――――――――――#4
話を整理しよう、私の為に。
まず、私は猫村中将とお酒を呑む約束をした。
つぎに、私は弱音准将を誘い、エルメルトの方々もご同席頂ければ盛り上がりますと、社交辞令気味に人数集めを頼んだ。
それから、私は参加メンバーを猫村中将と弱音ハク中将から聞き、いくつかの候補の内で料亭『竹櫓』を選んだ。いくつかの候補の中で、参加メンバーの都合のいい日が『竹櫓』しかなかったからだ。
いつからか、それが問題だ。1点目、私と猫村中将が酒の約束をしたのは、先月くらいだ。2点目、私から弱音准将に誘いをかけたのは、1週間前。3点目、私が予約を取ったのは弱音准将が翌日に返信してきた日、つまり6日前だ。
おかしいのは、3日前にエルメルトを重音テトが強襲した事件があって、6日前に設定した今日の酒宴に、その話題が持ち込まれている点だ。
と、考えるに至り、可能性は2つ以上ある。少なくとも2つ。1つは、ただの酒宴が作戦会議だか最前線に化粧直しされた可能性。2つ目は、何か重要な用件があったのが、最前線に化粧直しされた可能性。
確定的に明らかな、今日の酒宴が今日の時点で既に只の宴会でなくなっていたという、事実は揺るがないだろう。とりあえず。
この料亭に決まって、一昨日に神威中将が増えると猫村中将が連絡してきているから、最終的にこの酒宴の性質が決まるのは、それが最後のチャンスだ。
3日前の襲撃事件、2日前の神威中将の参加、今日の宴会に偽装した最前線。一言、神威中将に「下手に小細工しても通用しない」と言わせる攻響兵らしき仲居。なんとなく空気を読んで話を合わせていたが、これは。
――――――――――重音テトクラスの。
結論として、私は同席している人達と同じ情報を持っていない、一番重要な情報を持っていない。名前すら知らないけど、めっちゃ強いのだろう。
となると、鏡音レンどころの話ではなく。
HIYAMAKIYOTERU――――――――――(…… きこえますか… きこえますか… みなさん… ここはエルウィンディです… 私は今… みなさんの心に… 直接… 呼びかけています… マグロは… おいしそうですね… 私も食べたかった… )
「来たか」
突如響いたショートエコーに、亞北准将が天を仰ぐ。
「ショートエコーが聞こえる!?」
HIYAMAKIYOTERU――――――――――きこえますか……きこえますか……
「NEKOMURAIROHA――――――――――十分聞こえとるわ。さっさと用件言えや」
猫村中将がはっきり声に出しながらショートエコーを流す。
HIYAMAKIYOTERU――――――――――今作戦の真の指揮官は私です。氷山キヨテルです。私は今エルウィンディ攻響旅団基地にいます。安全地帯から指揮命令するのはすごく楽しいですちるだきゅーちるだ。
NEKOMURAIROHA――――――――――そっか。どちらにせよあんたを呼ぼう思う奴は一人もおらんかったから安心しとき。
HIYAMAKIYOTERU――――――――――神威中将にお誘い頂いたのですが、生憎仕事がありましたので。
「NEKOMURAIROHA――――――――――おい神威、まじかそれ」
「KAMUIGAKUPO――――――――――かたじけないな、キヨテル。いや、氷山少将。それで、状況は?」
AKITANERU――――――――――ショートエコーを妨害していたのはお前か。聞けばメディエストのほぼ全域やったようじゃないか。天才だな。
巡音ルカは、疑問に思った。神威中将はスターライト戦線のクリフトニア側最前線エルクラウディアで、攻響旅団長を務めている。今、神威中将が留守にして代理の筈の氷山技術少将がエルウィンディにいるなら、スターライト前線は空と言うことになる。これは。
HIYAMAKIYOTERU――――――――――はい。初音中将がエルクラウディアに向かってくださったので、私は妨害に専念できました。
NEKOMURAIROHA――――――――――せやな。お前本当にエルウィンディにおらんかったら、帰ってきた時に司令室がネギ倉庫になっとるから楽しみにしとき。
HIYAMAKIYOTERU――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
その時、ぶーん、と小さな音が鳴った。亞北准将が二つ折りのガラケーを取り出して、何かメールチェックらしきことをしている。
「KAMUIGAKUPO――――――――――猫村は黙っていろ。健音テイ、先刻は敢えて知らぬ振りをしてやったが、今日こそは決着を付けてくれるぞ!」
HIYAMAKIYOTERU――――――――――陳腐な売り文句ご丁寧に結構だが、テイちゃんには聞こえてないよ。
「KAMUIGAKUPO――――――――――なに?」
HIYAMAKIYOTERU――――――――――じゃあ、あとはネル君とハクさんに任せたから、kwskは彼女らにしてね。おやすみ。
「KAMUIGAKUPO――――――――――おいぃ?」
「亞北准将と弱音准将が、気配を消しながら出て行きましたが……」
「あーほんまやなーリアルNINJAみたいな消え方したなー見てなかったらわからんかったはー」
「な、どういう事だ!」
神威中将は二人がいきなり消えた事自体は驚いていないが、状況がどういう事だと聞いている。私には健音テイという謎の新人の事すらわからない。
「そりゃ情報封鎖やろ。うちらは健音テイを追う二人を探して合流せい言う事や。氷山の好きそうな」
「KAMUIGAKUPO――――――――――氷山貴様ああああああああああああああぁぁぁぁぁ」
「私は、どうしましょうか」
一応聞いてみる。だが、意外な答えが返ってきた。
「とりあえず付いて来て貰おうか。うちらが警護して市長が直接現場で観戦して貰う名目で来てくれたら、軍も後処理がやりやすいしや」
「え、あ、もちろん」
今は軍を離れて行政区の長である。軍事行動に直接関わってはいけないという先入観があったが、言われてみれば管轄内で起きる非常事態である。軍人と行動を共にしても問題はない筈だ。
「ならば結月という攻響兵を連れて来ているから、市長の連絡役として使って頂いて構わない。直ぐに呼ぶ」
「お願いします」
先の大戦では敵は勢力としてまとまって存在していた。少なくとも、ルカのような部隊行動の下で戦う兵士にとっては、敵がいる地域やいるかも知れない地域やと、敵がいない地域の差は明確だった。なし崩し的に作戦行動に移るという状況は、前の戦いでは殆ど経験しなかった。エルグラスのような戦災も恐ろしいが、攻響兵が潜入してきて味方の勢力圏の中で遭遇戦やゲリラ戦が始まるというリスクの存在は、都市活動を停滞させかねない深刻な問題だ。
未知の状況だが、覚悟を決めなければならない。巡音ルカは立ち上がり、叫んだ。
「あとは、折り詰めにして頂けますか!!!朝方に取りに伺います!!!!」
「そうそう、グラサンかけてパイプ加えてタッパーもって、あいるびーばーっく、って……」
ルカは背中に無言で裏拳を叩き込まれた。
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