2月17日、深夜。
 ピッ、ピッ、ピッ、――と、時を刻む幻聴を耳の奥に感じながら、ミクは全力で駆けていた。必死になって向かう先は我が家、既に皆寝静まっているだろう事を失念した訳ではなかったが――何しろ仕事には厳しい長姉より『VOCALOID、歌を奏でる"楽器"として、コンディションは常に整えておくように』との厳命が下っていて、今時珍しいほどに彼女の家の就寝時間は早い――音を立てないようになどと配慮する余裕は無く、疾走の勢いのままにドアを押し開け駆け込んで、まっしぐらに目当ての部屋へと突き進む。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん起きてっ」
 果たして既にベッドの住人となっていた兄の肩を揺さぶりながら、ベッドサイドの時計に視線を走らせる。デジタルの数字は無情にも、丁度"0"を4つ並べるところだった。
「あ、あぁ~~~」
 悲痛な声にも視線にも、その動きを止める力などは当然、無い。ミクの嘆きを一身に受けながら、2月17日深夜は、今、2月18日未明に代わった。

「うぅ……ん。……あれ、ミクちゃん。お仕事は終わったの?」
 がっくりとミクが膝をついた時、もぞもぞと布団を蠢かせてKAITOが半身を起こした。その起き抜けのとろりとした声に、ミクは殆ど悄然としながら小さく頷く。
 うん、そう。終わったの。終わらせてきたの。だってお兄ちゃんの誕生日なのに、2回ある誕生日の2回ともを跨いで、収録で。ほんとは一昨日終わる筈だったのに、今回はマスター単独の曲じゃなくて余所の子とそのマスターさんとのコラボで、合わせてる内にマスター達が「ちょっと違うな」とか言ってアレンジを始めちゃって、そしたら2日も延びて。
 それでも、頑張ったのに。間に合わせたかったのに。
「おめでとう、って、ちゃんと。言いたかったのに、な……」
 泣き言めいた響きの呟きを零し、ミクは恨めしげに時計を睨んだ。その名の通り"時を計る"だけの道具でしかないのだから、それの所為で間に合わなかった訳ではないのだけれども。
 そんな彼女の耳に、ああ、と何かに気付いたような、思い出したと言うかのような声が落ちてきた。同時にゆったりと伸ばされた腕が、未だじとりと固定されていた視界を横切る。
「そういえばこれ、5分ほど進んでたんだった。直し忘れてたよ」
「え」
 ひょいと時計を持ち上げたKAITOは手元に引き寄せたそれをちょいちょいと弄り、ほら、と言うようにミクの方へと向けて見せた。彼の手の中で少しだけ巻き戻されて、示される時刻は23時57分。まだ日付の変わる前。
「え……」
 ミクはぱちぱちと瞬きをして、4つの数字と穏やかな笑顔とを交互に見遣った。どういう事なのだろう、これは。戻らない筈の時が、戻った。間に合わなかったと思ったら、間に合っていた? 本当に?
 いや、それとも。やっぱり本当は間に合っていなくて、時計は進んでなんかいなくて、これは兄の優しい気遣い、だろうか? ……うん。そんな気がする。その方が、しっくりくる――
「ミクちゃん?」
「ぅえ、な、何? お兄ちゃんっ」
 つい物思いに沈んだところへ声を掛けられて、変に焦った返事になってしまった。気恥ずかしさに頬を染めるミクに、KAITOは何を言うでもなく微笑を浮かべ、小首を傾げて待っている。
 ――待っている。何を?
 ミクは考え、蒼い視線に導かれるように視線を落とし、再び彼の手の中の物を見た。並んだ数字は、"23:59"。
「あ、あっ! お兄ちゃん、お誕生日おめでとう……っ」
 理解と同時に顔を上げ、慌てて祝いの言葉を紡ぐ。KAITOは微笑をふにゃりと蕩かし、ありがとう、と嬉しげに笑みを深くした。



