【本年弥生中旬;始音カイト】
「ねぇ。良かったら俺とお茶してくれないかな」
 俺が声をかけたのは、品の良い学生服を着て自身とそっくりな文化人形を抱いている少女。
 このあたりの学徒でこれほど質の良い生地を使う制服の学校は一つしかない。
 学校に通えるのはほとんどが華族であり、この少女もそうだと判断する。
「新手のナンパ…ですか?」
 見上げてくるその視線に俺に対する不信感がありありと見える。
 本気でナンパだと思い込んでるらしい態度に、俺は次の言葉が出なかった。
「……リン、さっさと行くぞ」
 近くに居た少年が少女の手を引いて、少女と同じ顔で俺を睨みつける。
 双子なんだと思うのと同時に男女の双子の意味を思い、生かしてもらえて良かったねと危うく口をついて出るところだった。
 たとえ相手がどこからどうみても自分より若輩者とわかっているが、人の出生に口を出すのは失礼すぎる。
 俺が次の言葉を考えている間に、信号機の色が変わる。
 変わるや否や少年が一歩を踏み出すと、少女も遅れて一歩を踏み出す。
「ねぇ、レン、私ってナンパされるほどかわいいんだよね」
「ふーん…」
「もしかして…焼いてる?私があんなカッコイイ人にナンパされてるから」
「誰が焼くかよ。あんな優男がいいなんて、リンも見る目がないって思っただけだ」
「どう見ても焼いてるよぉ」
 賑やかな話をしながら横断歩道を渡っていく学徒二人の姿を見送る。
 見送りながら、先ほどのやり取りの何処をナンパだと思われたのかを思い返す。
 俺としては単純に目的を口にしたつもりなんだが、言い方を間違えたかなぁ。
 双子の学徒達を見送ったその場所、つまり横断歩道の前の路上で考え込む。
「言い方悪かったかなぁ…。うーん…」
「どうかしたんですか?」
「喫茶店の新作アイスが食べたいだけなんだけど…。なぜかナンパに間違われてしまうんだよねぇ」
「良かったら、一緒に行きましょうか?」
「え?」
「お嫌ですか?」
 振り向くと桜の紋章が入った制服を着た女の子が迷惑だったかなという顔をして首を傾げていた。
 制服から俺とは別の隊…桜花隊の子だとすぐにわかった。
 先ほどの質問してきた声と同じ声ということは…つまり俺と一緒にあの喫茶店に入ってくれるということらしい。
 半分諦め掛けていたのもあり、その申し出は地獄に仏。
「助かるよ!ありがとう」
 両手で包み込むように彼女の手を取ると、素直な感謝の気持ちを口にする。
 そのまま手を繋いで、俺が入りたかった喫茶店の扉をくぐる。

