あなたの心に
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「どうすればいいんだ……?」
昔の話。彼女達や俺が生まれる前の話。
二十七年前。とある八人の生徒が、その後二年間にわたり様々な理由により死亡した。八人はほとんど関連性がなかったが、裏でとある研究所が黒幕として関わっていたとの噂がある。
また、八人が死に行く中、学校内で奇妙な事件が多発したことにより廃校。最初に亡くなった少女の病状から、後に『音無事件』と呼ばれるようになった。
静かな世界に暮らした『香(かおる)』。
周囲に裏切られた『学(がく)』。
天を恨んだ『和人(かずと)』。
優しさを振りまいた『芽莉紗(めりさ)』。
大人を信じなかった『利奈(りな)』。
世間に流された『零(れい)』。
誰よりも平和を望んだ『恵(めぐみ)』。
全てを見通した『未来(みらい)』。
香は、一人以外の声を知らない。出会う前に音を失い、戻る前に花を散らした。十二月十一日、彼女が世界から退場したことにより事件が動き出した。
少女は無機質な世界に住んでいた。誰の心も理解することができなかったから、心と共に機能しない耳を塞いだ。例えその言葉が真実で大切な人のものだったとしても、恐れがあったから聞こうとしなかった。それが全ての事件の始まりだったのだ。
自らを取り巻く環境から、世界に絶望した学は香を追って自殺。
二人のクラスメイトだった和人は、病状が悪化して手術中に亡くなった。
隣の病室に入院していた芽莉紗は、医師の手で毒殺される。
彼女の親友だった利奈は零と共に、サイレンの鳴る踏切へ飛び込んだ。
恵と未来については詳細不明。学園長の話を聞く限り、研究員によって殺されたのかもしれない。
学は香の翌日に死んだ。それから幽霊として校内を彷徨い、事件をほとんど見ていた。最終的には恵と未来と話すことで姿を消した。
当時の資料はほとんど残っておらず、タイトルのない一冊の手帳に少しだけ載っているのみ。だからこの事件の詳細は当事者しか知りえない。
当時の俺達は、取るべき行動を間違えたのかもしれない。今となってはどうしようもなかった。そして今も未来も間違え続ける。
正しい選択なんて知りえない。だからこそ思い続ける。俺と彼女の関係はどうあるべきなのか、と。
♦︎
――その報告は唐突に行われた。
三学期の始業式。高校生活として最後の三学期。また勉強頑張らなきゃとか、いつ暖かくなるのかなとか、なんでもないようなことを考えて。退屈な話をぼんやりと聞き流していたその終わりに。
「……えー、一身上の都合により、退職させていただくことになりました」
壇上から聞こえてきた神威先生の声にはっとする。ぼんやりしていて話を聞いていなかった。だけどその内容を、私は知っている。
「まあ三月末まではいるので、短い間ですがよろしくお願いします。今までありがとうございました」
手短に報告を終わらせて、壇上から離れる彼。余程驚いたらしく、生徒のほとんどがどよめいたり疑問を口にしていた。唯一人、私だけを除いて。
先生方に目をやると、口々に騒ぎ出す生徒達を注意するようなことはせず、その表情には暗い影が沈んでいた。
「ねえルカ、ちょっといいかな」
昼休みになり、メイコが問いかけてきた。メイコが聞きたいことの想像は付く。
「あんた、知ってたでしょ。神威先生が退職するってこと」
「……うん」
「やっぱり。なんで止めなかったのよ? 理由も聞いてるでしょ、あんたなら」
内容が内容なだけに、声を潜めて周りに聞こえないように聞いてくるメイコ。幸いにも他のクラスメイトは、楽しいお弁当の時間で喋り声が大きくなっていて、こちらに興味などない。
「止めるも何も……無理だよ。今までいろんなことが重なりすぎて、もう長くないんだって」
「だけど、辞めるなんて聞いてなかった。妹のあたしでさえ」
そこにグミちゃんも加わってくる。グミちゃんは彼の妹だ。だから彼の現状はほとんど理解しているだろう。おそらくこの世界の誰よりも。
「無理に引き止めても彼を困らせるだけだから」
「だから? ルカ、あんたなら先生を止められたはずでしょ」
「止める権利なんてないよ。彼の幸せを奪ったのは、私だから」
「……」
黙り込む二人。しばらくの沈黙の後、グミちゃんが口を開く。
「私はてっきり、しばらく休職するのかと思ってたよ」
「え? どうしてまた」
「だって、辞めるって決めるほど深刻なことじゃないもの」
「「え?」」
私とメイコの疑問が重なる。辞めるほど深刻じゃない?でも彼は迷惑を掛けることになる、って……。
「え? メイちゃんはともかく……まさかルカちゃん、聞いてないの?」
「な、何を?」
「グミ、何か知ってるの?」
「……細かい説明は後。メイちゃんは後で手伝って。あーもう、手のかかるお兄ちゃんね!」
グミちゃんは食べかけのお弁当をしまって、かわりにスマホを取り出して自分の席へ戻って行った。
「ちょ、手伝いって何よ! ……え?ああ、できるよ? ……成る程、了解」
メイコはグミちゃんに話を聞くと、また席に戻ってお弁当を食べ始めた。私には説明はないらしい。何これ、疎外感?
