開いた扉から電車に乗り込み、辺りを見回す。
君の姿は、今日もみつからない。
「…リンさ~ん。そのしかめっ面は何かなぁ~?」
「……別に」
引き攣ったような笑顔の友人の言葉に、素っ気なく返す。敢えて言うなら、今すこぶる機嫌が悪い。
…いや、「今日も」と言うべきだろうか。
数週間前―――落とした定期を拾ってくれた少年を無視して勝手に立ち去ったあの日以来、彼の姿を電車で見かけることは一度も無かった。
そりゃ、私はそれまで彼の存在なんか一切気に留めてなかったし、「毎朝同じ電車に乗ってる」なんて、でたらめかもしれない。
でも、あの言葉から嘘は感じられなかったし、悪意も無かった…ように思う。それだけに、一度も会うことの無いこの状況が、何となく納得がいかない。
「はは~ん。さてはまた例の彼に会うことが出来なくて、落ち込んでるんだな?」
「うるさいなぁ。ミクには関係ないでしょ?それに落ち込んでなんかいないし」
「大事な友人が困ってるんだもの、無関係でいられるわけないじゃない」
「…そういうのを、有難迷惑って言うんだけど」
相も変わらず自分のペースで勝手に話を進める友人に、頭が痛くなる。悪気なんか一切感じられないその楽しそうな顔に、更に腹が立つ。
「う~ん、でも、ここまで会えないって事は…リン、もしかして避けられてるんじゃないの?」
「……」
「『きゃ~ヘンタイ!近寄らないでっ!』とばかりに突き放したんだものね~。無理もないかなぁ」
「そんなこと、言ってな」
「同じだって。純粋な少年の心を傷つけるなんて、リンも罪だなぁ~」
うっ…。そういわれると、反論の言葉が出てこない。
確かに、お礼を言うときも警戒心丸出しだったし、加えてあの反応。彼が「もう顔を合わせたくない」と思ったとしても、おかしくない。
でも、私はそんなつもりじゃなかったし、いつまでも勘違いをされたままなのは困る。
今後付き合いなんかないだろうけど、やっぱり本来とは別の人物像で認識されるのは気分の良いものではない。 ここはやっぱり、しっかりと弁解してその認識を改めてもらわないと。
で。問題は、どうやって彼とコンタクトをとるか、という点だけど………これが完全にお手上げ。
私には彼が栗付高校の生徒であることと、同じ電車を利用して通学している…という情報しかない。向こうが意図的に私を避けているのだとしたら、こちらは打つ手なし。
(……私、そんな冷たい性格じゃないんだけどな…。)
話し方や性格はちょっときついかもしれないけど、感謝や思いやりの気持ちだってちゃんと持ち合わせている。
女子高の空気になれてきた事もあって、あんな風に男の子に気軽に話しかけられるのなんか久しぶりだったから、どう返事すればいいかわからなくてあんな別れ方しちゃったけれど…でも、助けてもらった事は本当に感謝してるのだから。
それだけに、もし本気で避けられているのだとしたら……それは、ちょっと、ショックかもしれない。
「お、そんなリンに朗報。彼、今度の日曜日に図書館前駅に現れるわよ」
ぼんやりと思考を巡らせていると、友人の口からとんでもない言葉が飛び出した。思わず絶句。
当のミクは、右手に持った携帯を振ってにこにこと笑っている。………あ、なんか嫌な予感。
「『何でそんなことわかるんだ?』って顔してるわね。…いいでしょう。特別に教えてあげる」
唖然とする私にはおかまいなしに、ミクは得意げに語りだした。
「私には従兄弟がいます」
「はぁ…」
「彼は栗付高校の生徒です」
「……え」
「リンが探してる男の子が、そいつの友達だとしたら…?」
「…………」
「リン~、私お昼ネギカレーパンがいいなぁ!」
両手を組み合わせて猫なで声を出す悪友の姿に、全身の力が抜けていくのを感じる。と同時に、ふつふつと怒りが湧き上がっていった。
…このやろう。つまるところ、すべての事情を知っていて、その上でそれを隠して私をからかっていたって事か。予感的中、本当にこの友人といるとろくなことがない。
「おやぁ、困っていたところに助け船を出してあげたというのに、その顔は何ですかリンさん。…あれ、それともこれはいらない情報だった?」
