翌日の昼過ぎ。宿から出た私は、すぐさま処刑会場となる広場へと向かった。
広場は既に大勢の人数が集まっており、街の人々は皆、皇女の悪行や非情ぶりやどんな酷い仕打ちを受けていたかを口々に物語っていた。
そのどこか興奮した面持ちに半ば狂気じみた空気が混じっている。どんな人物であれ、目の前で人が殺されるという事実が人々を煽り立てているようでもある。
そんな広場の隅に、私は見覚えのある影を見つけた。古びた灰色のマントは、昨日まで私が着用していた私物だから間違いはない。……昨夜の子供だ。
相変わらず、子供は恐怖に追われたような表情で、人と人の影の間を隠れるように、うろついていた。
ネズミのようにしきりに小首を彷徨わせながらも恐る恐る歩いている姿は、迷子になって親を探す幼子をも彷彿させている。
昨夜に引き続き、ここでもあの子供が気になってしまうようだ。私は溢れる人の間をするりと縫うように移動し、子供の視界に入る位置まで近寄ってみた。

今の私も、昨日とは別のマントを羽織って顔を隠していたが、やはりこの髪の色は珍しいのだろう……。子供の方も、すぐに私の姿が分かったようだ。
「……あの、昨日の旅人……さんですよね……?」
囁くように、呟きにも近いその声。
「ああ。昨夜はどうも」
「あなたも……この処刑を見に……?」
「旅人は気まぐれなものでね。……しかし、君はなるべく早めに離れた方が良い。子供が見るものじゃない」
「わかってる…………でも…………」
そう呟いたきり、子供は俯いてなにもしゃべらなくなった。相変わらず、肩が小刻みに震えている。
昨日もそうだったが、やはり顔色も酷く青ざめ、今に泣き出してもおかしくないのを必死に堪えている様子だった。

周囲は、相変わらず皇女を非難する声が溢れかえっていて騒がしい。

「…………おい、大丈夫か……?」
あまりにもこの光景には相応しくない様子に、ここを離れて休んだ方がいいのでは……と進言しようとしたまさにその時だった。



鳴り響いたのは、教会の鐘。

まるでこの世の全ての悲劇を見届けても尚、その崇高な音色に変わりなし……とも言いたげな程に高らかに響く美しく乾いた音。
それが、処刑の時間を知らせる合図だった。
そしてその音に驚いたのか、子供の体が一度大きく跳ねた。この世で一番恐ろしい音を聞いたような驚きようだ。
次の瞬間には、広場の中心に建てられた処刑台に向かって、顔を向けた。目を大きく見開き、絶望の全てを見ようとするその形相に驚かされる。

仮にこの子供がこの街の子であり、苦行を強いられていた者であっても、これほどまでに酷い表情をするものだろうか……?

ふいに、私の背筋から汗が噴出すのを感じた。……まさか。直感が告げる。
この子供の挙動、姿形。……そういえば、私自身は無いが、彼女は何度かこの国の皇女と顔を合わせていなかっただろうか。
彼女はこの国の皇女のことをどう語っていた?
何故か、私の中で、全身中が、「思い出せ」と警鐘を鳴らしている気がする


『黄色の国のお姫様は、とても可愛らしい方だったわ。金髪で、白くて小さくて。まるで、お人形のような方なの』
『ちょっと我侭なだけなの。大人達が、それを大げさに拡大してしまっただけで。根は良い子なのよ』
『ああ、そういえば』



『彼女には双子の弟がいるの。とてもそっくりな召使いだったから、驚いたわ』








……嗚呼、折角彼女の声を思い出したのに耳障りな罵声が煩い。
ドクン、と強く心臓が跳ねた気がした。
灰色の布が視界を横切った気がした。

何も聞こえなくなる。いや、一つの音だけが、聞こえた。


リンと鈴を転がしたような、涼やかで……しかし冷たい声が。




「あら。おやつの時間だわ」




悲鳴を上げたのは、誰だっただろうか。










 ……なぜ、こんな事になっているのだろう。街からは既に離れ、ただの荒野へと風景が変わった辺りで、私は深く溜息をついた。
愛馬の上には未だに人形のようにただ座っている少女が一人。
無理も無い。たった一人の肉親であり半身だった「彼」の処刑の場面を、目の前で見てしまったのだから。
幸い、「皇女」の処刑に興奮しきった国民は歓喜の咆哮を上げることに夢中で、泣き叫んだ「彼女」の存在に気付いた者は居なかったらしい。
泣きながらも「レン、レン」とうわ言のように呟いて、今にも処刑台へと駆け上って行ってしまいそうな彼女の体を私は無理やり担ぎ上げ、その足ですぐさまあの街を後にした。
先ほどまで弟の所まで連れて行って、と混乱した上で泣いて騒いでいた彼女も、少しは落ち着いたようだ。
その落ち着いた後が、今度はこの放心状態なのだが……。この様子では、私の声が届くまでにはもうしばし時間が掛かりそうだ。

