重たいまぶた。
まだ寝ていたい。すごく眠たい。
けれど、それじゃあダメだと頭の中の理性が訴える。
私はゆっくりと目を開けた。
そこは図書室ではなかった。
赤と黄色を基調としたおしゃれな部屋で、西洋のオブジェやアンティークな
小物が並んでいる。
蓄音機から流れるジャズが耳に優しい。
目の前におかれた紅茶のカップも、金の縁取りがされていてとてもきれいだ。
そして、私はなぜか椅子に座っている。
しかも隣の椅子では帯人がうたた寝をしていた。
いつ椅子に座ったのだろう。
というより、いつ私はこの部屋にきたのだろう。
ふと見ると目の前には、手を組んで微笑む灰猫がいた。
なるほど。この人ならやりかねない。
「お目覚めですか? お嬢さん」
「…ここへ移動させたのは、あなたね」
「ここは私の住処なんです。お気に召しましたか?」
「好きだけど、それよりも説明して欲しいことが山ほどある」
「なら、簡単に説明しましょうか」
灰猫はパンッと手をたたいた。
すると勝手に帯人の椅子がぴょんぴょん跳ね出す。
帯人は頭をがくんがくん揺さぶられて目覚めることになった。
「大丈夫?」
「……ぐらんぐらんする…ぅえっぷ」
「さて、説明しましょう」
何事もなかったかのように、語り出す灰猫。
蓄音機の音と灰猫の低い声が静かな部屋に響く。
「私のことは灰猫と呼んでください。
まずはこの世界について説明しましょう。
ここは君たちのいた世界とは全く違う世界です」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 違う世界ってどういう意味?」
「そのままの意味です。ここはこの―」
灰猫はおもむろに懐中時計を取り出した。
かちゃりと開いた文字盤の指針は、全く動いていない。
「この音楽時計の中の世界です。
この音楽時計は《魔法の音楽時計》でしてね。
いつしか人の意識を取り込むようになってしまった。
そんな化け物なんです」
信じられるわけなかった。
けれど、今の椅子の仕組みも全くわからない。
手品だとも思えないし、この世界もさっきから空気が違う。
納得するしかないようだ。
私たちの様子に灰猫は満足しているようだった。
「ここまでよろしいですね。
じゃあ、次は貴方達に協力してもらいたいことについて説明しましょう」
パチンと指を鳴らすと、五枚の写真が天井から落ちてきた。
灰猫はそれをテーブルに並べる。
そこには、見覚えのある顔ばかりがあった。
「現実世界から、貴方達は《意識》だけで来ています。
体のほうはあっちの世界で眠り続けているでしょう。
つまり―――この世界は夢の中。
だから、この写真の彼らはあちらの世界で眠り続けています」
「メイコ姉さんに、カイトさん、それに鏡音レン君と鏡音リンちゃん…」
あともう一人は、一度だけ大学病院の病室で見かけた少女だった。
確か、名前は初音ミクだったと思う。
レン君とリンちゃんはクリプト学園の中等部の子で、リンちゃんのほうは
一年前のある事件から眠り続けているそうだ。
あの意識不明事件は、この音楽時計が原因だったんだ…。
「どうやったら、助けられるの。
私たちも、みんなも、どうやったら戻れるの?」
「そう、私が協力していただきたいのは、それなのです」
灰猫が耳をピクピク動かすと、蓄音機が勝手に止まった。
「私の最愛の人は、この世界に閉じこもっています。
彼女がこの世界を作り上げて、何度も何度も悲劇を繰り返しています。
――私はこの世界から彼女を救い出そうと何度も挑戦しましたが、
何度やってもダメでした。
助けるためには、その悲劇の物語を《書き換える》ことが必要です。
だから、貴方達のような異世界から来た《書き手》が必要でした。
写真の彼らをここへ招待したのは私です。
彼らは今も《書き手》として戦っているでしょう。
彼ら、そして自分自身を助け出すには、その《悲劇》を書き換えなければ
なりません」
「―悲劇を書き換えるなんて、そんなことができるの?」
灰猫はそっと、雪子に懐中時計を差し出した。
