私…どうしちゃったんだろ。
突然気絶して…それから…、ああ思い出した。
帯人が助けてくれたんだ。
うっすらと目を開ける。
帯人が微笑んでいた。…終わったんだ。よかった。

ほっとしたら、急に眠くなってきた。
私はそっと瞳を閉じた。



不思議な夢を見た。

そこは、私も帯人もいない。

そんな世界の光景だった。



人々がせわしなく行き通っている。
ここはどうやら、通路のようだ。
行き交う人は全てドレスや礼服に身を包んでいる。
表情がこわばっていた。
いったいなにがあるのだろう。

居づらくなって、私は裏口から出た。
外に出てやっと解った。ここは、教会らしい。
ひどく狭い道だった。雨が降っている。湿った空気が冷たかった。
ふと見ると、先客がいた。

雨宿りできるわずかなスペースに佇む、二人と一匹。
二人ともきれいな服を着ていた。

(リンちゃんと、レンくんだっ!)

雪子は二人に駆け寄った。
でも本人は気づいていない。…見えていないようだ。

リンとレンはしゃがんで、ずぶ濡れの猫を愛でていた。
灰色の毛並みを持つ、汚い猫だった。

「結局、最後まで王様、きちゃったね」

「本当だね。練習初日から、ここにいたもんね。歌に興味があるのかな?」

「聞かせてあげたいね」

「でも中に入れたら怒られちゃうよ」

「こっそり入れたら、ばれないんじゃないかな?」

「きっとびっくりして、暴れるよ」

リンはごつんとレンの頭を殴った。

「そんなことない! 王様は礼儀正しいものっ! 大丈夫なの!」

「だって…」

ハッとひらめき、レンは自分の胸につけているバッチをはずした。
コンサート参加者のみに与えられる「金のバッチ」だ。
レンは猫を引き寄せると、そのバッチを首輪に慎重につけた。

「これで王様も参加者だよ。ばれたとしても、悪いようにはできないだろ」

「わぁ! とっても似合ってるよ、王様っ♪」

「さあ、行こう。そろそろ、本番始まるよ」

裏口から中へ入っていくレンとリン、そして「王様」と呼ばれた灰色の猫。
私もその後ろをついて行く。

レン君とリンちゃんの様子が以前と変わらない。
ということは、これは二人の過去の記憶なの…?

私は一番後ろの椅子に腰掛けた。
その隣にこっそりと、猫が座った。

コンサートが静かに始まる。
少年少女の合唱とともに、歌うボーカロイドたち。
天使の歌声っていうのはこのことを言うのだろう。
すっかり聞き惚れていた。

「―あ」

合唱する少年少女の中に、見覚えのある顔を見つけた。

――弱音ハク

――亜北ネル

二人も参加していたんだ。

――初音ミク

あ、あの子もいる…。元気そうだね。

「え…?」

強く違和感を覚えた。同時に不安が襲う。

この状況、
この景色、

デジャヴじゃない…ッ!

私はこの先に起こることをニュースで見ている。
一年前のクリスマス。それは突然起こった。

後生に伝えられるであろう、最大の《悲劇》――

「《聖夜の悲劇》」

エラーによる最初の事故。
ボーカロイドたちが暴走し、人々を襲ってしまった。
死者もたくさん出た悲劇。

席を立とうとしたとき、観客席で人影が動いた。

スーツ姿だったから、全然気づかなかった。
真っ赤な瞳に、真っ赤な頭髪。
不適な笑みを浮かべて、彼は去っていく。

「どうして…あなたが……」

二人の少女が前に出てきた。
真っ黒な髪の少女と、初音ミクが二人だけで歌い出す。
美しい歌声が教会中に響く。

しかし、その歌声は突如断たれることになる。

バリィイインッ

激しい音を立てて割れるステンドグラス。
人々の悲鳴と共に、ボーカロイドたちが奇声をあげる。

猫は席から飛び出した。
降り注ぐガラス片を縫うように避けながら、二人の元へ急いだ。



そこで、夢は飛んでしまう。
まばたきをした次の瞬間には、私は病室の中にいた。



ベッドで誰かが寝ていた。もう一人は、椅子に座ってる。
髪の毛はどちらも明るく、似た背丈だった。
顔は隠れて見えないけれど、きっとリンとレンだ。

二人とも寝ていた。すやすや、寝息まで立てている。

ガラ。

病室の扉がわずかに開いた。
足下を見ると、そこには音楽時計をくわえた猫がいた。
猫はベッドの上に飛び乗ると、時計を開いた。

♪~♪♪~♪~♪♪♪~~♪~♪♪~♪~

オルゴールの音色が静まりかえった病室に響く。
悲しい音色だった。

灰色の猫は誇らしげに金のバッチを光らせながら、「やあ」と鳴いた。

「あなただったんだね。灰猫さん…」

あなたが必死な理由がやっと解ったよ。

♪~♪♪~♪♪♪~~♪~♪~♪♪~♪~♪♪♪~~♪~

窓の外から光が差し込む。
どうやら目覚めの時間が来たようだ。

雪子はそっと瞳を閉じた。
眠るように、
目覚めるように、

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第17話「銀の王様」

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター
帯人
 雪子のボーカロイド

鏡音リン
 眠り続ける少女
鏡音レン
 病室に見舞いに来る少年
王様
 灰色の猫
 二人にかわいがられていた

閲覧数:672

投稿日:2009/03/18 22:46:42

文字数:2,017文字

カテゴリ:小説

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  • まにょ

    まにょ

    ご意見・ご感想

    続きめちゃくちゃ気になります・・・。
    灰猫さんの正体って。不思議な猫だったんですね!
    いろいろますますワクワクドキドきです!これからまた
    よろしくお願いしますね!

    2009/03/18 23:58:43

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