06
 気がつくと、私は医務室のベッドで寝かされていた。
 ピッピッピッ、という無機質な電子音は私の心拍を計測している機械の音だろう。
「ミス・カフスザイ? 気がつかれましたか?」
 ベッドのすぐ横にいた看護師が、私の様子に声をあげる。
「えぇ……ごめんなさい」
「お気になさらないで。点滴……投与しておきますか?」
「いえ、大丈夫よ。ありがとう」
 断りをいれて起き上がる。
 が、ベッドから立ち上がることまではできなかった。
 立ちくらみがして、ベッド脇に座ってうつむいてしまう。
「うう……」
「無理をしないでください。いま、ソルコタ政府代表室に連絡を入れます。すぐに迎えが来ますから」
 頭痛に顔をしかめ、こめかみを押さえる。
 看護師の話も、ちゃんと頭に入ってこなかった。
 脳裏には、倒れる直前にソフィーから聞いた言葉が反響していた。
『ソルコタで、ケイトが亡くなったと連絡が……』
 ……嘘だ。
 嘘だ嘘だ嘘だ。
 そんなはずがない。
 どうして……なぜ?
「ケイト……」
 死ぬはずがない。
 そんなはずがないのに。
 いや……そんなはずがない、なんていうことこそあり得ないことなのだ。
 私は身を持って体感していたはずだ。
 人はあっけなく、簡単に死ぬ。
 死はありふれている。
 銃も地雷も爆弾もいつだって身近にあって、兵士も戦闘もテロリズムも、同じように身近にあった。
 それらは僕の……私の日常だったんだ。
 あそこに無いものと言ったら平穏とお金と食べ物と水で、平和なんていう単語も、平和なんていう概念さえケイトに会うまで知らなかった。
 なのに、この数年……ニューヨーク国連本部にいただけで、戦争や悲劇はどこか遠いものになってしまっていた。
 ……いや、ずっとそれと戦い続けていたはずだ。私はそのためにここにいるのだから。
 けれど、ここにいると……戦争と悲劇は、目の前にあるものから遥か遠い地での出来事になってしまった。
 このままでは、いけない気がする。
 私がやらなければいけないのは――。
 バタン、と勢いよく扉が開いて、ソフィーがやってくる。
「ああ、グミ。よかった。すみません、私、気が動転していて……」
「いいえ、いいのよ。私もだから」
「それにしても……。なんてことかしら」
 うろたえるソフィーの姿に、私は逆に冷静になる。
「ソフィー。……とにかく座って」
「ああ……すみません。グミだってショックなのに」
「いいのよ」
 ベッド横の簡易チェアに座り、ソフィーはしきりに目元をぬぐう。
「それで……本当なのね?」
 なにが、とは口にできなかった。ケイトが死んだと、二人目の母さえも死んだのだと声にするのが恐ろしかった。
「……ソルコタ政府からの事務連絡の追伸として記載されていました。UNMISOLと赤十字の合同チームによる物資輸送部隊が襲撃を受け、部隊は非戦闘員も含め全滅。非戦闘員は赤十字社所属の医師二名と、現地案内要員としてケイトが同行していた、と……」
「赤十字との合同チームなら、輸送していたのは武器じゃないわね?」
 ソフィーはうつむいたままだったが、それでもかろうじてうなずいて見せる。
「ついさっき確認が取れたばかりです。子どものための予防接種と、教育のためにと作成された絵本の輸送だったそうです」
「襲撃したのは……やっぱりESSLF?」
「おそらくは。しかしまだ……確定しているわけではないようです。動画サイトに犯行声明が上がっていますが、確定させるだけの証拠はまだ見つかっていないようです」
「……そう。わかったわ、ありがとう。私も代表室に戻るから、ソフィーも戻りなさい。これからしばらく、仕事量がとんでもなくなるわよ」
「わ……かりました。でも――」
 ソフィーは顔をあげるが、その視線は不安そうだ。
「大丈夫。私は大丈夫よ。ほら、すぐに電話も鳴り止まなくなるわ。ケイトのためにも、私たちはここで踏ん張らないといけないの。私たちだけじゃ及ばなくても、ケイトと同じくらいこの国を良くするために頑張らなくちゃ。悲しむのは……後にしないと。そう、後に――」
 膝に置いた手の甲に、水滴が落ちる。
「……あれ?」
 おかしいな。
 なんで……。
 こんなこと、なかったのに。
 指先が、水滴の元を探してさまよう。
 行く先はもちろん――自分のあごからほほをさかのぼった先だ。
 落ち着かなければ、冷静にならなければ、いつも通りでいなければ、という自分の意思とは裏腹に、そこは洪水とさえ言えてしまうくらいにあふれ返っていた。
「ご、ごめんなさい。私――」
「――グミ。いいんです、謝らなくても。きっと……誰だってそうなるんですから」
 ソフィーの柔らかな声音が耳朶を打つ。ソフィーのそんな声を聞くのは初めてだった。
「でも、でも――」
「少ししたら、仕事に戻りましょう。けれどいまは……いま、少しだけは……泣いていいんですよ」
「あぁ、ああ……そんな。ケイト、ケイト……なんで……」
 いつの間にか立ち上がって私に抱擁してきたソフィー。それに、私の気持ちが耐えられずに決壊した。彼女の身体にしがみついて、私は声をあげてしまう。
 みっともなく、なりふり構わず、私は大声で泣いた。
 悲しかった。
 嫌だった。
 受け入れられなかった。
 そんなはずはないと、あるわけがないと思っていた。
 ……約束したのだ。
 再会の約束を。
 私の新しい弟と妹を紹介してくれるはずだったのだ。
 なのに。
 それなのに……。
 ……。
 ……。
 なんで、なんで……こんなことに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

アイマイ独立宣言 6 ※二次創作

第六話
半年前、友人が亡くなりました。
一年ほど会っていなかったことが……影響したのかどうかわかりませんが、通夜の前に共通の友人で集まった時も、通夜で棺の中の友人の穏やかな顔を見ても、わりと平然としていました。
「俺、薄情なのかな」とか思いながら焼香を済ませ、通夜振舞いの席で皆と話をしていたんですが、その時、友人とのやり取りを思い出して「ああだった、こうだった。それで――」と言葉に詰まって……そこでようやく涙ぐんで、友人の死を実感しました。

……本編となんの繋がりもない話ですが、言いたいことは伝わるのではないでしょうか。

閲覧数:52

投稿日:2018/11/12 20:52:17

文字数:2,312文字

カテゴリ:小説

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