 からんころん、と軽やかなドアベルがなる。
 窓際の景色が良い席を選ぶが、座る気配を見せない彼女を見かねて俺が先に座る。
 俺が座るのをみて、気付いたように慌てたように座る。
 暫くすると、ウエイトレスが切子グラスに水を注いでテーブルに置く。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「えっと…」
「新作の桜アイスのデザートセット二つ、飲み物は紅茶。…でいいかな?」
 前半の注文はメイド風の服を着たウエイトレスに向かって、後半は彼女に向かって声をかける。
「あ、はい。」
 俺の問いかけに反射的に答えてから、メニューに書かれた値段を見たのだろう。
 書かれたその金額に目を丸くしているようだが、それも仕方ない。
 ぱっと見にはわかりにくいが、この店の小物なども上質な品が多く使われている。
 ここは華族御用達…貴族などお金持ちが来るような店なのだから…喫茶店のデザートとはいえ金額もそれ相応となる。
 俺がこれるのも単なる軍人だからというだけではなく、そう言う事情もすくなからずある。
「心配しないで、俺のおごりだから」
「でも…」
「いいから、ね。あと、クッキーを頼む」
 困ったように断ろうとする彼女に向かって、再度おごらせてほしいと告げたあと、目に入ったメニューの一つを追加する。
 デザートをおごるだけでは、俺としてはこの感謝の気持ちには全然足りないのだが…。
「はい。ご注文は薄桜デザートセットの紅茶二つと、さくさくクッキー一つで宜しいでしょうか?」
「よろしくたのむよ」
 ウエイトレスが厨房に下がるのを見送ってから、俺とこの店に入ってくれた彼女に視線を向ける。
 彼女はどこか居心地悪そうに視線を彷徨わせていた。
 喫茶店に来る男女といえば『恋仲』としてというのが定番だから、ソレを心配しているのかもしれない。
 俺は慣れているとしても、彼女には俺なんかとそう言う噂になってしまっては申し訳ない。
「私がいなくてもよかったんじゃ…」
 返ってきた答えは俺の答えとはまったく違っているもので少し気が抜ける。
 彼女は恋愛事情とか色恋沙汰には疎いようだ。
「んー…。流石に俺一人ではいる勇気はなくてねぇ」
 のんびりとした口調で事情を簡潔に言ってから肩をすくめると、彼女が柔らかく笑う。
 周りを見渡すとほとんどが女性で、店にいる男は俺一人なものだ。
 いくら甘い物好きの俺でも此処に入るには勇気がいる。
 色恋沙汰ならまだ面目も立つだろうが、甘い物好きというのはちょっと無理がある。
 国を守る軍人が女性のように甘い物好きで、一人食べにいってるとか噂された日には信用を落とすどころの騒ぎじゃない。
 上官の顔を脳裏に浮かべて、思わず叱られる光景を想像し、身震いする。
 テーブルに射した影に視線を上げると先ほど注文を取りに来たメイド風の服を着たウエイトレスの姿。
 シルバーのワゴンに乗せられているは白い皿に盛られた薄桜のアイスクリームに、青い色彩で細やかな模様が描かれたティーセット。
 楕円形の縁に沿って緑の蔦と葉が描かれた皿には、クッキーが少しずつずらされて並べられている。
「失礼します。ご注文の品です」
 そういって恭しくテーブルにすばやくセッティングしていく。
 注文したものが全てテーブルに並べられたあと、すこしだけ間があってからウエイトレスから質問された。
「それから…『雪花隊の将校さん』で合ってますでしょうか?」
「…まぁ、そうだね」
 問いかけられた呼び方が所属部隊とその階級を示すもので俺とは限らない。
 この店にいるその条件に当てはまる人物が俺しかいないというのもあり、少し言葉を濁しながら頷く。
 こういう店に来ている軍人という評判が上司の耳に入ったのではないかと内心びくびくする。
「先ほど椿太夫からの伝言がありました。『今日もよろしくお願いしますわ』だそうです」
 ウエイトレスが告げた伝言にホッとするものの、ある意味ではため息を付く。
「メイ…椿太夫の伝言ありがとう」
 先ほどの緊張から開放されたのもあって、思わず名前を口にして慌てて源氏名で言いなおす。
「それでは、失礼します。」
 ウエイトレスが軽く頭を下げて、カウンターへと戻っていく。
 俺は目の前に用意されたアイスクリームを一口食べ、冷たくも甘い幸せをかみ締める。
 冷たさは俺には身近なもの、甘いものは幸せな記憶を呼び起こす。
 周りの視線などすっかり忘れて目を閉じて、ひと時のその甘い幸せに陶酔する。
 何度目かを口にしたところで、彼女が一口も食べてないことに気付いて食べるように促す。
 スプーンでアイスクリームを掬うところまでで、彼女の手が止まった。
 それから俺の顔を見ながら、言葉を選びながら尋ねてきた。
「あの…椿太夫と親しいんですか?」
 花街の花魁である椿太夫はいろんな意味で有名だ。
 華のある美しさもそうだが、生に満ち溢れた強い瞳に勝気な気性。面倒見がいいので後輩に慕われている。
 そんな花魁とは関係がないと言いたいところだが、彼女が事件を起こすたびに俺が巻き込まれる。
 花魁道中に起こった事件を思い出すだけで頭が痛くなってくる。
 大きい事件はともかくとして、小さい事件までを全部含めて数えていくとキリがない。
「ん?親しいって…まぁ、彼女とは幼馴染だからね」
 今思えば、年に数ヶ月避暑地での交流とはいえ、同じような年頃の友達というのは本当に貴重だった。
 幼馴染と呼べるような子供時代の遊び相手はメイコぐらいしか居なかった。
 メイコにしてみれば単なる子供時代の友達になるのかもしれないが、俺にとっては幼馴染ということにしておきたい。
 上官の命令で付いていった店で再会してからのことは…………いや、もうそこは考えないことにしよう。
「その…」
 言い難そうにしていることで、メイコに関わることで、よく言われる俺の噂が思い浮かぶ。
 色恋沙汰の噂は多いが、その中の一つで当たらずとも遠からずの噂話。
「あぁ、『いつも花街にいる遊び人の雪花隊の将校』」
 口に出すと、ごめんなさいごめんなさいと彼女が謝罪を繰り返し述べる。
 謝られると困るのは俺のほうだ。
 花街に行っている事を隠す必要がないと思って、そのままにしていたから広まった噂。
「もしかして本気にしてたりする?」
「えっと…」
 彼女は嘘が苦手のようで、口篭ってしまうのも本気にしていたという証だろう。
 素直で好感が持てるが、あの噂を本気にされるとはおもってなくて苦笑いを浮かべる。
 噂話のように色恋沙汰での通いならともかく、酒を飲み交わすだけだから色気の一つもない。
 そもそも酒を飲むのはメイコであり、俺は側にいるだけの事も多い。
 加えて、メイコが悪酔いした後処理は俺がするのだから、まったくもって甘い事など一切ない。
「二人で酒飲んでるだけだよ。あの部屋から桜がよく見えるんだ」
 千本桜ほどではないけれどね。と、あの部屋からみえる桜の光景を思い浮かべる。
 枝垂れ桜が池に映り、風が吹けば淡い色が夜を舞い、開け放たれた部屋へと花片が流れてくる。
「千本桜…」
 彼女が吐息のような声で呟くのが聞こえた。
 吉野の千本桜とまではいかないが、それに近い桜の名所を俺は知っている。
 声に夢や憧れのような羨望の感情が見え隠れしていて、思わず彼女を誘っていた。
「見渡す限りの桜、見てみたいかい?」
 コレではあの学徒の少女が言ってた通り、ナンパにしかならないじゃないかと自分に突っ込みを入れる。
 きっと彼女も疑いの視線を向けるだろうと思っていたが、返ってきたのは想像していたのとは真逆の結果だった。
「はいっ」
 俺の誘いに彼女はこれ以上無いほど元気よく即答し、期待に満ちた瞳を輝かせている。
 元気の良い返事だ、なんて現実逃避の答えが口を付く。
 誘ったからにはなかった事にはできないというより、この眼差しを向けられて裏切るのは心が痛む。
 ナンパしてしまったのではないかという罪悪感と、期待されたからにはという使命感に揺れる。
「そうだな…近いうちに桜花隊に迎えに行くよ」
 迎えに行くといいながら、俺はまだ彼女の名前を知らないことに気が付いた。
「ああ、君の名前は?」
「ミクです。初音ミク」
 始まりの音とかいて『はつね』って読むんですよ。と指で中に文字を書いて名前を教えてくれる。
 彼女の名前を聞いたのだから、俺も名前を相手に告げるのが礼儀だろう。
「俺は…」
「雪花隊のしょ…」
「カイト」
 続けて言おうとしたのは『雪花隊の将校さん』だろうが、さすがの俺でも役職名で呼び出すことはない。
「え?」
 ミクのきょとんとする顔をみて、自然と笑みがこぼれてしまう。
 こんなに自然に笑えたのは久しぶりだ…。
「俺はカイトだよ。ミク」
 再度、俺が名前を口にするとミクは小さく俺の名前を繰り返す。



