翌日、大山北大学の安田研究室。そこには安田研究室に所属している学生が集まっていた。みな、不安そうな顔つきをしている。
「クリスティン先輩、僕たち、大丈夫でしょうか?」
心配そうに新山がクリスティンに尋ねる。
「…分からない、所属している教授が刺されることなど、大学としても前代未聞の事態だろうからな」
難しい顔をしながらクリスティンが答える。昨日、雅彦が刺されたというニュースが流れ、そのあとで大学から今日の朝は全員安田研究室に集まるようにと指示が来たのだ。そうして待っていると、扉が開き、野口が入って来た。
「みんな、集まっているか。昨日、安田教授に何があったかはみんなも知っていると思う。昨日、KAITOさんから話を聞いたが、安田教授は現在意識不明の重体だそうだ」
野口の言葉を聞いて、どよめく室内。
「ただ、担当された医師の話では、安田教授は予断は許さない状況とのことだが、これ以上容体は悪化する可能性は低いとのことだ。そして病院では常時安田教授の様子はモニターしている。そのため、病院側は安田教授にこれ以上何かある可能性は低いと判断している模様で、本当に万が一があっても十分対処可能らしい」
その言葉に、ほっとする一同。
「あの…、卒業研究のほうは、どうなるでしょうか?」
「君たちの卒業研究についてだが、状況は安田教授から時折聞いていた。現在は卒業研究の提出は終わったあとだと聞いている。そして今は卒業研究の発表のプレゼンテーションの練習中だとも安田教授から聞いている。よって、卒業研究の発表のプレゼンテーションの練習は私が見ることにする。安田教授の意識が戻り次第、早急に安田教授から話は聞いておく、とりあえず現在決まっているのは以上だ。今回はこれで解散とする」
部屋を出ようとする野口。そこにクリスティンが問いかける。
「プロフェッサー野口、プロフェッサー安田の意識が戻る時期は分からないのですか?」
不安そうにクリスティンが話す。
「うむ、安田教授はいつ意識が戻るかの見込みすら不明な状況で、現在安田教授は面会謝絶だ」
「そんな…」
「病院には連絡を入れ、大学側の事情を説明してあり、安田教授の意識が戻ったらすぐに私に連絡をもらうようお願いしてある。とはいえ、安田教授の意識がいつ戻るかは不明だし、意識が戻ってもすぐ退院とはいかないだろうから、私がしばらく君たちの面倒を見ることになるだろう」
「あの…、僕たち…、本当に卒業できるでしょうか?」
新山が心配そうに野口に問いかける。
「ええっと、君は新山君だったかな?」
「はい」
「大丈夫だ。安田教授と同じく、私も長年卒業研究と研究発表する学生を見て来た。安田教授とは考え方が違うから、プレゼンテーションについては安田教授と方針が違うかもしれない、だが、君たちは私が責任を持って卒業できる様にする。もちろん、それに見合う卒業研究発表の準備をし、しっかりとしたプレゼンテーションをすることが前提だが。だから、心配せず、しっかりと卒業研究の発表の準備をすれば良い。自信を持って取り組めば、きっと卒業できる」
笑顔で答える野口。その野口の表情には見たものを納得させる自信がうかがえた。
「今、ここにいる新山君が不安があったのか、私に質問してきた。恐らく、卒業研究の発表を控えている面々も何かしらの不安があると思う、もし不安があるなら、遠慮無く私に質問しに来て欲しい」
そういうと、野口は部屋を出て行った。
「…ライ、心配するな。私も責任を持ってライを手伝うぞ」
「ありがとうございます。クリスティン先輩も不安そうでしたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だ。ライも不安なのに、私まで不安なのは良く無いからな」
「…ありがとうございます」
「そういえば、ライ、確か野口教授は、学生時代は安田教授の先輩だったな?」
話を変えるクリスティン。
「はい、恐らく野口教授が我々を見ることになったのは、安田教授と野口教授のお二人の長年のつきあいがあって選ばれたのだと思います。安田教授から話を聞きましたが、野口教授は、安田教授が研究室に入った時に、当時の教授から安田教授のサポートに野口教授を指名したらしいです」
「そうなのか」
「はい、にわかには信じ難いですが、安田教授が入った研究室は、今の安田研究室と同じく研究対象にボーカロイドを扱っていた研究室でした。当然、初音ミクさんを初めとするボーカロイドをメンテナンスできることが目当てで研究室に入ってくる学生ばかりだったらしいですが、安田教授はその研究に入ってから、初めて特殊仕様のボーカロイドのメンテナンスができることを知ったそうです」
「つまり、プロフェッサー安田は、最初はボーカロイドにあまり興味がなかったということか?」
「いえ、ほとんど知らないし、興味もなかったといった方が正確だと思います。そんな安田教授にボーカロイドのイロハをお教えになられたのが、野口教授らしいです」
「ほう、そうだったのか」
「ええ、安田教授が初音ミクさんに一目惚れしたのも、野口教授と一緒に行かれた初音ミクさんのバースデーライブだったそうです」
「なるほどな。それは面白いことを聞いたな。…とにかく、今は卒業研究の発表の準備の続きだ。…ライ、さっきの話、また時間があるときに聞かせてくれ」
「分かりました」
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