 しかし、一連の状況や彼女の言動から、私にも大体の事態に察しがついて来た。
詰まる所、『召使』の彼は、立派に己の役割を果たした……という事だ。
自分達が双子である事に目をつけ、捕まる直前に役割を入れ換えて、皇女を逃がし……自分が囮になったのだ。
本来ならばその時点で皇女は遠い地へ逃がすつもりだったのだろうけど……彼女は、初めての孤独と恐怖と混乱に苛まれたままこの地を彷徨っていた。
きっと、街に居る間は自分のしてきた所行や国民の罵声に心身を削る思いだったのだろう。
今の彼女には、噂の悪の女王たる振る舞いや雰囲気さえも微塵に感じられなかった。

ここにいる彼女は誰だ? ……ただ、己の身の守り方も知らなくて怯えている小さな動物ではないのか。

彼女を守る召使は、もうここには居ない。
……そして私にも、もう、守るべき主がここには居ない。

この荒れた地に、残された主人と残された召使。……なんと滑稽なことか。



 「……あんたの事は大体分かったわ。これも成り行き、気まぐれだから行きたい所まで付き合っても構わない」
実際、彼女に聞こえているかは分からないけど、私は馬を引きながら淡々と話す。
多少地の女口調が出てきてしまっているが、こんな何も無い場所なら問題はないだろう。
「だけど、私はあんたの新しい召使になるつもりは無いって事ははっきり言っておくわ」
「…………召使なんて、もういらない。レンが用意してくれないのなら、何もいらない」
うわ言のようだが、ちゃんと返事が返ってきた。
「それは結構。……ついでに、私もあんたを殺したい位には憎んでいる人間の一人って事も忘れないで貰いたいね」
「……え」
今まで何も無かった彼女の表情に、驚きの色が浮かぶ。
私はにやりと口元を歪ませてみせる

「あんたが殺した緑の国の娘。あの子が、私の『主人』だったのよ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

残された者(2)【悪ノ二次】

唐突に光臨したネタを勢いに以下略

閲覧数:1,090

投稿日:2009/02/15 18:32:00

文字数:2,772文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • ミズキ00

    ミズキ00

    ご意見・ご感想

    初めまして、にわかにうぐいすと申します^^

    まさかの桃色視点がすごくすごく面白く、1・2と一気に読んでしまいました。
    すごく分かりやすいし、かつ原作の雰囲気を微塵も壊すことなくこんな小説が書けるなんて…尊敬します!

    是非続編を読ませて頂きたいです!!
    これからも頑張ってください…!

    2009/02/13 10:26:05

  • ズサ

    ズサ

    ご意見・ご感想

    >ま☆さ様

    あ、ホントだ誤字が……(汗) ご指摘有難うございます、修正させて頂きました^^

    まさかこんなに楽しみにして頂けるなんて…!とビックリしています。
    わああ有難うございます……!チラシの裏に書いて自己満足止まりにしないで良かった!(笑)
    続きはなるべく早めにうp出切る様に頑張りますので、この拙い文章にしばしお付き合いして下さると幸いです。

    2009/02/13 09:16:34

  • ま☆さ

    ま☆さ

    ご意見・ご感想

    あああああああ!!!!!もっとよみてええええええええええ!!!!!!!!!!!

    ・・・・・・失礼しました。

    (1)を読んで、もっと読みたくて、コメ書いた後に(2)があったのに気づき、読んでみたらば
    更に続きが読みたくなりました。

    急いでうpされたのでしょうね、(2)の“自分が劣りになったのだ”だけ、識の無い自分も
    気になってしまいました・・・すいません、生意気言って。

    もしかしたら。これを入力したらまた続きがうpされてるかもしれないけど・・・

    続編早期掲載激激熱烈超希望!!!!!!!!!!!!

    ほんっとにおもしろいです。

    2009/02/13 02:27:33

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