調子に乗るなバカ!
 


<こっち見ろBaby!>



 丁寧に髪の毛を梳いて、リボンの位置を直す。いつもと違う髪型って、どうしてこう変な感じがするんだろう。
 っていうかこれ、私に似合ってるのかな。
 もしかしてあのバカの言葉に踊らされてるだけなんじゃないの?私が都合良く勘違いしちゃっただけとか。
 だったらなんか悔しい。今からでも遅くないし、戻そうかな…。
 櫛を握って悶々と悩んでいると、鏡の中で後ろのドアが開いた。現れたのは起き抜けの姉さんだ。

「リンおはー…ん~?あらー、髪型変えたのね。しかもそんな、可愛いリボンなんてしちゃってまあ」
「!?」

 め、目敏い!

「もしかして…んー、最近出来たっていう彼氏関係?」
「違っ、レンには関係ないもん!」
「…ふーん?それにしては顔が赤いけど?」
「うううめー姉うるさい!」

 いたたまれなくなって、急いでコートを着てマフラーを首に巻く。なんかもたもたしてたら更に突っ込みを入れられそうな気がしたから。
 なんといっても、マフラーも初めて下ろしたやつだし…うわ、気恥ずかしすぎる!

「い、行ってきます!」

 靴を突っ掛けて声を張ると、姉さんの声だけが返ってきた。

「行ってらっしゃい~」

 その語尾はあくびでぼやけていて、肌を刺すような朝の空気とは不似合いだ。
 それを振り切るように駅に向かって足を早める。
 寒いけど、頑張らないと。別に待ち合わせをしているわけじゃない。だから、私はどうしても決まった時間に駅にいかないといけないのである。
 改札を通ってホームを見渡すと、いつもの辺りに白くてモコモコした姿が見えた。

 ―――いた!

 何となく小走りになりながら、タテに長いその姿に向かう。
 そう、悔しいことに、私の身長はあいつの肩くらいにしかならないのよね。昔は同じくらいだったっていうのに、気がついたらあんなににょきにょき伸びちゃって。
 彼…レンとは、ちょっと前に、まあ、その、恋人同士になれた訳だけど、今でも他の人に「彼氏」って言われるのが恥ずかしい。いつか慣れるのかな?
 レンの首もとには、私の着けているのと同じマフラーが巻かれている。
 私は唇がむずむずするのを感じながら、それを誤魔化すように、勢い良く声をかけた。

「レン、おはよう!」
「おはよう」

 私の方を向いて、レンがにっこりと笑う。
 その笑顔が眩しくて、私は頬が熱くなるのを感じた。顔が赤くなっているのを見られたくなくて、彼の隣でさりげなく俯く。
 レン、私の格好になんて言ってくれるかな。

「…」
「…」

 …あれ?

 嫌な予感がして、私はそっとレンの表情をうかがった。
 ん?と私の視線に気がついたレンが笑いかけてくる。

 …いや、うん、そうじゃなくて。

「…レン、ちょっとは反応してよ」
「え?」
「今日の私の格好見て何かないの?」

 私の言葉に、レンは不思議そうに目を瞬かせた。
 えっ、まさかレン、ホントに気付いてないの…?嘘でしょ!?

「何か、って何が?」
「え、その、…髪型とか、服とか」
「ああ、それなら気がついてたよ。その髪型、似合ってて可愛いね。あとそのマフラー、俺とお揃いのやつだよね?着けてきてくれたんだ。嬉しいな」
「…っ」

 嬉しそうに頷くレン。
 その笑顔は凄くかっこよくて可愛くて、ついつい「そ、それなら良かったんだけど…」なんて流されてしまいそうになる。
 でもでもでも!今日はそんなので誤魔化されたりしないんだからね!
 怒りに任せて、ぎゅっと手を握りしめる。

「気付いてたならそう言いなさいよバカァ!」

 私が放った拳は、ぼむん、とレンのコートに受け止められてしまった。





「で、不機嫌な訳か」
「…うん」

 いっそ踵落としでも叩き込んでやりたかった。
 でも残念ながら私はそんな技能を身に付けていなかったのだ。だから殴った訳だけど、奴のコートに詰め込まれた羽毛のせいで大したダメージは与えられなかった。
 挙げ句の果てに「どうしたの?なんかくすぐったいよ」なんて言ってくる始末。
 くすぐったいよ、じゃないの!私は本気なのよ!?
 なのにもう、…悔しい!
 ぎりぎりと歯を噛み締める私を見て、ミキちゃんが呆れ顔になった。

