クリスマスに巡音さんが家に来ると言ったところ、レンは俺の誘いをあっさり承諾しやがった。……何から何までミクの考えどおりってのが、実に面白くない。
 ……クリスマスか。奇跡でも起きて、あの二人とっととくっついてくれないものだろうか。
 ミクはクリスマス準備に大わらわで、家の部屋を――さすがに全部じゃないが――盛大に飾り付けた。ものすごく気合いが入っていて、ちょっと怖い。ちなみに、俺も手伝わされた。
 そして十二月二十四日になった。俺はミクの部屋に引きずって行かれて、作戦の打ち合わせとやらをさせられている。
「とりあえず作戦を説明するわね」
 勢い込んでそう言うミク。目が輝いている。……なんでそんなに盛り上がれるのかね。
「へいへい」
「二人が来たら、まずは映画を一本見るの」
「どーせラブコメ……いや、なんでもないです、はい」
 ここで下手に口を挟むと、後が怖い。色んな意味で。
「映画を見たら大体お昼ごはんにちょうどいい時間になるはずだから、食堂でお昼ね。食べ終わったら、クオ、わたしに予定確認して」
「OK」
「で、わたしが映画を見るっていうから、そうしたらクオ、なんでもいいから難癖つけてちょうだい」
 なんかさ……お前の作戦だと、俺、いつも悪役っぽくないか? こいつは俺を何だと思っているんだろう。と思いつつ、頭に浮かんだことを口にしてみる。
「『ラブコメなんかお断りだ』とかでいいのか?」
「ああ、そんな感じ。クオ上手いじゃない!」
「……どうも」
 演技じゃなくて俺の本音だよ、今のはな。とはいえ、この状態のミクに、何を言ったって通用しやしない。
「わたしがリンちゃんを巻き込みつつ、意見を押し通すから、クオ、キレた振りして、勝負しろって言ってね」
「勝負ってお前……何する気なんだよ」
 お前に勝負申し込みたいなんて思ったこと、ないんだがなあ。大体何で勝負するんだ。俺たちもう高校生だぞ。取っ組み合いの喧嘩をする年じゃない。
「音楽ゲームがいいと思うの。クオ、音楽ゲームで勝負しろって言って」
 それが、ミクの答えだった。あ~なるほど。ミク、音ゲー好きなんだよな。
「音ゲーか……わかった」
「で、わたしが乗るから、わたしたちは居間に移動してゲーム。リンちゃんと鏡音君には、ホームシアタールームで待っててもらうの。これでめでたく二人っきり~」
 るんるん、という効果音でもつきそうな表情で言うミク。俺は、ミクに聞こえないようにため息をついた。あれ、ちょっと待てよ。
「え? 本当にゲームするのか?」
「もしどっちかが様子見に来るようなことがあったら困るでしょ? だから本当に音楽ゲームで対戦しましょ」
「あ、うん、わかった」
 どうせなら、午後はずっとゲームにしないか。俺はそっちの方がいい。あの二人は放っておけば、勝手に盛り上がってるよ。……多分ね。


 打ち合わせが終わった頃、レンと巡音さんがほぼ同時にやってきた。まあ、時間はあらかじめ言っておいてあるわけだから、一緒になったのは別にいい。
 ミクと巡音さんは、巡音さんが抱えてきた荷物――多分クリスマスケーキだろう――を前に、楽しそうに話している。俺がそれをぼけーっと見ていると、レンが俺を引っ張った。
「クオ、ちょっといいか?」
「なんだ?」
 少し離れた場所に引っ張っていかれる。ミクたちには聞かれたくない話らしい。
「お前、初音さんに俺のこと言ってないわけ?」
「いや、ちゃんと話しておいたぜ。どうしたんだよ」
 ミクはレンが来ることは知っている。呼べと言ったのはあいつだ。
「リン、そこで俺に会ってびっくりしてたから」
 あ~、やっぱり。ミク、巡音さんにレンのことは黙ってたな。
「……多分、ミクのことだから話すの忘れたんだろ。あいつ、結構ドジなんだよ」
 もちろん嘘だ。ミクは意図的に黙っていた。でもそれをレンに話すと、ややこしいことになる。
「ところでクオ、今日はどうする予定になってるんだ?」
「ミクは映画見ようって言ってる。多分、クリスマスラヴコメだろ」
 せめてもうちょっと面白い映画はないんだろうか。レンはというと、俺の前で何か考え込んでいる。
「なあクオ」
「何だよ」
「リンと二人で話がしたいんだけど……」
 ……あ~はいはい。心配しなくても全部打ち合わせ済みですよ。異常なまでに気の回るミクのおかげでね。
「いつ?」
「いつでもいいけど、リンが帰るまでに」
 ああ、じゃあ、作戦は変更しなくて大丈夫だな。ちょうどいい。
「わかった。……なんとかする」
「助かった、恩に着る」
 レンはほっとしてるようだった。さすがに、少し罪悪感があるな。向こうは向こうで真剣なようだし。
「別にいい……それより、巡音さんに話したいことがあるんなら、ちゃんと言えよ」
 俺はもう、この面倒くさい作戦からとっとと降りたいんだ。だから、早いところ告白でもなんでも済ませてくれ。


