夕暮れが、町を悲しく染め上げています。

「テトさん、どうなっちゃうのかなー」
とぼとぼと帰路に付きながらミクさんは呟きました。
「テトさんって?」
急にレン君の声がして、うわぁあああ!?とのけぞるミクさん。
「なっ、何故此処が!?」
「迎えに来ました」
レン君はその取り乱し様にくすっと笑います。
「まさか、ミクさんが初音ミクとしてライブしているなんて。慌ててスタジオの場所を探しましたよ」

ミクさんは、そこまでするのか。と言う気持ちと迎えに来てくれた嬉しさで胸がいっぱいになりました。
それから……
「あ、ありがと」とだけ告げます。









それから、大きな橋の上。変わらない街並みを眺めながら並んで歩きます。
(変わらないな。私も、レン君も────)

しばらく歩いたところで「あ、あのね」、とミクさんは話しました。

「テトさんっていうのは、今、初音ミクをしている子なんだ」

一瞬、時間が止まったかのような感覚に包まれます。
それだけミクさんにはこれまでの常識を覆すほどの、これまで過ごして来た世界がガラガラと壊れる程の大きな出来事だったのです。
 しかしレン君は、瞬きをしただけでした。まるで「知ってたよ」というみたい。






続きを促すように静かにミクさんを見つめています。
続きを話して良いのかな、とミクさんは続けました。
「でね。本当は、お歌が苦手なのに。私になりきる為にって、ずっと努力して……でも、声変わり。いや、私の事がバレちゃって。
私が17歳の頃には、31歳で」

ミクさんは、あ、えっとね、と、上手く纏まらないながらに今日の事を語りました。
歌うのは好きな代わりに、話すのがあまり得意ではありません。
きっとハキハキと喋るテトさんとは真逆でしょう。

(テトさんは、私じゃなく、テトさんをする方が。きっと……)
黙ってしまったミクさんに、レン君は言いました。
「騙されてたって怒る所でしょう? 舞台で歌えなくなって、年齢まで盛られて」

どうして、レン君は哀しそうなんだろう。
「だって、そのせいで、それを隠したい人達が仕事を増やすから、ミクさんは……残業から抜けられなくて」

だんだん、泣きそうに震えて来るレン君を見ていると、ミクさんに不思議な気持ちが湧いてきます。
「あの人たちが嘘なんてつかなかったら。本当はしなくても良かったじゃないですか! 未成年を騙して利用して、なんで向こうが」

まだ話の途中にも関わらず、正面から抱きしめていました。
「レン君」

ミクさんにも、これからどうすればいいのか、今何を言うべきかはわかりません。
だけど、一つだけ確かなことがあります。

「私はいつだって、此処に居たよ」
キリンさんが、疑いもせずにミクさんを引っ張って来られたのは、心の何処かで最初からそれが分かっていたから。
画面の向こうの誰かが、疑いもせずミクさんを初音ミクと呼んだのは、心の何処かで最初からそれが分かっていたから。
「ずっと、ずっと」

皆と一緒に歌ってきて、皆もそれが分かっていて……
だから、ミクさんは不思議と、嬉しいのです。

「世界に私の歌があって、音楽があって、だから繋がれて、良かった」


これまでずっと何をやっても否定され、何も成せない、ままならない日々でした。
少し意識を離せばすぐに消え入りそうな日々でした。だけど、それでも、確かに今も歌は残っています。
何よりもずっと大事にしてきた何かが、形として。
それはこれまでずっと、支えになっていたように思います。










「ミクさん……」
レン君は、少し寂しそうな笑みを浮かべ、それから決心したように話しました。


「実は、小さい頃にミクさんの歌を聴いたことがあるんです」
「え?」
「初音ミクになるずっと前に」



「えーっ!?」
レン君は、知らないと思って話を続けようとしましたが、ミクさんはその言葉だけで充分なようでパニックになりました。
「なんで、なんで、どうして? じゃあ、レン君も昔あの街に来た事あるんだ。ていうか住んでた?」

