第二章 ミルドガルド1805 パート22
「そこまで。」
凛としたアクの言葉がビレッジに響き渡ったのは、ハクが詠唱を始めた直後のことであった。直後に、事態を見守っていたメイコとウェッジが向き直り、剣に手をかける。
「どうしてここに・・。」
瞬時に剣を抜けるように身構えたメイコは、アクに向かって緊迫した口調でそう訊ねた。
「リンが生きていると知った。」
そう告げながら、アクはゆったりとした動作でその自身の身長よりも長い長剣を抜き放った。僅かに反りが入っているその刃を舐めるように煌かせながら、アクは言葉を続ける。
「目標はリンだけ。」
「・・そうさせる訳にはいきませぬ。」
かつての反乱の同志であり、現在のミルドガルド皇妃に対して、メイコははっきりとそう断言した。そして、メイコもまた剣を引き抜く。
「私の言葉はカイトの言葉と同じ。皇帝への反逆と見做すが?」
「・・それでも、リン様には手を出させません。」
「そう。」
アクはそう言いながら一歩をゆったりと踏み出すと、直後に疾風のようなステップでメイコに向かって剣を振り上げた。空間ごと切り裂くような強い斬撃を、メイコはその大剣で真正面から受け止めた。激しい金属音が響き渡り、熱い火花が静かなビレッジの中に響き渡る。アクの剣の圧力に押されてメイコの筋肉が一瞬で硬直し、耐え切れなくなった筋肉が激しい痛みをメイコの身体に覚えさせた。一瞬で視界がぼやける。ハクの詠唱だけがなにか別世界のような響きを持ってメイコの耳に届いた。
「死んで。」
アクが再び剣を振り上げる。体勢を崩しかけたメイコに向かって、容赦なく。
「俺を忘れてもらっては困る!」
そう叫んだのはウェッジであった。力技で大剣を横に薙ぐ。風が啼き、空気が裂かれる鋭い音がアクの肢体に迫る。だが、アクはその攻撃をバックステップで避けると、標的をウェッジに戻して鋭い剣撃を放った。それをウェッジは剣先で抑えると、続けてアクに向かって大きく踏み込んだ。アクの喉元めがけて放たれたその剣をアクは長剣の腹で薙ぐ。余った遠心力を乗せて攻撃を仕掛けるアクの刃。獲物を仕留める鷹のような鋭さで迫る刃をウェッジは紙一重、僅かのタイミングで避けた。ウェッジの右肩から、一筋の血が流れる。だが、その痛みを気にすることなく、ウェッジはもう一度剣を振り上げた。
「メイコ!」
アクの攻撃を真正面から受け止めて地に膝をつけたメイコに向かって、リンは思わずそう叫んだ。思わず飛び出しそうになったリンをしかし、メイコは片手を上げて留めると、代わりにこう答える。
「リン様は早く異世界へ。ここは、私とウェッジが。」
「でも!」
「歴史を変えるのは私ではなく、リン様であるべきなのです。それに。」
メイコは立ち上がりながら、一度言葉を区切り、そしてこう告げた。
「リン様をお守りすることが私の罪滅ぼし。そして、レンの遺志でもあります。」
メイコはリンを振り返らずにそう言い切ると、アクに向かって攻撃を仕掛けようとした。その瞬間、メイコの視界の端に移る、巨大な瞳を持つ男。
ジャノメは短刀を振りかざし、無防備なハクへと向かって走り向かっている。瞬時にメイコは方向を変化させ、ジャノメへと向かって大きなステップを踏んだ。剣の煌きが振り返ったジャノメの悪趣味な瞳に映る。すばやくその攻撃を避けたジャノメは、恐れをなしたかのように身構えた。
「ここから先へは行かせません。」
鋭くそう告げたメイコに対して、ジャノメは額に浮かべた脂汗をぬぐうことも啼く、ひぃ、と小さく啼いた。
ここまでの剣士だとは。
攻撃の手を一切緩めないウェッジの斬撃を受け止めながら、アクは思わずその様に考えた。大陸に稀に見る長剣を持つアクとは異なり、ウェッジは相当重量を持つ剣をまるで木の枝のように軽快に操作している。その斬撃の重さはアクのそれと比較しても遜色のないものであったのである。だが、所詮剣だけの男だ。アクはそう考え、一度大きくバックステップを踏むとウェッジとの距離を開けた。そして空いている右手をウェッジに向けて翳す。
「火の精霊よ。我に力を。」
ウェッジに届かない程度に小さく呟いたアクは、右腕の手のひらに強い魔力を集中させ始めた。無邪気に突撃を仕掛けようとするウェッジに向けてアクが僅かに口元を歪め、ファイアの呪文を唱えようとした瞬間、強い声がアクの耳に鋭く響き渡った。
「引きなさい!ウェッジ!」
直後に、カマイタチがアクの身体目掛けて飛び込む。ルカの魔術、ウィンドであった。その魔術を舌打ちしながら避けたアクは、体勢を崩しながらウェッジに向かって炎を放つ。
「ファイア!」
しかし遅い。ルカの言葉に一歩引いたウェッジは冷静にアクの火炎魔法を避けると、冷静に剣を構え直す。面倒だな。アクはそう考えた。
「全て燃やし尽くす。邪魔するものは、全て。」
