「……ハクさんの言うとおり、君は優しい子だね」
 レンの新しい表情を見て、カイトが微笑んで言う。
「孤児院の子達を、いじめっ子達から守る為に、わざと標的になっていたんだって?」
「え……どうして……」
 レンは驚き、カイトを見る。
「ハクさんが言ってたんだ。レンは優しいから、きっとそうだって。自分に冷たくするのも、ずっと一人でいるのも、みんなを守る為だろうって」
「――……」
 全くの図星に、レンは顔が熱くなっていくのを感じた。
「ハクさんは全部お見通しだったんだな。だからこそ、余計心配したんだろう」
 カイトは、レンの反応を楽しそうに見つめて言った。しかし、
「でもレン君。今のままじゃ、みんなを守りきれないし、俺達が動いたことろで、現状は変わっていかないよ」
 すぐに真剣な表情で言う。
「……どういうこと?」
 怪訝な様子で、レン。
「俺は国の騎士団へ入る為に、日々訓練をしている。しかし、ただ強くなるだけでは騎士にはなれない。自分の大切なものを守ってこそ、真の騎士だ。だけど、自分の身は自分で守らないとな。自分を守れず他人を守れると思うかい?」
 カイトの問いかけに、レンはゆっくり首を振った。
「そういうことだ。いつもいじめに合って、怪我をしているだけでは、何も変わらない」
「……」
 分かっていただけに、レンは暗い表情でうつむいた。
「でも……どうしようもないよ。オレには、黙って耐える事しかできない……」
「そんなことないさ。努力すればレン君だって、強くなれるよ」
 優しさの中に含まれる、どこか確信めいたその言葉に、レンは顔を上げてカイトの目を見た。
 美しいロイヤルブルーの瞳。深い海の底に誘われるような、魅力的な光が宿っている。
 頭の中に、カイトが少年達を追い払った映像が浮かぶ。
「……のが、分かるから……」
「ん?」
 思わずつぶやいた声は小さすぎたようで、カイトが聞き返してくる。
 レンは一度目をつむり、息を吐く。そして再びカイトの目を見て言う。
「……オレは、痛いのが分かるから……強くなれたとしても、人を傷つける事はできないよ……」
 自分の両手に視線を移し、続ける。
「素手だろうと、武器を使おうと、この痛みを相手に与えるなんて、オレには……」
 目を閉じて、レン。毎日繰り広げられるいじめの痛みが、その想いとともに蘇る。
「……なるほど。でも、それならなおさら強くならないといけないな」
 希望を見出したような明るさで、カイトが言う。レンは疑問の瞳で彼を見る。
「その痛みを知らない人間が、平気で人を傷つける。しかし、痛みを知っている人間は、その痛みを上手く使う事が出来る。だからこそ、レン君みたいな子は強くなって、その力を正しい方向で使うべきなんだ。もちろん、人を傷つけない事に越したことはないが、現状はそうも言っていられない。そうだろう?」
 問われ、レンは思わず目を逸らした。そして、再び先ほどの映像を思い出す。
 荒々しく襲いかかる少年たちを、踊るかのごとく華麗にかわして翻弄し、最低限の攻撃だけで追い払ったその姿は、男のレンからみてもカッコイイと思えるものだった。
「……オレも、貴族になりたい」
 呟いて、カイトを見る。
「オレも、あんたみたいな貴族になりたい。そしたら、あいつらにいじめられることもなくなるし、みんなの為に強くなることだって出来るだろうし」
 それがかなわない事くらい、レンにも分かっていた。しかし、その願いを言わずにはいられなかった。
 そんなレンを見て、カイトは何かを言おうと口を開いた時――
「レン! 大丈夫ですか?」
 カチャっと扉が開き、一人の女性が入ってきた。レンを見るなり、泣きそうな顔で声をかけてくる。
「ハク姉……」
 レンは気まずそうにハクを見る。
 平民特有のグレーの髪。しかしその艶やかさと、時折見え隠れする輝く銀髪が、平民のそれとは若干異なっていた。
 ハクはレンの傍までくると、その顔を覗き込む。
「もう、本当に心配したんですよ」
「ご、ごめんなさい……」
 反射的に謝るレン。
「ちゃんと、カイトくんにお礼言いましたか?」
「……カイト、くん?」
「あ……」
 ハクが貴族に対して慣れ慣れしく〝くん〟呼びする事は珍しかった。彼女は特にそういった礼儀には厳しいからなおさらだ。