「………………っわかった、わかったわよ!」
「やったぁ!」
飛び跳ねるミクを横目に、ひとつため息をこぼす。
悔しいけれど、今回も完敗。友人のとっておきの切り札に打ち勝つためのカードは、あいにく持ち合わせていない。
こんな状況まったくもって面白くはないけれど……まぁ、仕方ないか。無駄な出費はちょっと痛いけど、その情報、有り難く受け取るとしましょう。
そして―――
(あ、本当にいた………)
日曜日の午後。友人の情報通り、市内でも大きな図書館のすぐ目の前にある駅のホームで、目的の人物をみつけた。
少年は、何やら携帯を見つめて頭を抱えている。よっぽどダメージが大きかったのか、携帯をにらみつけたまま私の姿に気づく気配はない。
ミクの話によると、彼女の従兄弟が嘘の約束を取り付けて彼を連れ出したということらしいけど、あれはおそらくその従兄弟君が約束の場所に現れない、というような事を伝えるメールなのだろう。
どうやら彼の友人間のポジションは、私と同じような位置にあるらしい。これは困った友人を持つ者同士として、その境遇に同情せざるを得ない。
そんな事を思いながら彼の横顔を見つめていると、なんだか無性に腹が立ってきた。あぁ、ほんと何やってんだろ…。
何も知らずにひょこひょこ出てきちゃった彼も彼だけど、この作戦に乗ってしまった自分も自分だ。今頃あのネギ女はお腹を抱えて笑っているのだろう。
からかわれているとわかっていながら、結局はその思惑通りに踊ってしまう自分が情けない。…あぁ、なんか悲しくなってきた。
これはもうさっさと用事を済ませて、苛立ちと一緒にこの胸の中のモヤモヤを取り除くしかない。うん、それがいい。
そう自分に言い聞かせると、未だ頭を垂れたままの彼の前に立ちふさがった。彼はまだ気付かない。
「…なにが『同じ電車でよくみる』よ、あれから全然すれ違わなかったじゃない」
当てつけとばかりに声をかけると、少年はものすごい勢いでがばっと顔を上げ、ぽかんと口を開けて私を見た。 何よ、その幽霊でも見たかのような顔は。
「お久しぶり…というべきかしら?」
「え、あ、どうも…」
気を取り直して挨拶したものの、少年はそう答えたきり口を閉ざしてしまった。しばし沈黙。
…うわぁ、失敗。ついカッとなって何も考えずに突撃しちゃったけど、これって結構まずい状況かもしれない。
仮にも相手は私の事を避けていた人。前回が前回だし、これで弁解する間もなく逃げられてしまったら、今度こそイメージ撤回の機会を失う。
そんなことをぐるぐると考えていると、少年が恐る恐る…といった感じで口を開いた。
「えっと、どうしてここに……?」
……なるほどそうきたか。少年の質問に、ぐっと言葉を詰まらせる。
まぁ、確かに偶然にしちゃ出来過ぎた状況かもしれない。私だったら絶対、裏に何かあるだろうと疑う。
でも、流石に「友人たちの用意したステージの上に乗っているのだ」なんてネタばらしするわけにはいかないし、そんなことはしたくない。
ここは彼が単純である可能性に賭けて、偶然を装うしかない。
「……ちょっと用事があってこの辺りに来たのだけど、あなたの姿がみえたから…」
「え、あ、そうだったんだ…」
思いつきで言った言葉を、どうやら信じてくれたらしい。彼が単純な方の人間でよかった。
ほっと小さく息を吐き、改めて少年の顔を見る。
私と同じ金色の髪と青い瞳は、ひと月近く前に会った時と変わらない。そう思うと同時に、一度会ったきりの彼の事を、ここまではっきりと覚えていた自分にびっくりする。
胸の中に、またあのよくわからないモヤモヤとした感情が広がっていく。あぁ、早く追い出さなきゃ。
微動だにしない少年の眼を見つめ、しっかりと息を吸ってから一言。
「ちょっと付き合ってくれない?話があるの」
鳴り響くのは、レールの上を走る電車の音か、それとも戦い開始を知らせるゴングの音か。
どちらにせよ、彼との駆け引きが既に始まっていた事を、私はまだ知らなかった。
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