右手をのばした先には、着信音を鳴らし震えている携帯。
左手のそばの箱の中には、いやいやと主張する種KAITO。
……さて、どうしようか。

「KAITO、アイスいらないの?」
「やーぁ……ひぅっ……」

声をかけてやれば、種KAITOは必死に泣きやもうとする。首もふるから、アイスがいらない訳ではないと思う。
けれど、私が少しでも――足に体重をかけるとか、立ちやすいように腕を引くとか――動くと、途端に火がついたように泣き叫ぶ。
ただ嫌だ嫌だと騒ぐ顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、淡い青磁色の毛先がぬれた頬に貼りついていた。

「参ったなあ、もう……」

思わずつぶやいた時。
携帯の音が止まると同時に、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

「ししょー、入るよー」

がちゃりと重い音を立てて戸が開く。ややあって、夜を切り取って重ねたような衣装の少女が入って来た。
彼女が後で来るからと、鍵を開けておいてよかったと思った。この状況じゃ、玄関まで行くことなんてまずできない。

「すみません、ここから動けなくて」
「ふうん、それだけ怖かったのかな、種KAITO君は」
「……どういう意味です?」

冷蔵庫に食材を片づけながら、少女は疑問ではなく確認の口調で続ける。

「ボーカロイドにとってマスターは絶対でしょ。ましてKAITOは不遇だったせいで、マスターを求める気持ちは他のボカロより強い、って文化がある程度できてるわ。
種KAITOが『KAITO』の性質を引き継ぐのなら、マスターと引き離されるのは相当不安なはず。ましてその子は生まれたばかりで、何もわからないうちにマスターがいなくなっちゃったから、余計に怖かったんじゃないの」

あ、アイスこれでいいよね、と示されたものにうなずいて、私は少女に言われたことを考えた。といっても、半分くらいしかわからなかったのだけど。
今朝、行ってくるから、と言って何も反応がなかったことを思い出す。
あの時は、私がいなくても音さえあれば、種KAITOは寂しくないのだろうと思っていた。
実際、小さい生き物なら、そういったことは気にしない。人間が出て行こうと戻ろうと、好き勝手に動き回っている。
けれどもしも、ヒトに対して、いることといないことの区別がつくのなら。
そして、種を植えた相手を、マスターという絶対の<親>として慕うのなら。
生まれたばかりの捨て子のように、必死で泣き叫ぶのも理由がつく。
寂しがりな彼の世界には、自分を生んだ相手しかいないのだから。

「いや――いなかった、かな」

自分の声で、そうつぶやいているのが聞こえた。
箱の中をのぞいた途端、目を輝かせた少女は、それに気づかなかったらしい。アイスそっちのけで種KAITOを抱き上げ、きゃあきゃあといじくり倒している。
そういえば、種KAITOは私以外の誰かに会うのは初めてだけど、あまり変わった様子はない。人見知りではないみたいだ。

「はーい、お顔きれいにしましょうねー。もーホントちっちゃーいっ。ねんぷちとか目じゃないわ。あ、爪もちゃんと綺麗な色がついてるのねぇ」

ほら見て師匠、と示された先には、ビーズのかけらみたいな青磁色の爪が確かについていた。
外での食事は丁重に私が固辞したため、ようやく箱の中に下ろされた種KAITOは、早々にダブルソーダに飛びつき、しょりしょりかじりはじめた。

「食べてる姿も可愛いなあ。ねえ師匠、この子の名前は?」
「……なまえ?」
「だって本家と一緒じゃややこしいでしょ」

思ってもみなかった提案に、頭の中が空っぽになる。
知らず種KAITOを見下ろすと、アイスをかじるたび、ひこひことマフラーの端がゆれるのが見えた。
あれが伸び広がっていく様子を見たのは、つい昨日のことだったっけ……

「フタバ」

目があった。
ふと浮かんだ言葉を口にした瞬間、確かに濃い青磁色の瞳が、こちらの目をとらえていた。
……もしかして、わかってる?

「フタバ?」
「あい、ちちょー」

――ひどくまじめな顔でとかちった上に、「マスター」ではなく「師匠」の方で覚えてしまったらしいことに少女とひとしきり笑い転げた、これが私とフタバとの最初の会話だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【亜種注意】やってしまいました7【KAITOの種】

ようやく、ようやく名前が出せました……!
これ去年の3月の時点で決まってたんですよなんてこった。
しかもまだ出会って2日目とかホントに、もう、周回遅れすぎてすみませんとしかorz
おまけに文章劣化してる気がするよ……眠いとか理由にならないよ……orz

さて、今後は師匠とフタバの名前でいきますが、コメの方では以前通り双ダイトでも構いません。
ここからは組み直した方のプロットで行くのでさらに時間がかかりそうですが、のんびりお付き合いいただけるとうれしいです。

閲覧数:283

投稿日:2010/01/12 01:45:56

文字数:1,748文字

カテゴリ:小説

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  • 霜降り五葉

    霜降り五葉

    ご意見・ご感想

    もうね、続きが楽しみ過ぎて死にそうなんですよ。
    フタバ君可愛いなぁもう。
    のんびり待ってるんで頑張って下さいねー。

    2010/01/12 09:15:14

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