訝しげに問うレンにハクは明らかに困惑した。
「い、いいから、まずちゃんとお礼言ってください。ここまでレンを運んで下さったんだから」
「……ありがとうございます……」
 腑に落ちないながらも、言われたとおりにするレン。
「いや、いいんだよ。ハクさんも、そんな気を使わないで」
 クスッと笑い、カイトが言う。
「でも……」
「いいから。余所余所しいのは好きじゃない。知ってるだろう?」
「……」
 親しげに話すカイトの言葉に、ハクは諦めにも似た顔で、しかし納得してうなずく。
「……ハク姉、この人と知り合いなの?」
 そんな二人のやり取りを見て、レンは問いかけた。
「ああ、ハクさんとは幼馴染なんだ。学校とお稽古事が一緒でね」
 カイトが素直に答える。
 ハクが貴族出身であることは、孤児院の誰もが知っている。髪を灰色にして平民になりきっているが、元は美しいライトグリーンの髪だったのを、過去の写真を見た事があるレンは知っていた。
「なるほどね。だから〝くん〟ってか」
「こら、口が悪いですよ」
 むっとして、ハクが言う。
「あ、そうだ。ハク姉なら知ってるんじゃない?」
「何がですか?」
 ひらめき、目を輝かせてレンが聞く。
「さっき、この人と……」
「カイトさん、ね」
「……」
 話の腰を折られ、思わずハクを睨んだ。しかし、先に進める為に素直に従う。
「――カイトさんと、話して思ったんだけど。やっぱり、オレ貴族になりたい。貴族から平民になったハクさんなら、その方法が分かるだろ? 教えてくれよ」
「……――」
 息を吸って、驚きと動揺が入り混じるハク。一瞬その目が揺れ動き、そしてレンから視線が外れる。
「……」
 カイトも複雑な表情で、レンを見つめている。
「……なんだよ。また、『貴族の方が大変ですよ』ってか?」
 睨むようにハクを見つめて言う。
レンは以前にも、ハクへ貴族になりたいと言った事があった。しかし、貴族でいるのは大変で、平民でいるほうが幸せになれると言われ、取り合ってくれなかったのだ。
少年の視線を感じ、ハクは慌てて
「だってわたしは、貴族でいることが辛くて平民になったんです……。その辛さを知っているからこそ、レンにはここで幸せになってもらいたいんです」
 先ほどまでの、どこか怯えていたようなハクではなく、その想いが宿った必死さは、自然とその声を大きくさせていた。
 だがそれがきっかけになり、レンの抱えていたモノが爆発する。
「これのどこが幸せなんだよ!? 今までずっと平気なフリしてきたけど、結局ハク姉にもバレてて、毎日毎日あいつらに殴られて……オレ……なんで……」
(――なんで生きているんだ――)
 出かかった言葉を、飲み込む。
 正確には、ほほを伝う大粒の涙が、その言葉を塞いだと言った方がいいだろう。
 カッコつけて、みんなを守っているような気になって、そうやって自分が生きている意味を見出していたつもりだった。それが、今日になって、全部壊れたのだ。
「……っ!」
 悔しさと、恥ずかしさとが入り混じり、レンは力いっぱいこぶしを握りしめた。それでも涙は流れていく。
「レン……」
 ハクは何も言えなくなり、しゅんっとする。
「レン君、落ち着いて聞いてくれないか?」
 それまで黙っていたカイトが口を開く。
「……確かに、レン君がここで生きていくのは辛いかもしれない。でも、貴族になったからといって、必ず幸せになれるとも限らない」
 ゆっくりと、静かに言葉を紡ぐ。
「ここにいて努力することと、そう大差ないかもしれないんだ。いや、もしかしたら貴族になった方が辛い可能性もある。結局、自分の出身地というのは偽れない。その点では、経験者であるハクさんが一番よく知っていると思う」
 そう言って、カイトはハクを見た。ハクは相変わらずしゅんとしたままだ。
「だから、ハクさんは君が貴族になる事を反対するんだと思うよ。俺としては、ここにいるレン君と友達になって、ハクさんと共にこの国を支えていけたらと思っているんだが……どうかな?」
 レンに視線を戻し、優しく問いかけるカイト。
 いまだその目に涙を携えながら、レンはしばらく黙っていた。
 痛みの残る右腕で目をこすり、