 間に合った。
 と、ミクが安堵したのは束の間だった。落ち着いて見ればKAITOは寝巻きで、というか起き上がってこそいるものの未だベッドの上で、おまけに髪が一房ぴょこりと跳ねていたりして――どうしようもなく、寝起きだ。それは実際そうなのだから当たり前で、取りも直さず、眠っていたKAITOを揺さぶり起こした事実をミクに突きつける。
 おめでとう、と。自分がそれを誕生日の内に言いたいが為だけに、眠りを妨げて。――それを"祝う"と、言えるのか?
 今になってやっとそんな事に気が回り、ミクは愕然と固まった。ぎしりと音でも立てそうな彼女に、KAITOが再び小首を傾げる。
「ミクちゃん? どうしたの?」
「ごっ……ごめんなさい!!」
 言葉と同時に頭を下げた、その勢いを物語るように、彼女自慢のツインテールが波打った。ミクは下げた頭を上げられないまま――だってあわせる顔なんてない――しどろもどろに謝罪を続ける。その声は、罪悪感と情けなさで再び泣きそうに潤んでいた。
「ごめんなさい、お兄ちゃん寝てたのに、起こしたりして。お誕生日に間に合わせたい、って、そんなの私の勝手なワガママで、お仕事だったんだから仕方ないってガマンしなきゃいけない事で、大体プレゼントだって用意できなくて、なのに」
「ミクちゃん」
 堰を切って溢れる言葉に、不意に呼び掛けが挟まれた。短く切られたその声は、強くは無いけれど普段の穏やかなものとも少し違って。僅かばかり、上擦るような。
「あのね、ミクちゃん、それ反則。狙ってやってるなら流石卑怯戦隊の一員だけどミクちゃんのは天然だろうし、そうすると俺としてはイロイロと自制しなきゃいけないわけでね」
「……えーと?」
 意味が解らずに思わず身を起こしたミクは、口元を片手で覆い、あらぬ方向へと視線を彷徨わせる兄の姿に首を傾げた。ついまじまじと見つめれば、薄闇を通してさえもその顔は耳まで赤い。
 だからね、と、視線の圧に負けたように、KAITOはちらりと横目でミクを見ながら口を開く。未だ手のひらで覆ったままではあったけれど。
「大事な子に誕生日祝われて嬉しくない筈なんか無いし。間に合わせる為に一生懸命急いで来てくれたのも嬉しいし。まして好きな子に、祝おう、間に合わせようっていうのが『自分のワガママ』だとか言われたら。俺としては何かもう、たまんないんですけど」

 ぼわ、と。今度はミクが、首まで赤くなる番だった。それにKAITOは目を細め、照れた色を残して微笑う。それからふと気付いた顔になり、ベッド脇で正座状態のミクへと腕を差し伸べた。
「ごめん、床なんかに座らせてたら冷えちゃうね。おいで?」
「え、」
 短く声を上げ、躊躇う様子を見せながら、同時にミクの小さな手は、反射的に目の前の手を取ろうと揺れる。
 いいのかな。迷惑じゃない? 惑う思いは翠玉の瞳一杯に広がり、だけれどまだ側にいたい、傍に行きたいと望む思いもまた覗わせ。
「……じゃあ、ほら」
 愛しい少女の葛藤を読み取って、KAITOは手近に掛けていたマフラーを手に取り、ふわりとミクの首に巻いた。きゅっと可愛らしくリボン結びにして、これで、と笑い掛ける。
「朝までダキマクラなミクちゃんがプレゼント。って事で、どう?」
 それは彼にとっては嬉しくもツライ事ではあるのだけれど、そんな思いは微塵も見せずに、悪戯な色で覆い隠して。
 ミクはぱちりと瞬きをして、提案を呑み込むや否や、全開の笑みを浮かべて抱き着いた。
「うんっ! お兄ちゃん、大好き!!」



 さて。そんなこんなで、2月17日と18日の狭間を越えて、祝う者と祝われる者は共に眠りについた。腕の中の無邪気な"ダキマクラ"のぬくもりに、KAITOが抱いたのは安寧か、懊悩か――それは、あえてここでは語るまい。
 どちらにせよ、彼がとてもしあわせなことには、変わりないのであろうから。 

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  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

狭間にて。【兄誕2012*後夜祭】

夜道には気をつけてね、兄さん。(←最後に付け加えたいのを全力で堪えた一文)

兄誕2012後夜祭は、何がどうなったのか初のカイミクになってしまいました……!
そして脇役ではなくちゃんとミクを書くのもこれが初だったのですが。
書いてみて実感しました――ミクさんマジ天使。
そんなわけでキャプション冒頭の一文ですw
ミク廃のお兄さん達に呪われそうな役得だなぁ、と思ってしまったもので☆

ちなみに途中まで書いた時点で、あくまで兄妹の枠に収めるかカイミク寄せするか迷ったのですが。
カイミクとして書いても、ミクさんの「お兄ちゃん」呼びは変わりませんでした。
何となく、ミクに「カイトさん」とか呼ばせると「(余所の)KAITOさん」って感じがするんですよねー。
まぁようするに、個人的萌えです(←

ともあれ、連夜投下の個人祭りもこれにて閉幕。
お付き合いくださった方々、どうもありがとうございました!

