「ハァ・・・ハァ・・・待て・・・話せば、分かる・・・」
「心臓貫いても・・・生きてる人と・・・」
「話すことなんて、ない・・・!」
手と手を繋いで逃げる双子と、胸を押さえながらそれを追う男。片割れのドレスを染めた血が、男の元へと戻っていく。それを見た双子の顔が同じ動きで引き攣り、声にならない悲鳴を上げる。走るスピードも、心なし上がったようだ。
「・・・誰」
「―――!」
が、突如曲がり角から現れた女にぶつかりそうになり、残り数ミリの距離でぎりぎり踏み止まる。
「それはこっちの台詞よ。貴女のほうこそ誰?」
レンが半ば食ってかかるように睨む。
「・・・カヨ」
ぽつりと呟かれたそれが彼女の名前だと理解するのには、少し時間がかかった。桃色の髪、紫の瞳、白磁の肌。奇妙な作りの衣服は、二人の故国クロイツェル王国から海を二つ越えた先にあるウェステティリア皇国に伝わる物だった。そしてその手には、何故か禍々しい気を発する断ち鋏が握られていた。
「―――そこにいたんだ、カヨ。足止めご苦労様」
「!」
気付けば、二人のすぐ背後には確実に殺した筈の男が立っていた。
二人は即座に振り向き、それと気取られぬように隠しポケットに手をやる。
先に動いたのはリンだった。ポケットから何かを取り出し、カヨと男の頭上に放り投げる。片割れの動きを察したレンがリンのすぐ側に寄る。リンはそれを確認すると、上に上げていた手をくいっ、と降ろした。
ぴぃんと張り詰めた何かがカヨ達を縛り上げる。ぽとり、とカヨの手から鋏が落ちる。
「これは・・・糸・・・」
「よくわかったね」
カヨの言葉をリンは肯定した。目に見えるか見えないかという細さの糸が、細い鎖となって彼らを縛っていた。レンが纏うドレスの胸ポケットにも仕込まれたそれは、本来は密室での対多人数用スキルだ。だが、二人に備わる能力が外でもこのスキルを使えるようにしていた。


二人は数多の魔法が溢れるポーシュリカの中でも一、二を争う強さの魔法、《精霊の詩い手》と呼ばれる魔法の持ち主だ。その力は詩を謡う事で現実に干渉し、場合によっては詩に謡われる世界を現実に上書きすることもできる。今は糸に謡いかける事で糸を操り、本来は必要不可欠な糸をかける突起がなくともこのスキルを使用可能にしていた。


無論、彼らはそんな力のことをしらない。ポーシュリカという世界には、それこそ星の数ほどの魔法がある。誰一人全種類の魔法を把握できていないのが事実だ。
「此処は《大獄》だよ、幼き罪人。《大罪人》ならではの戦い方というものがある。罪のカタチを識る者が使う、大罪の力を教えよう。」
そういったかと思うと、男の左手の《大罪印》が青く輝いた。27という数字を抱く、細い狐の姿が浮かび上がる。
「これが私の大罪の力。《強欲》の罪は、全てを私に引き寄せる」
ぎゅるりと風が引き寄せられ、男の糸を解こうとした。
「無駄! 簡単に切れるような糸を使ってるとでも思った? そんなことしても、身体がぶつ切りになるだけ!」
軽い嘲りも込めて、リンが警告する。
レンは何も言わなかったが、隠しポケットから抜いたもう一つの短剣を構える。
カヨの左頬にある《大罪印》が、紫に輝いた。29という数字を抱く犬の姿が浮かび上がる。
「これが・・・私の罪の、力・・・《嫉妬》の罪、は・・・私が持たない全てを、操る・・・」


バチン!


カヨの言葉が終わるか終わらないかという時、音を立てて糸が断ち切られた。
「なんで!?」
「裁ち鋏ごときで切れるような物じゃないのに!?」
悲鳴に近い二人の声に、カヨが小さく笑う。
「私は・・・その糸を持ってない、けど・・・だから、操れる」
糸の拘束を解き、カヨ達が地に降り立つ。
カヨは鋏を構え、男も自衛用らしいナイフを取り出す。
そこにレンが突っ込んでいった。短剣でカヨの鋏をあしらいながら、気付けば男のナイフも奪っていた。
そのありえない所業に、カヨも男も目を向く。
双子の手に輝く、黄色の《大罪印》。2つを繋ぎ合わせれば、そこには49という数字を抱く孔雀の飾り羽根が浮かび上がるのがわかっただろう。
「我ら二人、魂を分け合う者! これが我らの罪の力! 《傲慢》の罪は、我ら二人の識る全てを操る!」
絶叫にも似た言葉は魔力を持ち、双子の知覚範囲は二人の《舞台》となった。
カヨが袖に仕込んでいたらしい予備の鋏を構える。二刀流になったカヨに、対するレンも仕込んでいた短剣の一つを取り出す。
細く高く、リンの歌声が響く。歌声はつむじ風を喚び、男の衣服を身体を切り裂く。
「ちょっ、待っ・・・それ、シャレにならない・・・降参! 降参だ! 君達と、とりあえず話がしたい! 彼女にも、そう伝えて・・・ぅわっ」
リンの歌声に応え、風が荒れ狂うのをやめた。
ただ、主の命があればすぐに彼を切り裂ける鋭さを内包したまま彼の周囲を漂っていた。
「リン」
何度か本名で呼び合ってしまったためほとんど意味はないだろうが、あえてリンはレンをリンと呼んだ。
「向こうが降参したからもう終わり―――って、決着つけたんだ」
リンがレンの方を見やると、レンとカヨの戦いは終わっていた。
レンが、カヨの首筋に短剣を突き付けていた。カヨの方は地面に座り込み、力なく四肢を投げ出している。
「しばらくは動けないと思うわ」
「・・・麻痺毒?」
リンの言葉にレンが頷く。

レンが着ているドレスには、リンが使ったのと同じ糸や大小様々な短剣が仕込まれている。さらに追記すれば、麻痺毒から致死毒までより取り見取りの毒が塗られている。リンに影響を及ぼすことのないよう、革を巻いて仕込んでいる。毒の種類と同じだけの種類の短剣があるので、リンは突き付けられた短剣から毒の種類を推察した―――即効性の致死毒だ。

「要求は三つ。一、私達に危害を加えないと約束すること。二、私達にこの世界について説明すること。三、悪目立ちしない服を二人分持ってくること。わかった?」
男は頷き、カヨはのろのろとした仕種で立ち上った。その間にも風は男から離れず、レンの短剣も突き付けられたままだった。
「私はカイ・マクローレン。お察しの通り、ミオソフィリエの民だ。そこの彼女はカヨ・スドウといって、その恰好の通りウェステティリア皇国の者だ。天にまします我らの父に誓って、君達に危害を加えないと約束しよう。」
四人の目の前で、重い石造りの扉が開く。
その先には、《大獄》の街だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【オリジナル小説】ポーシュリカの罪人・5 ~罪のカタチ~

ポーシュリカの罪人、5話目。
ちょっとバトル風味・・・だと思います、一応。
カヨさん→ルカさんです。悪ノ王国公式サイトで「円尾坂の仕立屋」ルカさんの名前がカヨさんだったので、そのまま借用させていただきました。
カイのほうは気分でw

閲覧数:330

投稿日:2010/12/21 15:07:51

文字数:2,669文字

カテゴリ:小説

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