「結局誉めてもらえたんだし、そんなに落ち込まなくても良いんじゃないの」
「それは…そうなんだけど!でもなんか後出しで誉められるのは悲しいのよ!」
「乙女心は面倒だな」
「うっ」

 …分かってる。
 私の言ってることは一方的で強制的な要求だし、レンとしては私の不機嫌な反応にも納得できないだろう。本当に、ワガママ娘もいいところだ。
 だけど。

 …昨日、雑誌を見てたら『この髪型可愛いね』って言ったのはレンだったじゃない。『リンに似合いそう』なんて恥ずかしいこと言ってきてさ。
 なのに実際に髪型を変えてみても似合う似合わないの一言もないって、どういうことなの?一夜明けたらもうそんなことを言ったって忘れちゃったの?それともあれは、心を伴わないただのお世辞?

 私は…
 …嬉しかったのにな…

 …そ、それにマフラーだってお揃いで巻くのとか凄く勇気が要ったのに、それも何も言わなかったし!なんか、緊張してた私がバカみたいじゃない!
 しかも。

「あれ、ミクちゃんそのセーターあったかそうだね」
「ふふふ、千円だったのよ!お買い得!」
「へえ、その色いいね。あ、もしかしてルカちゃんもその服、ミクちゃんと買った?昨日一緒に買い物いくとか言ってたし」
「わかります?レンにしては目敏いですね」
「『にしては』って…」

 教室の入り口あたりで交わされている会話が耳に入って、私は悔しさに両手を力一杯握り締めた。

「しかも他の子は結構誉めるしいいぃぃ…!」
「…ああ、確かに」

 言葉と一緒に、落ち着いて、と言いたげに握りこぶしが叩かれる。
 気遣いは嬉しいけど、今の私はそれじゃブレーキを掛けられなかった。

「そりゃレンは笑顔がすごいかっこよくて誰にでも優しくて人当たりがよくてそういいとこも好きなんだけどじゃあ私はどうなのよなんかもう本当に特別視されてるのか最近良く分かんなくなっちゃったしううぅバカレンこっち見てよなんで全然気にかけてくれないのよそりゃミクちゃんもルカちゃんも超可愛いけどデレデレすんなっていうかなんで私があのバカのことでこんなに悩まないといけないのよああああもおおおおおおバカああああああ」
「落ち着け。…ほんと君らは難儀なカップルだよ…」
「カップル…にしては『みんな好き』とか普通に言うし!そのくせ私個人に対しては好きとか可愛いとか自分から言ってくれることないし!ほんとに私達恋人同士なの…!?」
「私に当たるな。レンにそれ言えば良いじゃん」
「言ったわよ!」
「で、何だって?」
「『えっ、違うの?』」
「…うわあ、本当にはっきりしない」
「でしょう!万事この調子だと流石に悲しくなってくるの」
「成る程。それは分かるかも」

 ミキちゃんが苦笑いをする。
 そう、レンはこういう時、全然自分の気持ちを言ってくれない。
 そりゃ、こんなに我の強い私としてはそういうところも羨ましい時があるくらいだけど、でも、それにしたって限度があるんじゃない!?

 今の会話とか、せめて「うん、恋人同士だよ」ってしっかり肯定して欲しかったわよ、もう!
 私はかなりの焼きもちやきだっていう自覚があるけど、今日はまた一段と酷い気がする。多分、朝の時点で悪循環に足を踏み入れちゃったんだろう。
 そして、一度入ってしまえば抜け出すのはとても難しい。しかも唯一私を引っ張り上げられるレンは引き上げてくれるだけ力強い言葉っていうのをなかなかくれないんだから本当にどうしようもない。
 好きの一言でも貰えたらかなり違うのに。

 …なんで言ってくれないの、ばか。

「リン?」
「ひっ!?」

 考え込んでいたところにいきなり声を掛けられて、肩が跳ね上がった。
 しかも何、レンの顔が近い近い近い!

「ちょっ、あ、私先生に質問しに行こうと思ってたんだった!」
「え、急にどうした」
「とにかくちょっと行ってくるわ!」

 言い捨てるようにして席を立ち、速足で廊下に抜け出す。

「行ってら~」

 うっ、ミキちゃん、苦笑交じりだ。多分、ここから逃げたいだけだって言うのがばればれなんだろうな。
 でも分かりやすいくらいの方が良いかも。そうすればレンも追って来ないだろうし…
 ひとつ溜息をついて、ちらりと後ろを窺う。

 …って何でついて来てんのよアイツ!?

