うちの担任教師は歳も若く、生徒達からはメイコ先生の愛称で親しまれていた。中には馴れ馴れしく「めーちゃん」と呼んで絞られた奴もいる。そんな先生が昼休みに「鏡音くん」と階段の踊り場から下を覗くようにして俺を呼び止めた。「ちょっと来てくれない?」声のトーンは穏やかだ、でも、例の件についてだなという察しはついた。メイコ先生のことは嫌いじゃない。俺も先生も面倒事に巻き込まれた被害者だし、現時点で身の潔白を晴らすためにもっとも有力な人だと思える。俺は堂々として先生の後についていった。向かった先は職員室でも生徒指導室でもなく第二音楽室。先生は合唱部の顧問もやっている関係で手頃だったのだろう。ドアをくぐると誰もいない音楽室は閑散として、立地的な問題なのか消灯されていると昼でも暗かった。スイッチを入れてから数秒の間を置いて天井灯が点いたが、やっぱり少し暗い印象がある。ドアが閉まる音と同時に、俺のすぐ横に先生の影。「あれ? ちょっと背伸びた?」先生の掌が俺の頭上を行ったり来たりする。ふいに先生との距離が縮まって、ほのかに香水の香りを感じ、胸がキュッと絞まる気がした。緊張しているのか、俺は変な空気を振り払うように「成長期なんで!」とツッコミみたいな強めの返しをしてみる。「そんなかまえなくていいから」笑顔で先生はピアノの横に据えられた丸椅子へ腰かけ、俺にも向かいへ座るようすすめた。

 どこでも同じだろうが、俺のクラスにも目立ちたがりのお調子者は存在する。そいつは事ある毎に俺がフられたことをからかってきた(今から思えばあいつも初音先輩のことが好きだったのかもしれない)。その日も「先輩のパンツ、俺にも見せろよ」などと突っかかってきたから、全力でスルーしていると、今度は机にかけてあった俺の鞄を勝手に開けて“持物検査”などと称し探り出した。その時ムキになってふんだくった俺の鞄から、先輩の下着は出てきたのだ。クラスの注目が集まり、一瞬時間が止まる。今起きた事を必死に理解しようとした結果、俺はまず自分には心当たりがないことを、そしておそらくはこのお調子者が仕込んだのだと主張した。だがパニックになっていた俺の姿は、端からは必死に言い訳しているようにしか映らず、説得力を欠いている。迂闊だった。もっと冷静に、慎重に振る舞うべきだった。初音先輩の下着が俺の鞄から出てきた事件は、何の検証もないまま俺が盗んだという話にすり替わって即日学校中に広まっていた。
 初音先輩がプールに入っている時、俺たちのクラスは美術の授業で校内写生をやっている。その間俺は一人になることが多く、お調子者には常にアリバイがあった。少なくとも共犯者なくしてお調子者の犯人説は成立しない。ついでに俺には初音先輩との公然と知られた関わりがある。広まった話題には“失恋の腹いせ”という雑な動機まで追加されていた。帰りのホームルームであのお調子者が俺を槍玉に挙げようとしたが、メイコ先生がそれを制して、憶測で決めつけないようにとクラスに念を押し、結局その日はわだかまりを抱えたまま生徒たちは下校を余儀なくする。本当の犯人は誰だかわからない、先生の言うとおり俺が犯人と決めつけるのは早計だ・・・そう考えながらも、クラスのみんなの中には確かに俺に対する疑心暗鬼を植え付けていた。
 その夜、リンがタイミングを見計らって真相を訊ねてきた。俺はやってないと簡潔に答えると「だよね、レンにそんな度胸ないもんね」と冗談ぽくため息をついて、それから俺とリンとの間でこの話はしていない。リンは俺とは別のクラスだが、俺と兄妹ってだけで、きっと嫌な目にもあっているんだろう。それでもそんな話題はカラッと笑い飛ばしてしまうのだ。リンはそういう奴なんだ。

 「鏡音くんはどう思う? 初音さんの下着の件」特に深刻な話をするつもりもないように、メイコ先生はようやく本題を持ち出した。「知りませんよ、全然身に覚えないですもん」「でも鏡音くんの鞄から出てきたってことは、そこに入れた人がいたわけでしょう?」先生はピアノの蓋に頬杖をついて俺を眺めている。少し視線を落とすと先生のだらしない姿勢のため胸元が見えて思わず視線が泳ぐ。「悪趣味な悪戯ですよ。俺が先輩に告ってふられたことは周知の事だし、やっぱ俺の鞄を勝手にとったあいつが一番怪しいっていうか、あいつにはアリバイあってもあいつの仲間がやってるかもしれないし」俺は喋りながらまた少し熱くなっているのを感じた。「ん~、私から見たらあいつらは“白”だと思うけどね」「どうして?」「嘘つくの下手だもん」ふと、俺は自分の視線が泳いだことが、先生にどう映ったのか気にかかった。でも、もちろんその理由は説明できなかった。

つづく

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【レンネル小説】少年は嘲笑(わら)われる。#02

レンネル小説の続きです。

閲覧数:687

投稿日:2010/11/14 11:03:20

文字数:1,950文字

カテゴリ:小説

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