 その日の夜、俺は花街のある店の暖簾をくぐっていた。
 頼まれた酒を手土産に店に訪れると薄紅色の着物を着た女性に椿太夫のいる部屋に案内される。
 部屋の前に着くとふすま越しに椿太夫に声をかけ、それから俺に軽く会釈し、俺達の邪魔をしないようにと下がる。
 いい教育だと思いながら、部屋に入るとメイコが楽しそうに笑いながら俺をからかってきた。
「聞いたわよ。桜花隊の可愛い子とお茶してたんですって?」
「新しいデザートを食べにね。さすがに俺一人じゃ入れないからねぇ」
 昼間のことを言われ、俺は思い出しながらデザートのことを思い返す。
 塩漬けされた花弁が織り込まれた薄桜色の冷たいアイスクリーム。
 和菓子の桜餅のような風味もありながら、アイスクリームの冷たく甘い味がしっかりあった。
 期間限定というのがもったいないほどの味。
 彼女が一緒に店に入ってくれなければ、食べられなかった。
 そんな貴重なデザートの味を思い出して、自然と笑みがこぼれる。
「相変わらず甘い物好きなんだから」
 思い出し笑いをする俺を呆れた瞳で見る。
「お互い様だろ」
 酒瓶を置くと、適当にその場に座る。準備の良いことに、メイコの側には酒を飲むための杯などが用意されてる。
 太夫としてあまり酒が飲めないのよね、とかいってたおしとやかを演じようとした姿は今はどこへ消えてしまったのやら…。
 皆知ってるみたいだし、俺が居なくても普通に飲んでもいけるんじゃないかと思う。
 だが、思っていても口にすることは出来ない。
 どうせ言ったとしても、言い合いになると数枚上手のメイコに俺が負けるんだ。
「今日は付き合ってくれるんでしょ。将校さん」
 椿太夫の名にふさわしい特上の笑みを浮かべて酒の入った杯を差し出して役職名で呼ぶ。
「はいはい。太夫のお言葉どおりに」
 恭しくその杯を受け、透明な液体を一気に呷った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

千本桜1-本年弥生中旬;始音カイト-

Pixivで投稿させていただいている千本桜のキャラをイメージしたお話です。メインは将校KAITOです。

閲覧数:270

投稿日:2012/10/06 19:40:26

文字数:5,523文字

カテゴリ:小説

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