閲覧数:477

投稿日:2012/02/18 00:23:27

文字数:3,138文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    おのれこのカイト野郎。←

    どうもです藍流さん、読ませて頂きました。
    さすが、相変らず無双のダダ甘さ加減、恐れ入りましたw
    ミクさんええ娘ですなぁ……誕生日に間に合わせようと必死に走ってくるとか、もうその場で結婚を申し込んでもおかしくないですわぁ。こんな娘にお祝いされるとか、カイト羨ましすぎてもはや殺意が(ry

    目覚まし時計を5分進めるってよくやりますよね! 朝になって目覚まし鳴っても、進めたの分かってるからその分寝ちゃいますけど!
    誰でもやったことがありそうな、身近なネタがストーリーの仕掛けになっていたのが「うまい!」と思いました。

    シメが抱き枕とか、もうホントどうしてくれようかコンチクショウって感じでしたが、久々にカイミク分補充できてとても良かったです。ツイッターでの呟きから思わぬ展開で、どうもお世話かけました。
    それでは、ごちそうさまです! カイト生誕祭、お疲れ様でした!

    ……カイト誕生日おめでとう(ボソッ

    2012/02/22 22:27:39

    • 藍流

      藍流

      冒頭で罵倒されとるww

      どうも時給さん、お読みいただきありがとうございます!
      兄誕用に5本まで決まって、もう1本あれば前・後夜祭まで揃うんだけどなー……と思ってたら不意に脳裏を「お兄ちゃん」と呼ぶ声が過ぎりまして、自分でも驚きのミクさん降臨となりました。
      そんなわけで(いつもながら)キャラにお任せで動いてもらったんですが、ミクさん本当えぇ娘ですなぁ。
      兄さんに殺意が向いてて(w ニヤリとしてしまいました?ww(誕生会なのに酷い主w

      しかし甘さに関して言えば、お褒めに預かり光栄ですがこれでも結構抑え気味のつもり……w
      兄妹にするかカイミクで行くかって、ダキマクラ展開にするかどうかって分岐でしたから、その前まで(ミクが必死で帰ってくるとかKAITOが時計を戻すとか)は私的には『そのまま兄妹ネタになる』扱いです。
      投入した砂糖壷は、リボンマフラーとダキマクラに錬成されました☆

      初のカイミクでdkdkでしたが、お気に召しましたでしょうか。お粗末様でございました。
      どうもありがとうございました!

      2012/02/23 00:46:34

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    こんにちは!
    ミクさんとカイトさんまじ天使。
    可愛い子たちすぎます!!!!

    時計を直すカイトさんとか、寝ぐせのカイトさんとか、おめでとうを待つカイトさんとか。激しく滾りました。もぎゃあ何この可愛い人!
    ミクさんはずっと天使な感じだし!!!
    一晩好きな子を抱き枕にする権とか、ホントある意味生殺しですね(笑)
    なんか色々とがんばれお兄ちゃん!!w

    今年も兄誕祭お疲れさまでした!!
    ホント、すごーく楽しませていただきました~☆
    それでは!

    2012/02/19 10:58:53

    • 藍流

      藍流

      >sunny_mさん
      いらっしゃいませー!
      ミクさんマジ天使にご賛同ありがとうございますw
      兄さんが可愛いのは仕様です(言い切った

      ミクさんと一緒だと、兄さんに若干の余裕が感じられました……
      「お兄ちゃん」しつつ、でも可愛いんですけどw
      生殺し展開は自重して兄妹ネタに落とそうかとも思ったんですが、
      某所で訊いてみたらカイミクでいけと天の声が帰ってきたのでww

      コラボ動画だけで満足したつもりが、蓋を開けてみればまた前・後夜祭までw
      楽しんでいただけたならば嬉しいですヽ(*´∀`)ノ
      ありがとうございました!

      2012/02/19 21:53:14

  • 和麻

    和麻

    ご意見・ご感想

    ものすっごく遅くなりましたが、全て拝読させていただきました!
    そして…
    カイト兄さん、Happy Birthday!!←((遅れたけどw

    可愛らしい者同士だとなんだか見ていて微笑ましい光景ですね♪
    ミクの“お兄ちゃん一筋”な感じがなんとも可愛いらしい(*´Д`)
    そして、寝起き兄さんの寝癖w
    なんだか寝癖ってところがカイト兄さんらしくて萌えちゃいました(〃▽〃)

    2012/02/19 10:46:45

    • 藍流

      藍流

      >隊長殿
      全て! なんと……ありがとうございますー!!( ;∀;)

      ミクさんは書いててホント天使でした……
      兄さんも何だか、いつもよりほわわんとしてましたね?
      そして寝ぐせに食いついてくれる隊長殿、流石ですw(←
      ぐしゃぐしゃになってるっていうより、一房ぴょこんとしてるのが兄さんらしいイメージでした(ドヤァ

      読んでいただいて&コメントありがとうございました!
      そしてKAITOお誕生会お疲れ様でしたー!

      2012/02/19 21:16:20

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