第三章 東京 パート2
立英大学を訪れた殆どの人間が、まずその正門から広がる景観の良さに瞳を奪われることになる。赤煉瓦造りの正門から見える立英大学本館は青々としたつたの絡まる二層立て赤煉瓦造りの、明治期に建設された建造物であり、当時の気風を現代に伝える建造物として文化遺産としても評価の高い建物であった。本館の中央にはキャンパスの奥へと学生を導くアーチがくりぬかれており、朝晩は多くの学生がこのアーチを通って各々の講義室へと向かうことが恒例行事となっていた。また、本館と正門の間には芝生が覆う前庭と、本館アーチへと向かう私道が整備されている。その私道の両脇、本館の景観により美しい彩を与えているものが正門から見て左右対称に植えられている二本の大イチョウであった。
その大イチョウの一つに無造作に倒れていた二人の少女を救った藤田はしかし、その後なんとなく落ち着かない心持ちのままで部室へと続く道を歩いていた。
一体こいつら、何者なんだ?
藤田はそう考えて、もう一度背後を振り返った。双子のように似た顔立ちを持つ二人の少女。それだけならまだしも、黄金のように輝く金髪とサファイアのような蒼く透き通る瞳。一体何処の人間だろうかとは藤田でなくても訝しむことだろう。
「どうしたの?」
丁度藤田と目線があった少女の一人がそう尋ねてきた。ホットパンツのほうはリーンとかいう名前だったか。
「あんたら、何処から来たんだ?」
「遠いところ。多分ね。」
軽い調子でそう告げるリーンにからかわれているのか、と藤田は考え、理不尽だと言いたげにその口元を歪めさせた。髪の色と瞳の色から推測すれば欧米人なのだろうけれど、という推測を立てながら藤田は続けてこう尋ねた。
「ヨーロッパから来たのか?」
その言葉にしかし、リーンは不思議そうに瞳を瞬かせた。その後にこう答える。
「知らない。」
ますます分からない。藤田はそう考えた。別にモナコ公国とかルクセンブルクとか、そう言った小国の名前をあげた訳ではない。違う、という答えならまだしも、知らないとはどのような意味なのだろうか。第一、妙に流暢な日本語を話していることすら信じ難い事態であるのに。藤田がそう悩んでいると、農婦のような格好に身を包んだリンという名を持つらしい少女が唐突に声を上げた。
「ガラスのお城?」
何を言っているのだろう。藤田はそう考えながらリンの視線の先を視認して、ますます理解できないとばかりに眉を顰めた。その場所にあるのはもう十年ほど前に建築された20号館と呼ばれている建築物である。一面ガラス張りで出来ている五階建ての建物ではあるが、お城と表現するほど洗練された建物でもない。
「このくらいのビルは珍しくもないだろ?」
藤田がリンに向けてそう尋ねると、今度はリンが理解できないという様子で数回瞬きをした。そして、こう答える。
「こんな高い建物、お城以外にはないわ。」
「はぁ?」
思わずこぼれた、呆れきった藤田の声に、リーンが苦笑しながらリンに向かってこう言った。
「あたしの時代も、このくらいの建物はあったわ。」
「そうなの?」
「うん。建築技術はここ二百年の間に飛躍的に発展したの。」
「へぇ・・。」
それでも物珍しそうに20号館を眺め続けるリンと、そのリンに対して解説を加えているリーンの姿を見つめながら、藤田は狐にでも騙されているのだろうか、と思わず考えた。第一、二人の会話の内容が全く理解できない。まるでリンとリーンが別の時代の人間かのような印象すら受ける。二百年後とは一体どのような意味合いで使用しているのだろうか。文字通りの意味だとは常識から考えてありえない。そもそも、ヨーロッパも知らないなんてどういう教育を受けてきたのだろう。真夏の太陽に照らされて溢れ出す汗を拭うことも忘れて考え込んでしまった藤田に向かってしかし、リーンがうんざりした様子でこう言った。
「藤田、早く涼しいところに行きましょう。この暑さは異常だわ。」
異常なのはそっちの方だ。
リーンのその言葉に藤田は思わずそう考えたが、頭を冷やすことのほうが重要かも知れないと考え直して曖昧に頷くと、もう一度部室へと向かって歩き出した。きっと暑さのせいで思考回路が狂っているんだ。そう考えたのは藤田のせめてもの自己防衛であったが。
どうやらこの世界はあたし達のいた世界とはまるで異なる世界みたい。
再び灼熱の外気を押し崩すような足取りで歩き出した藤田の背中を眺めながら、リーンは冷静にそのように考えた。見知らぬ世界への移動も、流石に二回目になると多少は冷静に考察する余裕が出来てくる。そんな能力を持った人間は全人類でもあたしだけだろうけど、とリーンは自嘲気味に考えながら、先ほどの藤田の言葉を反芻した。ついさっき藤田はヨーロッパという地名らしき言葉を述べたが、その様な地名はミルドガルドにはともかく、あたし達の世界には存在していない。今の時点で分かることはこの世界が2010年代のミルドガルドとほぼ同程度の科学力を有しているということだけであった。でも、ハクがミルドガルドから送り出してくれたこの世界にはきっと何かがある。それが何かは今の時点では分からないけれど、或いはこの世界にレンが存在しているのかも知れない。あたし達の道は必ず回答へと導き出されるはずよ、とリーンはまるで運命論者であるかのようにそう考えながら、横目でリンの姿を視界に収めた。リンにはこの風景が不可思議の連続らしく、落ち着きが無い様子で周囲を見渡していた。それはそうだ。二百年前の人間が、例えこの世界ではなくても今のミルドガルドに唐突に現れたら当然ながら困惑するだろう。二百年前の過去に戻ったあたしはまだ歴史と言う知識があったけれど、その知識がリンには必然的に欠けている。
「大丈夫、リン?」
そう考えるとリンの精神状態が唐突に不安になり、リーンはリンに向かってその様に訊ねた。その言葉にリンはだが、案外楽しげな表情を見せると、リーンに向かってこう答えた。
「大丈夫よ。不思議な風景ばかりだけど、リーンが一緒だから。」
その返答に、リーンは思わず安堵したような吐息を漏らした。蝉だろうか、甲高い鳴き声がリンとリーンに容赦なく降り注いだ。
小説版 South North Story 42
藤田「第四十二弾だぜ!!!」
みのり「あたしの台詞を奪うなぁ!!」
満「まだいたのか。」
藤田「本編出演中ですから。」
みのり「満、こいつ五月蝿いからつまみ出して。」
藤田「みのりさん、そりゃ殺生ってやつですぜ。」
みのり「だって邪魔だもの。」
満「ま、もうすぐ出番だからゆっくり待とう。」
みのり「そうね。本編でたらあたしたちのラブコメが展開するんだから。」
藤田「俺のは?」
みのり「あるわけ無いでしょ。」
藤田「orz]
満「とりあえずだ。」
みのり「そうね。藤田は置いておいて、皆様続きもご堪能くださいませ!」
藤田「次回も俺の活躍をよろしく!」
みのり「だからあんたは黙ってなさい!」
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