 その後は、ミクが予定したとおりにことは運んだ。映画を一本見て、昼を食べ、食べ終わる頃に、俺が難癖をつける。予定外だったのは、巡音さんが「オペラを見たい」と言い出したことと、レンがオペラを好きだとか言い出したことだった。お前、いつからクラシック聞くようになったんだよ。
 まあ予定外だったのはそれぐらいで、俺たちは音ゲーでの勝負を理由に、部屋を抜け出した。居間に行って、ゲーム機と専用コントローラーを取り出す。俺がゲームの用意をしている間、ミクは例によってご機嫌だった。
「あの二人、いい感じよね?」
 レンが巡音さんと二人きりになりたい、と言い出したことを、ミクに話した方がいいだろうか。……俺はしばらく考えた末、やめることにした。そんなことを言い出したら、ミクの奴、ますます有頂天になるだろう。何も燃料をくれてやることもない。
「じゃねーの」
 セットが終わった。電源を入れると、テレビにゲーム画面が表示される。ミクは立ち上がると、専用コントローラーを手に取った。
「それじゃ、勝負しましょ」
 そういうわけで、俺たちはしばらく音ゲーで対戦した。結果? ……俺が負けたよ。ま、勝ったところで、ホラーを見るつもりはなかったけどな。ミクに首を絞められるのなんか、一度でたくさんだ。
「そろそろ、あっちに戻りましょ」
「もうしばらくゲームしようぜ。どうせあいつら、適当に盛り上がってるよ」
 ほっといてもらった方がレンも喜ぶだろ。巡音さんが、レンを振ってない限り。でも、ミクは首を横に振った。
「あまり放っておきっぱなしはよくないわよ」
 単に気になるだけだろ……上手くいったかどうかが。仕方ないので、俺はゲーム機を片付けると、ミクと一緒にホームシアタールームへと向かった。
 ホームシアタールームに着くと、ミクはノックもせずに、いきなりドアを開けやがった。……おいおい。
「た~だ~い~ま~っ!」
 部屋の中では、レンと巡音さんが、ぴったりくっついてソファに座っていた。どう見てもついさっきまでいちゃついてたな、この二人……。俺は、心の中でため息をついた。レンの奴、巡音さんの肩まで抱いてるし。
「ああああの、ミクちゃん、これは……あの、その……」
 巡音さんが、派手にうろたえている。顔が真っ赤だ。……何も気づいてないんだろうなあ。ミクが色々画策していたこととか。
「……俺、リンとつきあうことにしたから」
 と、そんなことを言い出すレン。ああ、だから二人きりになりたいって言ってたのか。つきあってくれって言いたかったんだな。……ところで、その腕はいつまでそのままなんだ? レンの奴、結構独占欲が強いのかもしれない。
「リンちゃん、そうなの?」
「う、うん……そうなの」
「そうなんだ。おめでとう、リンちゃん」
「……ありがとう、ミクちゃん」
 ミクと巡音さんは、そんなやりとりをしている。……まあとにかく、交際宣言が出たんだから、これで作戦は終わりだよな。ああよかった、やっと解放される。