私は恐る恐る受け取った。
「これをお使いください。
これで悲劇を書き換えることができるでしょう」
灰猫は椅子から立ち上がる。
私たちも立ち上がると、彼は部屋の端にある扉のドアノブに手をかけた。
「それでは、行きましょうか。
ここは私の住処なので、私のことを何でも聞いてくれますが、
外は一番最初の犠牲者である「とある少女」の世界です。
この世界の中心は《彼女》ですから、十分気をつけてください」
「待って、灰猫さん」
「なんですか?」
「最後に一つだけ教えて。
もし、その少女の《世界》に負けたらどうなるの?」
灰猫は苦笑した。
「残念ながら、意識は全てこの世界に飲み込まれてしまいます。
この世界を作った少女も、今ではこの世界に飲まれかけている。
おそらく、これが世界を救う最後のチャンスとなるでしょう」
彼は扉を開けた。
扉は真っ白な光に包まれている。吸い込まれそうだ。
灰猫はぴょんっと扉のむこうへ飛んだ。
「さあ、行きましょう。夢の世界へ」
彼の声だけが聞こえる。
扉に近づいても、向こう側は真っ白で様子がうかがえない。
…怖い。
「大丈夫だよ…」
スッと帯人の手が私の手を握る。
「僕が…守るから…」
ありがとう帯人。
ちょっと、勇気でた。
「行こっか」
「行こう…」
私たちは扉の向こうへ飛んだ。
真っ白な光のなか、ギュッと手を握っていた。
絶対に離れないように。
優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第03話「夢の世界」
【登場人物】
増田 雪子
帯人のマスター
帯人
雪子のボーカロイド
灰猫
夢の世界から「とある少女」を助けるために
人々(書き手)を世界へ連れて行っている青年
【コメント】
いろいろ解りにくいかと思いますので、ここにて補足説明をしましょう。
魔法の音楽時計
人々の意識を飲み込んでしまう音楽時計
意識不明になってしまうのは、こいつが原因
書き手
異世界の人々のこと
夢の世界の悲劇を書き換えれるのは、異世界の人じゃなきゃならない
夢の世界の住人である灰猫さんはそれができない
とある少女
この音楽時計に一番最初に取り込まれて、夢の世界を形成していった子
悲劇の物語を作り上げてしまい、多くの人を悲劇へ巻き込む
しかし、彼女自身の精神も限界にきており、夢の世界へ飲まれかけている
コメント4
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ブクマつながり
もっと見るある日、私は盗んだ音楽時計をくわえて走り出しました。
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ご意見・ご感想
アイクル
ご意見・ご感想
なんと勘の鋭い人でしょうッ!Σ(〃ワ〃
人柱アリスも実は後々、ストーリーに入ってきますよ。
こちらも大歓迎です!≧ワ≦
よろしくお願いします♪
2009/03/30 11:51:10
あびる@修業中
ご意見・ご感想
違ったらごめんなさいもしかしてこれは人柱アリスではないでしょうか?私は人柱アリスが大好きなんで大歓迎です^^
2009/03/29 12:48:35
アイクル
ご意見・ご感想
おぉ!!またこんなにご意見がッ!(*≧ワ≦*)
今回はファンタジーです。
いくら無敵なボーカロイド帯人君でも、苦戦するでしょうねww
「灰猫の目的はいったい!?」
「帯人と雪子の運命は!?」
「カイトはやはりバカイトなのか!?」
そんな感じで、読み進めてみてください♪(笑
2009/01/24 21:22:40
まにょ
ご意見・ご感想
うゎああ!な、なんでしょぅか…。
スケールがでっかくなってきましたね。。
続き、とっても気になります!
それにしても、アカイトは灰猫さんではないのですかね・・?
この説明によるとアカイトはなんとなーく「異世界」の住人だと思いますけど・・・。
うーーーーーーむ・・・。気になる~~~~!
2009/01/23 17:47:14