「……オレも、カイトさんと友達になりたい……」
 やや震える声で言う。
「なら――」
「でも」
 ぱっと明るくなったカイトの言葉をさえぎり、レンが続ける。
「貴族として、だ。ハク姉が、格差社会の壁を壊して平民になるのなら、オレはその逆から壁を壊してやる。こんなところで、ずっと出口の見えない迷路にさ迷い続けるくらいなら、直進できる茨の街道を走りぬける方がましだ!」
 カイトの目をまっすぐ見据え、言い放つ。
 黒髪と黒眼のせいで、肉体的にも精神的にも苦痛にさらされてきたのだ。その一つが排除されるのであれば、レンはいくらでも受け耐える覚悟はできていた。
「カイトさんみたいになりたいんだ。その為なら、どんなことにも耐えるし、努力する。礼儀作法だって、ちゃんとする。だから、お願いだよ……」
 懇願するレン。カイトはゆっくりと目を閉じた。
「カイトだ」
「……え?」
 その唐突さに、間の抜けた声が出る。
 クスッと笑い、カイトは目を開けた。そこには柔和な笑顔があった。
「俺と友達になるんだろ? さん付けは不要だ。俺も、レンって呼んでいいかい?」
「もちろん!」
 希望に満ちた表情で、レンはうなずいた。
「じゃあ……」
「ああ、今すぐって言うわけにはいかないが、レンが貴族になれるよう、なんとかしてみるよ」
「ちょ、ちょっとカイトくん!」
 おろおろしながら、ハクが異を唱える。
「わ、わたしは反対です。レンが貴族になるなんて、無理ですよ……」
「そうかな? やってみないと分からないじゃないか。それに、貴族だから平民だからと言っているうちは、いつまでたっても格差はなくならないと思うんだ」
「~~……」
「ハク姉。お願いだよ」
 二人に言われ、ハクはしばらく困惑していたが、
「~~はあ……分かりました……」
 半ば気圧された形で、諦めのため息をついた。
「やったあ~いたたたっ」
「おいおい……」
 勢いよく両腕をあげて喜んだ瞬間、レンは激痛に襲われ布団にうずくまる。
 やれやれ、とカイトは苦笑してレンに布団をかける。
「まずは、しっかり休んで身体を治せ。ここでの生活はまだ続くんだからな」
「……分かった。オレ、頑張るよ」
 ニカっと笑って言うレン。
「ああ。じゃあ、俺はそろそろ行くよ。ハクさんとも、少し話をしなきゃな」
「そうですね」
 そう言って、カイトは立ち上がった。
「カイト!」
 扉を開けようとしたカイトの背に、レンは声をかける。
「ありがとう。本当に」
 カイトは振り向き、微笑んで、うなずいた。
 そして、ハクと共に病室を後にする。
(カイト、ありがとう。オレ、絶対に負けない)
 レンはしばらく扉を見つめ、感謝の言葉を紡ぎ続けた。
 僅かに開いた窓から、夕日の明かりと風が入ってくる。
 レンの肩まで伸びた黒髪がゆるやかに揺れる。少年の頭を優しくなでるような、そんな錯覚を感じる柔らかさだった。
 沈みゆく夕日を見つめていたレンは、やがてゆっくりと眠りについた。
 希望に満ちた少年の眠りは、痛みを忘れ、今までにないほど心地よく安らかなものだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

[二次創作小説] Lost Destination 「2.黒髪の少年」(2/2)

150P様の「Lost Destination」(レン&KAITO Ver)http://www.nicovideo.jp/watch/sm17436670 に聴き惚れ、PSP版DIVAでエディットPVを作成し、それに付属する小説も書いてしまいました。
※自分の妄想突っ走り小説なので、歌詞の本意とは異なります。
よろしければエディットもご覧下さい。http://www.nicovideo.jp/watch/sm18860092
長いお話ですが、よろしくお願いします。

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閲覧数:313

投稿日:2012/10/15 14:28:57

文字数:4,830文字

カテゴリ:小説

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