アクは珍しく怒りを見せるようにそう告げると、低い声で詠唱を始めた。火炎系最強魔法、フレアの言霊である。溢れる魔力を右腕に集中さえて、アクは叫んだ。
「フレア!」
龍の如く襲う炎の刃は、ウェッジの身体など瞬時に焼き尽くすはずだった。だが、そのウェッジを守るように飛び出したルカが、ほぼ同じタイミングで風系統最強呪文の詠唱を放つ。
「エクスカリバー!」
炎と風。相異なる二つの魔術はお互いの等距離の地点で衝突し、火の粉と暴風を撒き散らしながら暴れ回った。近くにあった樹木が瞬時に薙ぎ倒され、炎に焼かれて炎上し始める。その暴風はアクの長い銀髪まで届き、火炎交じりの風が銀髪を凪ぎながら僅かに焦がしていった。直後に目の前に飛んできた火の塊を長剣で薙いだアクは、暴風が収まった後、無傷であるルカとウェッジの姿を目視して僅かな舌打ちを放った。
「リン、あたし達には役目があるわ。」
今にも戦場へと飛び出しかけたリンを止めたのは、リンの左手を掴んだリーンの右手であった。
「でも、でも!皆戦っている!あたしのせいで、また戦いが起こっている!」
泣き出しそうな声でリンはそう叫んだ。もう嫌だ。あたしのせいで人が死ぬのはもう嫌だ。メイコも、ウェッジも、ルカも、ハクも、誰も死んで欲しくない。目の前で処刑されたレンのように、その命を失って欲しくない。
「あたし達にはあたし達にしか出来ない戦いがあるの。」
リーンは冷静にリンに向かってそう告げた。歴史を知るリンには理解できたのである。この戦いは前哨戦に過ぎない。これから起こる筈の大戦争からすれば、些細な前哨戦に。
「でも!」
「大丈夫よ、リン。誰も、死なないわ。」
リーンはそう言って瞳を細めさせた。そして、言葉を続ける。
「ハクが今、あたし達を異世界へと導いてくれる。その場所であたし達、きっと何か重要な役目を果たすの。この先のミルドガルドを運命付ける何かを。」
「どうして・・?」
「今は、分からない。でも、そんな気がするの。」
そう。その理由を明確に説明することは出来ない。でも、多分。あたし達の役目は市民革命の主導者であるレンをこの世界に導くことではないのだろうか。リーンはなぜか、その様に考えたのである。そして、メイコはその名を歴史に刻むことになる。確信があるわけではないけれど、ウェッジとハクはいつか結ばれて、二百年後の未来にハクリというあたしの親友を生み出してくれる。
だから、大丈夫。
「誰も、死なないわ。」
リーンがリンに向かって力強くそう告げる。
「世界をまたぐ扉よ、今ここに現れ、我らを導きください。」
直後に、詠唱を続けていたハクが、呪文を締めくくるかのようにそう告げた。
「準備、出来たみたい。」
リーンはハクの姿を視線の端にとどめながら、リンに向かってそう告げた。
「・・うん。」
「二人なら、きっと大丈夫だよ。」
ハクの身体から、正確にはクリスタルから溢れるような光が周囲を覆い始めていた。全ての景色が光の中に消え去ってゆく。不安を感じたのか、強く握り締められた右手の感覚。リンがリーンの手をより強く握り締めたのである。今はリンと繋がっているこの感覚だけが頼りね、とリーンは考えた。だが、不思議とリーンは何の不安も感じなかった。現代からこの時代に来るときは一人だった。でも、今は違う。リンが一緒にいる。
だから、大丈夫。どんなことがあったって、絶対に乗り越えられる。
リーンがそう考えた直後、二人の気配が忽然とミルドガルドから消えた。
いつしか気を失っていたリンとリーンは、ミルドガルドとは全く異なる世界にその身体を放り出されていた。硬く手を握り締めたままで倒れた二人を支えたものは柔らかな芝生である。その景色はしかし、ビレッジと妙な共通点を持っていた。赤煉瓦作りの講堂。その講堂の前に左右対称に植えられた二本の大イチョウ。その大イチョウの一本の木の下に、リンとリーンは横たわっていた。
その場所には、赤煉瓦作りの講堂と同じようなレンガ造りの正門が用意されていた。どうやら、大学のキャンパスであるらしいその正門には、その大学の名称が厳しく記載されていた。
即ち、『立英大学』と。
小説版 South North Story 40
みのり「第四十弾です!ってあれ?」
満「すまん計算間違えた。三つだった。」
みのり「もう!」
満「そして意外に強いウェッジ。」
みのり「アクと互角とかw」
満「魔術が使えないから、総合力では負けるけど。」
みのり「それよりも、ようやくここまできたね。」
満「全くだ。」
みのり「もう一度宣伝しておこうか?」
満「ネタばれも甚だしいけど、俺たちが主役をしている『Re:Present』、お読みではない方はこの機会にぜひ。」
みのり「ではでは、次回から新章スタートです!今日書けるか分からないから、最悪来週ですね!(できるだけ頑張ります☆)」
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