 何故かレンが普通の顔をして私の後ろを追って来ている。何でよ!あんなにあからさまにレンの事避けたのに、なんで追ってくるのよ!訳分かんない!
 少し暗い廊下を必死に歩く。でもレンとの距離は一向に広がらない。レンはそんなに急いでるようには見えないのに。
 やっぱり、歩幅の差なのかな。ぬう、これだからコンパスの長い奴は!

「なんでこっち来るのよ!」
「なんで、って…追いかけて欲しそうだったし」
「なっ、そんな訳ないでしょ!?」

 あっ、しまった!良く考えたらこっち、行き止まりじゃないの!
 先に壁しかない廊下の途中で足を止めると、すぐにレンが追い付いてきた。いつものように少し困ったような声で私の名前を呼ぶ。

「リーン?」
「うるさいばかこっち来るな!」
「…ごめん、俺、何かした?」
「…何かした自覚もないのに謝らないで」

 私はそれだけ言って口をつぐんだ。
 うう、我ながらなんて感じの悪い受け答えだろう。

 レンは別に何もしてない。
 何もしてないのが問題といえば問題だけど、それだって私が勝手にぐじぐじ考えているだけで…。
 黙りこくる私の横でレンがますます困ったように眉尻を下げる。
 普通はそれを見るだけで「まあいいか」って気分になるんだけど、すっかり濁りきった今の私の心ではそう思えない。
 今だって、隣に並んでいるのに手を握ってもくれない。…いや、そういうキャラでもシチュエーションでもないって分かってるけど!

「レンは、私のこと好きなの?」

 ぽつんと私の口から言葉が漏れる。
 それを聞いて、レンは不思議そうに私を見た。

「えっ?…それは、うん」
「…レン、いつもそうやって言葉にしてくれないよね」

 ―――レンは、私のことをちゃんと見てくれてるの?気に掛けてくれてるの?
 尋ねてみれば、返ってくる答えはイエスなんだろう。
 きっとレンは困ったように笑いながら、私の欲しい言葉をくれる。

 でも、それはほんとに「笑顔」なのかな。
 私のワガママにこんなにも付き合わされて、レンはそれでも笑っていられるのかな。
 …無理に笑ってるんなら、嫌だよ。
 私はレンに、心から笑っていて欲しいのに。
 なのに、無駄に高いプライドとか「特別」っていう肩書きが、私に付いて離れない。
 ああもう我ながらなんてめんどくさい女なのよ!

「嫌なら言ってよ!我慢なんてしないでよ!黙ってちゃ分かんないよ、私聡くないもん!」
「リン」
「ごめんだけじゃ許さないんだから!」

 感情のままに右手を振り上げる。
 でも、力一杯その頬を張り飛ばしてやろうとしたその手は、呆気なくレンの手に捕まってしまった。
 思わずレンの顔を見上げると、レンはいつになく真剣な顔をして私を見詰めていた。
 捕らえられた手首を引かれるのと同時に、もう一方の手が私の背中に回る。

 …え?

 ぽかんとしていると、レンの胸元に私の顔が押し付けられた。
 え?え、え、え?何…え、抱き締められ…?

「…っ!?ば、何してんのよっ!離して!」
「…リンがそんなに不安だったなんて、気が付かなかった」
「や、ちょっ、…レン」

 何となく、レンの鼓動が早いような気がする。
 伝わる温もりが、少しずつ私の心を溶かしていく。凝っていた澱も呆気なく消えてしまうのは、きっとこれがレンの体温だから。

「ごめんね」

 次の言葉は爽やかに続いた。



「じゃあ、結婚しよう!」



 …はあ!?

 考えるより先に、右手が握りこぶしを作っていた。

 普通そこは「僕も好きだよ」とかじゃないの!?なんでそこすっ飛ばして最終段階にまで行っちゃうの!?あとその「じゃあ」ってどういう意味で使ってるの!?場合によっちゃキレるわよ!
 はっきり言って貰えて嬉しいけど、凄く嬉しいけど、そう感じちゃうのが悔しい!
 おのれこのイケメン。そうしてキラキラした笑顔と綺麗な声でかっこいいこと言えばすぐOK貰えるんだなんて思ってるんなら、そんなの大間違いなんだからね!

