黄色の国の王政が崩壊した。
今、街の人々はその話題で持ちきりだ。

 黄色の国は、他国の国民である私達から見ても酷い有様だった。
絶対王政。極悪非道。民の貧窮など嘲笑うように見下して、王族貴族達は贅沢三昧を繰り返していたという。
そしてなにより……その頂点に君臨していたのは、まだ齢14の少女だったという。
噂話だけでは、信じられない御伽話のようだった。

現在までの経緯は、私には遠くから聞く噂話でしか知る術がない。
曰く。虐殺に巻き込まれた村の娘が剣を取り立ち上がった
曰く。最愛の娘を暗殺したことで青い帝国の王子の怒りに触れた
曰く。虐げられた国民達が暴動を起こした
曰く。宮殿に反逆者が現れたことによる内部からの決裂
……街の人から聞く言葉はどれも目を背けたくなるほどに残酷で、しかしどれも真実を物語るものなのだろう。

詰まるところは、自業自得。
皇女が居る限り、自分達の生活に光など差し込まない。彼女はまさに『悪ノ娘』だ。
街の中は悪逆非道を絵に書いたようなその幼き皇女の処刑を、今か今かと待ちわびる人々の興奮と狂喜に溢れかえっていた。
少なからず頂点に立つ者であった悪ノ娘の死を望む者は居ても、悲しむ者など皆無に等しい……。
しかし、そんな現状に皮肉を思いこそはしても、同情する気には全くならなかった。
……私自身もまた、かの皇女の死をこの目に焼き付けるために、処刑場となるこの街にやってきた1人なのだから。

皇女の処刑は明日の午後3時、教会前の大広場で行われるらしい。
掛けられすぎた重圧から開放された事で盛大に賑わっている市場を横目に、休息に立ち寄った酒場の店主から聞いた情報だ。
「しかし、あんたみたいな若い娘が首切りを見にわざわざ旅をして来るなんて、珍しいな。あんたどこから来たんだい?」
店主は、薄汚れたマントの下に垣間見える私の容姿に興味を示していたようだった。
確かにこの国では、私のような桃色の髪と肌の色は多少珍しい部類に入るのだろう。
「元々私は遠くの国から国を渡り歩く根無し草の旅人。……しかし、どこと聞かれたら……私の故郷は緑の国、と」
「緑の国!? ……それは……」
店主の顔が青ざめ、言葉を詰まらせた。無理も無いだろう……。緑の国はもうどこにも無い。黄色に滅ぼされたのだ。
皇女の気まぐれな一言で、一夜のうちにあの穏やかだった国は雑草を踏み潰すように消されたのだと……そう知ったのも、なにもかも失った後だった。

「私はただ、大切な人の命を奪った人間の顔が見たかっただけです」


 故郷に帰ると、いつも嬉しそうに出迎えてくれる少女の姿はなかった。よく知る街もそこにはなかった。
あったのは、ただ一面の焼け野原と廃墟と人が暮らしていたものの残骸だけだった。
出来れば、希望を持ちたかったのに。きっと彼女は、どこかにいると。……この凄惨な光景から、逃げ切ってどこかにいると信じたかったのに。

見たくなかった。誰の仕業なのか。何故。何のために。どうして、



どうして、あの場所で一番に目に入ったのが、彼女の墓標だったのだろう。



もっと早く。いや、それよりも。彼女の望むままに傍に居ることが出来たのなら。
あの時私は墓標にすがりついて泣いた。叫んだ。怒った。この墓標を立てた者を、心の底から憎いと思った。
しかし、それ以上に……彼女を守るために戦うことすら出来なかった自分が、一番憎くて悲しかった。
だからだろうか……。緑の国が全滅したのは黄色の国が奇襲を掛けたからだと知っても、私の心には復讐心は芽生えなかった。
武装した赤の娘が民間軍を率いていたことも。そして青い帝国と同盟を結んで戦争の計画を立てていた事も。
知りはしても、仲間として参戦する気にもなれず、ただ私はこの虚無感を持て余して時代の流れを傍観していた。

そうして感情の踏ん切りもつけぬままに過ごし続けた結果が、この日だ。

皇女は軍が宮殿に攻め込んだ時も、いつも通りの姿だったらしい。
ただ「何事だ、無礼者!」と怒鳴りはしても、これといった抵抗も無いままに兵士達に捕らわれた……と聞く。
街の人々は興奮冷め止まずに何度も同じ話をしていたが、私はこの話に少しばかりの違和感を覚える。
あまりも、容易く捕まえすぎではないだろうか……?
一夜で国を滅ぼせるほどの権力を持つ者だ。彼女を守る者はいなかったのか? 本当に城の者は皆、彼女を見捨てたのだろうか?
なにより、噂のような非道を繰り返した娘が、そんなに大人しく捕まるものなのか……?

