ある冬の日。いつもの時間に病室を出た。

でもカイトはいない。寝坊でもしたのかなと思ってしばらく待ってみる。でも現れない。こういうとき『普通』はどうするのかな。電話?ずっと病院暮らしで、携帯なんてもっていない。
1時間。そろそろ『普通』なら何度も電話とかするのかな。
2時間。そろそろ『普通』なら怒って帰ったりするのかな。
3時間。こんなに待っても『普通』なら元気で立っていられるのかな。
だいぶ立っているのも疲れてきた。でも、帰ろうとは思わない。
それからまた1時間くらいして、いや2時間かな、やっと声が聞こえた。ずっと待ってた優しい低音。
「ミク…?」
声の方をみると、息を切らして、いつもより格好の悪いカイトの姿。
「今日はずいぶんゆっくりだったんだね」
ほっとして笑顔になる。
「ごめん…でもミク…学校は?」
きょとんとしてカイトが呟く。そっか、『普通』はこの時間学校だった。
「えーっと……サボった?」
しばらく悩んで答えた嘘。
「最後のはてなは何」
カイトが笑う。良かった。やっと笑ってくれた。
「あはは」
私も笑う。カイトと二人で笑える、私は幸せ。
その瞬間目の前から公園が消えた。最初何が起きたのかわからなかった。でも、すぐにわかった。…私はカイトに抱きしめられているんだ。
あったかい…。寒空で冷えた体が温められる。
ドクン。
(どうして…こんな幸せな時間を邪魔するの…?)
神様は意地悪だ。
「ミク?」
カイトの心配そうな声。声がでない。息ができない。
「ミク!?」
カイトが力を緩める。私はもう自分の足で立っていられない。心配かけたくないのに、「大丈夫」って笑いたいのに、自分が息を出来ているのかすらわからない。
(もう…しょうがないよね。)
今まで隠していた私の本当。首にかかっている紐を手繰り寄せて、その先についたカードを差し出す。こういう時のために、『特別』な私が常備している緊急カード。私がいる病院の名前と電話番号、そして『ここに連絡してください。』という簡単なメッセージが書いてある。
「これって…」
驚いたようにカイトがカードを眺めている。
(ごめんね、驚かせて…。ごめんね、『普通』の女の子じゃなくて…)
カイトははっとして携帯で電話をする。
「もしもし!今初音公園にいます!ミクが突然苦しみだして…」
すぐ返事があったのだろう。私は病院では有名人だから。
背中に暖かいぬくもりを感じる。優しくさすられると不思議と息が楽になる気がした。
もう…『普通』の女の子としてカイトに会えない。いや、もう二度と会ってくれないかもしれない。カイトはカッコ良いから、きっともてるんだろうな。私みたいな『特別』な子より、可愛い『普通』の女の子の方が良いに決まってる。それで良いよ。…でも、今だけは、カイトの優しさを独り占めさせて…。
「ミクちゃん!大丈夫?」
馴染みの看護師さんの声がして、安心のせいか意識が薄れていった。


目を覚ますといつもの病室のベッドの上。
「目が覚めた?」
ママの声。優しく髪を撫でてくれる。でもママは冷え性だから手冷たいんだ。
「うん…」
(あーあ。ママにカイトのことばれちゃったなぁ)
心配して付き合うことに反対されるかも。そんなことを思っていたときに意外な言葉。
「カイトさん良い人ね。」
「え?…っ!…」
驚きすぎて勢い良く体を起こしたら、咳き込んでしまった。
「そんなに何を驚いたの?まったく」
ママが背中をさすってくれる。そりゃ驚くでしょ。カイトって名前すらママには話していないのに。
「まさか気づいてないとでも思っていたの?」
呆れたようにため息をつく。
「ずっとあなたを見ていれば、すぐわかるわよ。」
隠せてると思っていたのが急に恥ずかしくなってきた。
「この部屋の番号教えておいたから」
「え?」
ママの顔を見ると、ママは満面の笑みで続ける。
「来てくれると良いわね。」
「…うん!」
ママはいつもこう。一見ぼーっとしてて天然だけど、私のことをよく見ていてどんな時も優しく微笑んでくれる。ママだって十分辛いのに。私の前では絶対笑顔だ。
私の病気がわかってすぐ、パパとは離婚した。パパは医療費だけは払ってくれているみたいだけど、しばらく姿は見ていない。ママには内緒だけど、実は聞いてたんだ。病室の外でママとパパが喧嘩しているのを。別にパパを恨んでいたりはしない。みんな『普通』の精神状態なんかじゃいられなかったから。だからこそ、ママが今でも私のために笑顔でいてくれるのが、嬉しくて、申し訳なくて。毎日私の医療費のために一生懸命働いて、私の心配もして。でも私が返せるものは何もない。
(ごめんね…、こんな娘で…)