*
「待って、ルカ」
放課後、帰ろうとしたところをメイコに呼び止められた。もう教室には私とメイコしかいない。
「あのさ、前まで様子がおかしいときがあったよね」
「様子がおかしいって?」
「神威先生が退院してしばらくしてから。私たちが何を言っても、首を横に振るばかりで何も話してくれなかったじゃない」
そういえば。十月、彼が帰ってきてしばらく経ち、あの会話を盗み聞きしてしまった後。私は罪の意識から、自然と彼を避けるようになった。丁度その頃だろうか。
「あんたはその頃に先生の話を聞いたんでしょうね。それで自分のせいだって塞ぎこんでしまった」
「……そうだね」
「でもその話、彼から面と向かって一度でも聞いたことはあったの?」
「ううん。偶然盗み聞きしちゃって」
「そう、そういうこと」
メイコがうんうんと頷く。あの、名探偵か何かですか?
「わかった。多分、ルカが偶然聞いたその話、不完全よ」
「不完全?」
「そう。一部分しか聞いてなくて、しかもそれがショッキング? だったから今もこの状態なわけでしょ」
「……確かに」
あの時は聞いてしまった事実の重さがつらくて、彼の話も聞かず私の都合で勝手に彼を遠ざけていたような気がする。だけど彼は私に面と向かって話すことはなかった。私が拒絶したからだ。それから一ヶ月は気が重く気まずく、冬休みの彼からのメールもずいぶん素っ気無い内容になった。
私は、彼と近づく前の、彼と知り合ったばかりの頃の関係に戻るつもりだった。それが彼のためだと思って。
「でさ、さっきのグミの話では『私の話だけじゃ絶対にお兄ちゃんはルカちゃんと会わないから』なんだってさ」
「あの時グミちゃんがスマホをいじっていたのは、先生にメールでもしていたの?」
「そう。だけどやっぱり効果がなかったみたいでさ。だから私は頼まれたの」
その言葉の直後、教室の扉が開く。
「『始音先生を使って、神威先生を連れてきてほしい』ってね」
扉の先には、始音先生と神威先生が立っていた。
「……昼にグミから『このバカ! ルカちゃんにちゃんと話しなさいよ!』って感じの罵倒に近いメールが来たんだが」
「それはお前のせいだろ。どんな手を使ってでもはっきり伝えなかったお前が悪い」
「これには訳があってだな」
「言い訳は無用。……オレは咲音の話を聞いて、無理やりにでも巡音さんに会わせることにしたよ」
メイコと始音先生は仲が良い。彼女のことだ、「適当に用をでっち上げて神威先生を教室に連れてきてください」とでも言ったんだろう。始音先生も何か思うところがあったのか、それを聞き入れた。そうして現在に至るというわけだ。
「神威せーんせっ。ルカね、たまに泣いてたんですよ。あなたの説明不足かナニカのせいで」
「……」
「この二ヶ月ちょい、ルカは苦しんでました。酷いですねー、私の親友はこんなに傷ついてるのに」
「おい、さすがにその言い方は……」
「いいえ、先生が悪いです。私は親友の味方ですから。……償いは、ちゃんとご自分の手でしてくださいな」
メイコはちょっとだけ不機嫌そうな顔をして、神威先生の背中を押す。
「じゃ、そういうことなので。失礼しましたっと」
そしていつも通りの澄ました顔で、教室の扉を閉めた。
窓も扉も全て閉まった教室。二人だけの部屋で、しばらくぶりに私たちは向かい合った。
【がくルカ】memory【29】
2014/10/18 投稿
「対面」
両片思い状態の二人を解決したい部隊が動いた回ですね。
改稿しましたが内容はほとんど変わっていません。
前:Plus memory5 https://piapro.jp/t/oWN_
次:memory30 https://piapro.jp/t/90TM
コメント1
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ご意見・ご感想
私の知っている倦怠期と違う←
私がかつて経験した倦怠期は何というかこう話したいんだけど話すことがなくて、変に話して嫌われるくらいなら放さないほうがいいのかと思い悩むような……
あれ、やっぱり倦怠期か?(※違います)
先生それは罵倒に近いメールではなく罵倒です。
と言うことで私も罵倒させていただきます((
オラ! キリキリ吐けや!ルカさんの為にも洗いざらい本当のこと話せや!
話す気がねぇならロシアン連れてくんぞ!(やめてくださいバトってしまいます
2014/10/18 21:06:36
ゆるりー
やっぱり何かが違う←
それは倦怠期ではないのではw
ですよねー。
なんでですかw((
ちゃんと次回話すと思いますよ!
バトって大変なことになりますよwww
2014/10/18 21:51:23