悪い男(1)-カイトの真実- 後編
「それが、まあ、馴れ初め?っていうのかな」
焼酎のグラスを片手に、メイコは少し照れたように、正面に座るルカにそう言った。
「やっぱり、最初から主導権は、お姉様ですのね」
と言って微笑むルカの手には、レモンサワーのグラスが握られている。
二人とも結構酔っているらしく、顔が赤い。
ここはメイコ達が住む家のリビング。
一階にある二十畳ほどのリビングダイニングの隅。テレビの前に置かれたテーブルとソファのところで、酒盛りは行われていた。
メイコの隣にはカイトが座り、ルカの横には、隣に住む神威がくぽが座っていた。
この四人での歌の収録が終わった後、メイコ達に進められるまま、がくぽもこちらの家にやってきて、そのまま酒盛りが始まったのだ。
男二人の手には、琥珀色の液体が入ったグラスが握られている。
ただ同じ琥珀色でも、カイトの中身が烏龍茶に対して、がくぽの方はウイスキーのロックだ。
「あんまり、色っぽい話しでもなかったでしょう。酔った上……だし」
照れ笑いするメイコの横で、カイトは苦笑していた。
「めーちゃん、恥ずかしいから、その話しはそれぐらいにしてよ」
どういう話しの流れだったか忘れたが、ルカから二人の馴れ初めをぜひ……とのリクエストで、今に至っている。
酔った勢いで話すメイコの横で、カイトは苦笑と照れ笑いに終始していた。
「あっ、食べるものなくなっちゃったね。何か作ってくるよ」
「カイト、お酒も-。追加ー」
「はいはい」
適当な返事をして、カイトは今いる場所から一番遠い、リビングダイニングの向こうにある、壁で半分仕切られたキッチンへと消えていった。
「俺も手伝ってきます」
がくぽが立ち上がる。
「お客様はいいのよ」
メイコが止めるが、がくぽはさりげない風情でそれを受け流した。
「客と言うほどの者ではないですから」
がくぽの置いたグラスの氷が、小さな音を立てて崩れた。
「義兄者(あにじゃ)」
「なんだい、殿」
二人は時折、戯れのように、こう呼び合う。
「丁度よかった。殿、冷蔵庫から白ネギと白ごま出して」
「あっ、ああ」
話しの出鼻をくじかれる形になったが、がくぽは負けていなかった。
「さっきの話し。ルカ殿は、主導権はメイコ殿と言っておられたが、俺にはそう聞こえなかった」
「なんで」
野菜室から出した白ネギを調理台に置き、今度は冷蔵室を開ける。
「俺は男だから、男目線でさっきの話しを聞いていた。どうも義兄者の行動がひどく冷静に見えてしょうがない」
「そうかな。結構パニクっていたよ。俺」
そう言いながら、カイトはトマトを賽の目に刻んでいた。
傍らには水切りをした絹ごし豆腐が置かれている。
「なら聞くが、玄関先で押し倒されところから、なぜ、気づいた時には義兄者の部屋にいた?」
「……」
取り出した使いかけの白ごまも、調理台に置くと、がくぽは白ネギを洗い始めた。
「義兄者が、途中で意識を無くしたメイコ殿を運んで……そうしたのではないか?」
「まあ、そうだね」
カイトは簡単に認めた。
「でもめーちゃんは気を失ってはいなかったよ。正体はなくしていたけどね」
基本自分の方からは、何もしていない。
キスをしてきたのはメイコの方。
自分はそのキスを唇と舌で、もっと濃厚な物にして返しただけ。
抱きついてきたのもメイコの方。
自分は手と指、そして最大の武器である声で、その抱擁を、もっと官能的な物にしただけ。
カイトの与えた快楽で正体を無くしたメイコを抱き上げ、自分の部屋に連れ込んだ。
そして最後まで抱いた。
今まで自分をだまし、堰き止めてきた想いの丈をぶつけるように。
洗い終わったネギをカイトに渡すと、がくぽはため息をついた。
「メイコ殿の部屋ではなく、義兄者の部屋……っていうのも、義兄者が仕組んだ仕掛けに見えるんですが?」
「がっくんは良く気がつくね」
メイコの部屋は、カイトの部屋と同じフロアだ。わざわざ自分の部屋に運び入れたカイトの行動に、さっき話しを聞いた時、がくぽは冷静で作為めいた物を感じたのだ。
「でも仕掛けと言うほどのものじゃないよ。単に、自分のテリトリーの方が、後が有利だと思っただけ」
「なるほど」
料理を盛る器を調理台に置きながら、がくぽは納得したように頷いた。
「お互い忘れよう。なんて言ったのは作戦のシナリオ?」
「そうだよ」
ネギを刻みながら、カイトはあっさりと応えた。
「でもこれぐらいの策は許して欲しいな。弟から男に昇格するのは、なかなか難しいんだよ。ハードル高くて」
「確かに」
床下収納庫を開けて、日本酒を出しながら、がくぽは同意して見せた。
同意はしたものの、普段人畜無害そうなこのカイトが、そこまでやる男だったことが意外だった。
「他に質問は?」
「ありません。ただ義兄者の意外な一面を見た気分ですよ」
「そう?こう見えても俺、結構苦労人だよ。人の心理も読めば、人を動かすための策も考えるし、演技の一つもやってのけるよ」
「相手がメイコ殿であっても?」
「めーちゃんであっても」
切った野菜と豆腐を和えた物に白ごまを振りかけて、塩で味を調えながら、カイトはこともなげに応えた。
「追加質問。もし、メイコ殿に押し倒されなければどうしていました?自分からコクってました?」
「うーん、そうだね。多分今も弟でいたと思うよ。自分の気持ちなんて、全部押さえつけて、ちょっとお馬鹿で頼りない弟をやってたと思うし、やり続ける自信あったし」
「……全部メイコ殿のせいと」
口元に笑みを浮かべただけで、それには応えず、カイトは出来た料理を皿に盛りつけた。
「ずるい人だな」
「自覚してるよ」
そう言って浮かべた笑みは、がくぽの目に、ひどく蠱惑的な物に映った。
「カイト~、まだ~」
向こうでメイコが呼んでいる。
「すぐ行くよー」
料理の器を持ったカイトの後を、一升瓶を持ったがくぽが続く。
「俺も大変だったけど、がっくんも大変そうだね」
「えっ?」
「ルカは手強いよ」
突然出た名前にがくぽは、メイコと楽しそうに話しをしているルカの方を見てしまった。
「わかってますよ。だから地道な努力を続けています」
「地道……似合わないな~」
「義兄者ほどではありません」
二人が顔を見合わせて笑った。
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ご意見・ご感想
イソギン
ご意見・ご感想
初めまして、イソギンと申します。
「悪イ男」ステキでした!
前編を読んで、なぜ「悪イ男」なのだろう?と思ったのですが、後編で合点がいきました!なるほど! ステキなカイメイをありがとうございます!
2012/11/11 15:21:40
聖 京
>イソギン様
初めまして、メッセージ&読んでいただいて、ありがとうございます。
カイトの「悪イ男」ぶり(?)を分かっていただいて嬉しいです。カイトをかなり斜めな性格にしてしまったので、カイメイ好きの方に受け入れてもらえるか心配していましたが、ほっとしました。こちらこそ、ありがとうございました。
2012/11/11 17:14:56