 子どもの頃、ある小さな田舎町に住んでいたミクさん。よく自宅や、その近くの草原に出掛けて歌っていました。
頭上には人工衛星やジェット機が飛んでいて……

「はい。親の仕事の都合で、ちょっとだけ」
ミクさんの腕が解けた後、レン君は真っ直ぐな目でいいます。


「家の近くを通りかかったときに、歌ってるのが見えて、綺麗な声だなーって思っていたんですけど。
そのときは話しかけたりも出来なかったんです」

あわわわ、と慌てているミクさん。
そのとき。夕日がひと際強く輝き、二人を照らします。
ミクさんが気をとられ、目を細めている間もレン君は続けました。

「だから、初音ミクが登場したときには驚きましたよ」

なんだか掠れた声。
不思議に思ってミクさんがレン君を見ると、熱を持って潤んだ瞳が此方を見つめています。
(レン君?)

「ミクさんが、入社したときにも驚きました。
初音ミクが此処に居る。なら、あのミクさんは誰?って。だって、間違えるわけないのに」
「レン君」
「ずっと、ミクさんの事、歌が忘れられなくて……」
キモいですよね、と自嘲するレン君に「そんな事ないよ」、とミクさんは言います。
「私の声。覚えててくれたんだね。嬉しい。ありがとう」


レン君は、ミクさんの両手をぎゅっと握りました。

「声、っていうか。ミクさんの事が、ずっと好きなんです」

驚きと、動揺、恥ずかしさ、喜び、いろいろな気持ちが混ざり合って、ミクさんは更に混乱しました。
「えっ。えーっと」
何から、何を思えば良いのか分かりません。
そんな、10年以上前から……?
「テトさんと、私の違いに気づいていて、ずっと隣に居て……残業の真相に迫ろうとしてくれたのも、ただの善意とかじゃなくって、確信があって――――」

「はい。なので、資料を作って警察に通報しました」

そして、私が歌った事で、検証が加速している、と。
正しい事のはず。だけどテトさんの悲痛な叫びを思い出します。
(ううん、それでも)
このまま続けていたところで、違和感の方が大きくなっていくでしょうし、本人も歌うのが苦手というだけあり、苦しそうでした。
視線に晒されながら無理をしている。
アイマスクの人は、どうにか誤魔化して行こうと思っているのかもしれない、けど……

(テトさんを楽にしてあげられるという意味でも、今、正直に事実を伝えるべきなのかもしれない)

「そっか……えーっと」
いろいろな事が起きていて、いろいろな事を思ったせいで何からどうするかわからなくなりそうになります。レン君はミクさんに聞き直しました。

「お返事は?」
告白、だったんですけど。とレン君が言い、「そうだった!」とミクさんは慌てます。
深呼吸して、それから言いました。
「レン君がそこまで想ってくれていたなんて、とっても嬉しい、です」
ドキドキ、急に胸が高鳴り始めます。

「私自身を見てくれている人なんて、居ないって思っていたから」

ミクさんの脳裏に、これまでの事が過りました。
どんなに普段関わっていても、殆どの人は業務自体には手を貸そうとはしませんでした。
仲が良いように振舞っている人達でさえ、ミクさん自身が何か言おうし、歌おうとすると
途端に顔をしかめて嫌そうにしたり、独りで目立てないように隠す事ばかりでした。

(外に出せないと言われているようで、それをわかって閉じ込められているようで怖いと思った。
けど、レン君は違った。
ずっと、気付いていて、心配してくれて――――)



だから、と口にする前に涙が零れて来ました。

「ミクさん!?」
そんなに嫌だったの?とレン君が動揺しています。

「違うの。ありがとう、レン君。私もレン君が大好きだよ」

ミクさんは涙を拭いながら微笑みました。












2026年3月20日13時41分

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【小説】壊れた世界10 声変わり事件と、これから。

レンミクです。

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投稿日:2026/03/20 16:30:39

文字数:3,291文字

カテゴリ:小説

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