ。」

その日はもう深夜になっていたので、
全員山羽根の家に泊まることになった。

咲祢がシャワーを浴びに行っている間に、
居間でだらだらしている紫苑に山羽根が声をかけた。

神委は隣の部屋で明日買いにいくパソコンの部品を
ネットで検索している。

「紫苑さん、結婚されてたんですね。」
「んあ?」

「咲祢さんから聞いたんです。
KAITOのこと、
お子さんとだぶらせたから
助けてくれたんじゃないかって。」

紫苑はふぅ、とため息をついた。
「…さあな。
まあ、あのくらいの年には
なってるかもな。」

「え?あ…ひょっとして離婚とかされて…」
その言葉に、遠くを見る様な目で言う。
「まー、そんなもんだ。」

「すみません、知らなくて…」
「気にすんな。」
そしてふと笑う。
「ああ、でも、いい土産話ができたな。」

そしてソファから立ち上がる。
「もう俺がいなくても大丈夫だろ。
小切手はおまえらで山分けしろ。」

「え?紫苑さん?」
「家族の話をしたら写真を見たくなったんでな。
車に乗って来たんで、それで帰るさ。」

そう言って、紫苑は軽く手を振って出て行った。

「…どうしたんです?山羽根さん」
そこに山羽根から借りた服を着た咲祢が顔を出した。

「紫苑さん、家族の話をしたら
写真を見たくなったからって帰っちゃって…」

「え?」
「離婚されてるなんて知らなかったから、
ひょっとしたら気を悪くされたかなって…」

「あ、あのっ…室長のご家族は…」
咲祢のうわずった声に山羽根が振り向く。
「4年前に…事故で亡くなっておられるんです。」

家に帰り着き、彼は倒れ込む様に
ベッドに寝転がる。
胃の辺りを押さえて…

少しして深く息をつく。

「あいつの起動を
確認できなかったのは残念だが…
ここまで保ってくれただけでも
良しとするか。」

視線の先には、
1歳くらいの子供と女性の笑顔の写真。
「もうすぐ、逢いにいくからな…」

すぐに掛けた携帯は
つながらなかった。

翌日住所を頼りに行った
マンションは留守で。

同じマンションの住人から、
深夜に救急車が来たという話を聞いただけで。

それきり、紫苑は。
山羽根達の前から姿を消した。

数日後。

山羽根の部屋に、神委の手で、
大きいパソコンがセットされた。

咲祢と二人でチェックした
プログラムがインストールされる。
山羽根が起動した。

画面に、蒼い髪の子供の姿が浮かび上がる。

「おはよう、KAITO。」

山羽根の声に、画面の中の子供が声を出す。
「おはようございます。」

そして微笑んで続ける。
「…山羽根さん、咲祢さん、神委さん。」

おわり

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

始まりの音6

こちらは以前某動画サイトに投稿した文字読み動画のストーリーです。
(動画6話目はこちらhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm6108633

動画見る時間がない方はこちらをどうぞ。

舞台は今よりほんの少し先?の未来。
勝手な設定がてんこもりに出て来ます。

動画と違って会話を色分けしていないので分かりづらいかもしれません。

閲覧数:101

投稿日:2009/06/14 10:20:56

文字数:2,363文字

カテゴリ:小説

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