捕らえられた悪ノ娘は今、何を思っているのだろうか……?




 その日の夜。処刑の祭りに備えて宿へ向かう途中、私は1人の子供と出会った。
街の子供だったら今日だけで何度もすれ違ったし、さほど気にする筈でもないだろうに……。
しかし、その子供は私の注意を引くには十分過ぎるほどの姿だった。
顔の半分が隠れるほどに目深く被った帽子に、この寒い夜空の下では不自然なほどに薄着を纏った少年……だろうか?
全身は薄汚れ、ボロボロの破切を纏ったようなその姿でむき出しの細く白い足は小刻みに震えていて、むしろ可哀相なほどだった。
この街で家無しの子供が路上で寝泊りする姿はさほど珍しい光景でもない。
しかし、何かから隠れるように、路地の光の当たらない所でしゃがみ込んでいるその姿がやけに気になったのだ。

まぁ、こんな気まぐれも時としてあってもおかしくは無い……か。

私は徐に纏っていたマントを脱ぐと、それを手に子供の近くへ歩み寄る。
靴音が自分の元に向かって鳴ることに気付いたのか。子供の体がビクリ、と大きく跳ねたのが分かった。
逃げるつもりか、慌てて立ち上がろうとするその一瞬前に、子供が踏み出そうとする先へ体ごと立ち塞いでみせる。
顔は帽子に隠れて見えないが、それでも外灯の灯りだけでも分かるくらいに、その顔は恐怖に歪んで真っ青に蒼白していた。
……そんなに怖い思いをさせていたのだろうか。
彼女にも良く「もっと笑え」と嗜められるくらいには己の表情の乏しさを自覚していたつもりだが……子供に恐怖を与えてしまう程では、考えものかもしれない。
とにかく。警戒心を解くためにも、慣れない愛想笑いを作るために口元をわずかに上げてみる。……上手く笑えている気がしない。
「あー……その。こんな寒い夜にその格好じゃ寒いだろう?」
「…………。」
子供は応えない。逃げ場が無く途方に暮れた様子で、ただじっと黙って俯いている。
「家は? まさか一晩中外にいるつもりじゃないだろうな?」
「…………。」
子供は応えない。多分、肯定なんだろう。
「…………これを、使え」
「…………え」
無理やり、持っていたマントを子供の肩に掛けてやる
子供は予想もしなかった、といわんばかりに顔を上げた。思ったよりも声が高い。一瞬だけ見えた顔の作りは、少女めいて整っていた。
「子供が寒い格好をしてふら付いてるものじゃない。しがない旅人の気まぐれだと思って、着てなさい」
「……お姉さんは、この国のひと?」
たどたどしい声音で子供が問いかけてくる。
「いや。今日、初めてこの国に来た。明日には立つ。だからこれは拾い物だと思って良い」
「ひろい……もの……」
「悪いな、こんなことしか慈善な事が出来なくて。少なくともこれで明日の朝凍死って事にはならないだろう。……ちゃんと暖のとれる場所に行くことだ」
遠目で見た以上に小さく、華奢な体に無理やりマントを巻きつけながら言いたい事を言い含めたことに満足し、「用はそれだけだ」と締めて踵を返す。

「…………あり、がと……」

背後から下細い声で小さく呟いた声が聞こえて、私の口元が自然と緩んだのは言うまでもない。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

残された者【悪ノ二次】

唐突に光臨したネタを勢いに任せるままネタ帳に書き連ねました。
推敲も校正も全くしていない素人根性丸出しの文章ですが……誤字脱字・日本語がおかしい部分があったらすみません(汗)


物語は悪ノシリーズより「悪ノ召使」と「リグレットメッセージ」の間くらい。
まさかの巡音さん視点としてお楽しみ頂けたら幸いです。
巡音さんは緑のあの子の召使って設定。しかし、ちょっと遠出していたらしいです(笑)

双子が好きな方には一部不快になる文章が含まれるかもですが、客観的な説明描写としてご了承下さいませ。


無駄に長くなりそうな予感なのでトゥービーコンテニュー;^^

閲覧数:1,293

投稿日:2009/02/13 00:20:01

文字数:3,185文字

カテゴリ:小説

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  • ま☆さ

    ま☆さ

    ご意見・ご感想

    おもしろいです!読みやすいです!!後はもっと続きが読みたい気持ちだけが残りました。
    ・・・例えるなら、オオマさんの大トロを小さじ程度味あわせてもらった感じ。
    もっとくれいいいいい!!!!


    次回早期うp熱烈希望!!!!!

    2009/02/13 02:04:11

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