 この後はオペラを見たり、お茶飲んでケーキ食べたり、それでもってまたオペラの残りを見たりして過ごした。俺は芸術とやらはさっぱりわからないが、アップテンポの曲が多かったせいか、見ていて疲れるということはそんなに無かった。途中、ものすごい早口で出演者が歌っているシーンがあったが、あれ、歌うの相当大変なんだろうなあ。
 オペラを見終わると巡音さんは門限なので、帰ることになった。レンはもう開き直ったのか、俺とミクの前で巡音さんを抱きしめていた――なんか面白くねえな。
 レンが帰る前に、巡音さんを粗末に扱わないようにと言っておく。だってさ、粗末に扱ったら絶対、ミクがぶちキレると思うんだ。そんな恐ろしい状況は見たくない。レンは、こちらに感謝はしているみたいだった。……それでよしとしておくか。
 二人とも帰ってしまった。晩飯まではまだ結構時間があるな。……なんか映画でも見るか。俺はホームシアタールームに向かった。
 ホームシアタールームには、誰もいなかった。ちょっと疲れたし、こういう時は気軽に楽しめる奴がいいよな。そんなわけで、ラックから『パイレーツ・オブ・カリビアン』のDVDを取り出す。
 映画を見始めてしばらくすると、ミクがやってきた。
「クオ」
 うん? 今度は一体何の用事だ。もう俺は関わらなくてもいいはずだろ?
「なんだよミク」
 リモコンで画面を止めてから、ミクにそう訊く。ミクは俺の隣に座ると、俺にリボンのかかった包みを差し出した。
「はいこれ、クリスマスプレゼント」
「あ……」
 ……そういや、この家に来てから、毎年ミクとはクリスマスにプレゼントの交換をしていたんだっけ。俺からの分、渡してないぞ。
「ごめんミク、ちょっと待っててくれ」
 俺はプレゼントを一度ソファに置くと、ホームシアタールームを飛び出して、自分の部屋へと向かった。部屋に着くと、ミクへのクリスマスプレゼントを取り出す。朝からごたごたしていたもんだから、渡すのをすっかり忘れていた。
 ホームシアタールームに戻ると、ミクはソファに座って、何故か天井を見上げていた。……何やってんだ、あいつ。天井を見ると、赤いリボンで束ねられた木の枝がぶら下がっている。……何だありゃ。クリスマスリースの親戚か?
「ミク、クリスマスプレゼント」
「ありがと~」
 ミクは嬉しそうな笑顔で、俺からのクリスマスプレゼントを受け取った。怒ってはいないらしい。ちょっとほっとしたぞ。
「……あれが気になる?」
 ミクは、天井の飾りを指し示して、俺にそう訊いてきた。……うん? あの飾りがどうかしたのか。
「いや別に。ただのクリスマスの飾りだろ」
 俺が答えると、ミクはちょっとつまらなそうな表情になった。……何なんだよ、こいつは。
「とにかく、今日……というか、今まで色々とありがとう。クオの協力がなかったら、きっと上手くいかなかったと思うわ」
 プレゼントを開けながら、ミクは俺にそう言った。ミクに協力させられていたとはいえ……こうやってあらたまって礼を言われると、なんかくすぐったい感じがする。
「……ああ、うん」
 横を向いて、よくわからない返事をしてしまう俺。だってさ……しおらしいミクって、言っちゃなんだけど天然記念物だ。
 ……と、その時。不意にミクが立ち上がると、俺の襟首をつかんだ。うわっ、俺、今何か、ミクの逆鱗に触れるようなことやらかしたか? 何だ? 何をやったか?
 あせりまくる俺を無視して、ミクが俺に顔を近づける。次の瞬間、俺の頬に触れる柔らかい感触。……へ?
 いいい今、ミク、俺にキスした? いや、キスつってもほっぺたにだけど。
「……うわわわっ!」
 うろたえた俺は思わずその場にひっくり返り、結果としてソファの腕木に頭をぶつける羽目になった。痛っ。
「お、お前、今何を……」
「何をって、お礼」
 にっこりと笑って、そんなことを言うミク。うう、この笑顔が天使なのか悪魔なのか、判断がつかないのが怖い。
「そんなお礼があるかっ! ここは日本だぞっ!」
 とりあえず思ったことを言う。だが、ミクは笑顔のままだった。
「今日はクリスマスだからいいのよ」
 どういう理屈だよ、それは。ああこいつにつきあってると、冗談抜きで寿命が縮む気がする。
 ……今日は顔洗うの、よそうかな。……ってちょっと待て、俺は何で、こんなこと考えたんだ?

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 第五十六話【クオとサプライズ】

 この先はクオとミクの出番は少なくなると思います。その分は外伝で補完しようかなと。

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投稿日:2012/02/26 18:39:16

文字数:5,093文字

カテゴリ:小説

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