しばらく車椅子で生活するように、と言われた。私が動きすぎないようにするための足枷。まぁあんまり足に力が入らないのも事実。昔から倒れるくらいの発作が起きるといつもこう。車椅子生活も慣れたものだ。
「あー!カイト!」
車椅子で病院の廊下をウロウロしていると見慣れた青い髪。車椅子のスピードを上げる。
「ミク…!危なっ…」
「大丈夫!」
カイトの前でぴたりと車椅子を止める。
「慣れてるんだから」
元気だって見せないと。これ以上心配されたくない。
「カイト!ついてきて!みんなに紹介したいの」
「ちょっと待った!」
クルリと車椅子を回転させると、カイトが制止する。
「はい…手は膝の上」
それはつまり…
「押してくれるの?」
車椅子を押される時、自分で車輪を回すと危ない。素直に手を膝に置く。
「あんなスピードで走られたら危なっかしくて見てられない」
ゆっくりと車椅子を進む車椅子。
「えー遅いー」
そんな慎重にならなくても良いのに。そういう性格だから仕方ないのかな。思ったよりカイトの対応が以前と変わらなくて安心した。
カイトに病院を案内する。ここに住んでいるわけで、ここにいる人はだいたい知り合いだ。
長いこと入院しているおばあちゃんや、サッカーの試合中に足を折った高校生、今すれ違うことのない重い病気を持つ子まで。
「ミク姉!」
前方から可愛らしい声。
「リンちゃん!」
前からリンちゃんとレン君がこちらに向かってきた。レン君がリンちゃんの車椅子を押して。
「ミク姉の彼氏が来てるって聞いて探しちゃったよー」
「探さなくても私から行ったのにー」
他の子が話しているのが聞こえて探しにきたのだろう。ずっとカイトに会ってみたいって言ってたし。
「初めまして!ミク姉の友達のリンです!よろしくね、カイトさん♪」
リンちゃんが顔を上げる。まだカイトは喋っていないから正確な距離がつかめないらしくちょっと遠くを見ている。でもその顔は満面の笑みだ。
「うん、よろしく…って何で僕の名前を?」
カイトがふと疑問を口にして、どきりとする。
「だってーミク姉いつも言ってるもん」
「もーリンちゃん言わないでよ」
予想通りリンちゃんが悪戯っ子みたいに笑う。
「羨ましいなー優しい彼氏がお見舞いなんてー」
リンちゃんが目を輝かせている。さっきの声の感じだけで、どんな人かだいたい感じ取ったのだろう。
「ふふ、良いでしょー」
ちょっとからかってみる。頭の上では男性陣が自己紹介をしているみたい。
「良いなー、私も素敵な人に出会いたいー」
不満そうに頬を膨らませる。
「リンちゃんにはレン君がいるじゃん」
「レンは弟だもん」
確かに。レン君だってそれなりにカッコ良いと思うんだけどなー。リンちゃんとそっくりで。あっ…どちらかというと可愛い…かも。
「リーン。そろそろ戻るよ」
「えーもう?」
たまらずレン君が声をかけてきた。カイトは話がわかっていなかったみたいだけど、レン君にはばっちり聞こえていたらしい。
「また明日喋れるだろ?」
「うん…」
リンちゃんの顔が一瞬にして暗くなる。グミのことを思い出しているんだってすぐわかった。
グミは病院の学校で会った。髪は緑色のショートカット、それと同じくらい深い緑の瞳はいつも輝いていた。私とリンちゃんと三人でよくおしゃべりをする仲良しだった。グミはいつだって明るくて、前向きで、たくさん元気をくれた。
「また明日ね!ミク!リン!」
そう言って大きく手を振る。『また明日』そう言ったのに。グミはある日を堺に現れなくなった。夜中様態が急変して、亡くなったのだと、しばらくしてから知った。それから、私たちは『また明日』という言葉の怖さを知った。『明日』私たちがこの世にいる保証はない。広く考えればどんな人だってそうだけど、私たちの場合は、それが現実になる可能性が高い。その言葉を口に出すのが怖くなってしまった。
でもレン君はいつもわざと『明日』という言葉を使う。『明日』が不安なのはレン君だって同じ。でも、『明日』への希望を決してなくさないように…。
「また明日…な?」
レン君の声にリンちゃんは「そうだね」と頷く。
「カイトさん!明日も来る?」
「え?あぁ…うん、来るよ」
明るい声。突然のことにカイトは驚きながらも笑顔を見せる。
「やった♪じゃあミク姉、カイトさん、また明日ね」
リンちゃんも頑張っている。…私も頑張らなきゃ。
レン君が車椅子を回転させ、振り向いて軽く礼をしてからリンちゃんの病室へ帰っていった。
「さて…私も部屋に戻んなきゃ」
病室に向かって車椅子が動き出す。
部屋に戻りベッドに横になる。
「リンちゃんと仲良しなんだね」
嬉しそうに微笑む。
「仲良いよ!…だって小さい時からここで一緒だもん」
もうここまできたら隠しちゃいけない。カイトには伝えなきゃね。私が生きるこの場所を。
「リンちゃんはね…生まれつき目が見えないの。最近は足もあまり自由に動かないみたい」
明るい空の色も、大好きな少女漫画の絵も、あんなにそっくりなレン君の顔さえリンちゃんは見たことがない。
「『ここ』はそういうところなの」
泣きそうなのをこらえて、笑顔を作る。
「でもね、私は『明日』を信じてる。明日もカイトに会えるって信じてる。…だから明日も会いにきて?」
今までの嘘とは違う、本物の言葉。そっとツインテールが撫でられる。
「もちろん…また明日、ミク」
「うん、カイト」
挨拶を交わすと睡魔が襲ってきた。
(おやすみ、カイト。…また明日)

-『明日』あなたに会うことを望んでしまった。あなたを傷つけることになるとわかっているのに。優しいあなたへの私のわがまま-

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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キミの手 ~ミク side~ 2/3

自作歌詞http://piapro.jp/t/xamFの小説版です。

KAITO編→http://piapro.jp/t/6lERと対応しています。
ミク編1/3はこちら→http://piapro.jp/t/SDvR

閲覧数:177

投稿日:2012/04/08 23:51:22

文字数:4,279文字

カテゴリ:小説

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