「―――調子に乗るなバカ!」

 …叫ぶのと一緒に全力で殴ろうとしたのに、レンの腕の力が思ったより強くて全然身動きがとれなかった。



 だからっ、…ああもう、嬉しそうにこっち見ないで!
 どうせどれだけ強がってみても一番奥にある感情はとっくにばれてるんだろうけど。けど!

 調子に乗るんじゃねえわよ、もう!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

こっち見ろBaby!

ぎりぎりするリンちゃん可愛いー!
…そんな感じです。

閲覧数:1,175

投稿日:2012/01/14 07:23:29

文字数:5,401文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • 芙蓉

    芙蓉

    ご意見・ご感想

    お久しぶりです、sharlです。
    今年初めて(だと思う)ピアプロに来て翔破さんの見たのですが、何か…。
    何故弁慶の泣き所を蹴ろうと思わないのか不思議ですね!
    まあ私は最近ポケットに髪ゴムとハンカチとカッターを常備するようになったのでそれを投げる等の手がありますが…←

    私も幼馴染の男子いますね、二人。
    前に告白まがい(友達の意味で好きだと言った)したことがあります。小1の時の話なんでうろ覚えですがね。

    ていうか、“昔”の部分で幼馴染的なものと捕えましたがそれでいいんですかね?

    2012/01/19 21:32:10

    • 翔破

      翔破

      こんにちは、コメントありがとうございます。お返し遅れてしまってすみません…!

      私も書きながら、レンにギリギリしていました。これは酷い。
      いいですね幼馴染。私にも何人かいましたが、そのうちの一人が最近行きつけのコンビニの店員さんをやっていることが判明して、なんとなく微妙な空気です。
      告白とかっ…!なんという青春でしょう!頂いたメッセージを読んでニヤニヤしていました!

      そうですね、このリンレンは幼馴染というべきか腐れ縁というか、という付き合いがあると思って頂ければ嬉しいです。

      2012/01/21 21:42:40

  • 練芽 神瑠

    練芽 神瑠

    ご意見・ご感想

    はい、ごちそうさまです (-人-)

    イケメンなくせにどこか抜けてるというか残念な翔破さん宅のレンくん流石ですな!最後の方は絵が頭に浮かんで笑えました(笑)

    P.S.
    なんかおもろいタグついてますね(笑)

    2012/01/15 16:47:37

    • 翔破

      翔破

      こちらにもコメントありがとうございます。お粗末さまでした(・∀・)

      うちのレンのデフォルトは「顔は良いけど変態かバカの子」という設定が多いので、そんな感じだと思って読んで頂けるといいかと思います。イケレンさんはどちらにいらっしゃるのか…
      状況をイメージして頂けたなら嬉しいです。成長鏡音は身長差も体力差もあると非常に良いと思います。まあどんな設定でも鏡音は美味しいというのが真実であるような気もしますが!

      2012/01/15 21:04:04

  • 目白皐月

    目白皐月

    ご意見・ご感想

     こんにちは、目白皐月です。

     ぎりぎりしてるリンちゃんは、確かに可愛いんですが、なんだかかわいそうな気もしますね。釣った魚にもちゃんと餌をやらないと、どこかに行ってしまいますよ。

     どうでもいいことですが、今見ているドラマで、出てくる男性がやっぱりいきなり「結婚しよう」とか言い出して、相手の女の子を「たった3回デートしただけの仲じゃない! それなのに結婚なんて何考えてるのよ!」とどんびきさせてしまったことを思い出してしまい、なんとなくその男性とレンがかぶって見えてしまいました。もっともその男性、ドラマ見る度うちの弟が「キモいねこいつ」と言ってるような人なんですが……。
     えーと……何が言いたいのかというと、レン、君、イケメンで得したね、ということです。

    2012/01/14 23:16:52

    • 翔破

      翔破

      こんにちは、こちらにもコメントありがとうございます。

      そうですね、どう見てもこのレンは「ただしイケメンに限る」の条件をクリアしているようです。
      というか私の中でレンは基本的にイケメン(ただし残念&考えなし)であるせいなんだと思います。普通に考えて、そのドラマの反応の方が正しいですね…。
      これから反省したレン君がいろいろ口に出すようになったのはいいけれどTPOを何も考えずにあれこれ言うものだからまたリンに怒られる、という状況が目に浮かびます。…なんだか、うちのレン君は基本的に後の事を考えずに行動してしまう率が非常に高い気がします。

      2012/01/15 20:59:51

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